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09:新しい御者とプリシラの味方

 


 イヴの件から二ヵ月後、プリシラは相変わらずダレンから部屋に居るように命じられていた。

 今日の理由は何だったか……。確か、来月開かれる他家のパーティーに自分が出席すると言い出したところダレンに拒否され、反論した結果彼の怒りを買ったのだ。その結果、一日部屋にいろと命じられて今に至る。


(あの時のダレン、心底不満と言いたげだったわね。私のことを睨みつけて、溜息を吐いて……)


 ダレンは己が不利と判断すると強い口調と威圧的な態度で黙らせようとしてくる。露骨に溜息を吐いたり時には指先で小刻みに机を叩いたり、足音を立てたり荒々しく物音を立てたりもする。全身で怒りのオーラを漂わせるのだ。

 以前のプリシラはそれが恐ろしくて仕方がなかったが、今となっては冷めたもの。むしろ怒りを露わにするダレンが無様で滑稽にしか思えない。

 当然言いつけなど守る気にもならず、「魔女に会いに行きましょう」と思い立つやさっそく準備に取り掛かった。


 外出を伝えると屋敷の者達の誰もが渋い顔をする。

 だがイヴは別だ。少しでもプリシラの気分が晴れればと考えてくれているのだろう、「お出かけ用の装いに着替えましょう」と提案し、二人で自室へと向かう。


「素敵なワンピースを買ってまいりました。きっとプリシラ様に似合いますよ」

「ありがとう。楽しみだわ」


 嬉しそうに話すイヴに、プリシラもまた微笑んで返した。


 ダレンはプリシラを部屋に閉じ込めようとしている。となれば当然、新しい外出着やアクセサリーの購入を良しとしない。仕立てなどもってのほか。

 思い返せば、前回の六年間では一度として新しい服を与えられていなかった。アミール家から持ってきた資金は取り上げられていなかったので調達しよう思えばできたのだが、見るのも辛いとしまったままだった。


 だが今回は違う。ダレンは変わらずプリシラを部屋に閉じ込めようとしているが、プリシラは素直に閉じ込められてはいない。

 社交界に顔を出したりはしないが、頻繁に魔女に、否、『森で療養している貴族の夫人』に会いに行っている。

 同じ服を着続けていたら変に思われるだろう。流行遅れの服を着ていることを他家にばらされたら……。そんな危惧がダレンにあるのか、定期的に衣類やアクセサリーを買う金は渡されている。贅沢できるほどではないが。


 ちなみに、買いに行くのはイヴのみ。

 そのうえ不必要なことを話すなと念を押してくるのだから呆れてしまう。


 この件に関しては、プリシラも考え無しに怒りを買うのは得策ではないと考えて従っている。




 そうして準備を終えて屋敷を出て、馬車の前に立つ一人の青年を見て足を止めた。

 背が高く体躯も優れた青年。黒髪と色の濃いスーツがよく似合っている。年は二十歳かそこいらだろうか。今のプリシラは十七歳なので年上ではあるが、実際には二十一歳から戻ってきているため同い年のように思える。

 青年はプリシラに気付くと元より姿勢の良かった佇まいを更に正した。ぴしと背筋を伸ばすと高い身長と程よく鍛えられた体躯がより映える。


「貴方は?」

「オリバー・オットールと申します。本日よりプリシラ様の御者を務めさせて頂きます」

「御者……。あぁ、新しい御者ね」


 イヴの件で御者を解任した事を思い出す。

 オリバーはあの御者の代わりに新しく雇われており、今日まで伯爵家に勤めるための勉強をしていたという。そうして今ようやく御者としての最初の仕事に就いた。それゆえか緊張がはっきりと見てとれる。

 事前に挨拶をするべきだったと詫びる彼に、プリシラは謝罪の必要は無いと返した。


「以前の御者の話は聞いているかしら。くれぐれも私の友人に失礼の無いようにしてちょうだい」

「かしこまりました」


 プリシラの忠告にオリバーが素直に頭を下げた。少しぎこちない態度ではあるが敬意を感じさせる態度だ。

 そこに嫌悪の色はなく、プリシラを軽視する様子もない。もちろん値踏みするような素振りも見せない。

 それどころか己を田舎から出た若輩者だと話し、プリシラに指示を仰ぐような姿勢さえ見せてきた。


 年下のプリシラを、それでもフィンスター家夫人として丁重に扱おうとしているのだ。多少のぎこちなさは緊張からくるものらしく、それを正直に打ち明け恥じる姿から彼の実直さが伝わってくる。

 これにはプリシラも面を喰らってしまった。てっきりダレンの息の掛かった者だろうと考え、解雇にした御者を話題に出して牽制までしてしまった。

 こんなに真摯に対応されると自分の牽制が申し訳なく思え、慌てて頭を上げるように告げた。


「その……、きつい言い方をしてごめんなさい」

「プリシラ様?」


 謝罪の言葉を口にすれば、顔を上げたオリバーが不思議そうに名前を呼んできた。

 彼の黒い瞳が真っすぐにプリシラを見つめてくる。疑惑も嫌悪も何も無い、ただ敬意だけを宿した瞳。

 その瞳に見つめられると端から疑って掛かった自分が浅慮に思え、プリシラは無意識に胸元を掴んだ。彼の瞳を見つめ返すことが出来ず、不自然に視線を逸らしてしまう。


「きつい言い方をしてしまったわ。ただ前の御者には問題があって、それで……。別に貴方が同じ事をするとは思ってないのよ」

「プリシラ様が謝る必要はありません。以前の御者の無礼は俺も聞いております。後をつけて住まいを探ろうとするなど許される事ではありません」


 解雇されて当然だとオリバーが断言する。

 次いで彼は周囲を窺いだした。つられてプリシラも見渡すが、屋敷の外に人の姿は無い。庭師も今は休憩中だろうか。

 本来ならば屋敷の主人であるプリシラの外出ともなればメイドの一人か二人は見送りに出そうなものだが、それすらも無いのだ。普段であれば見送ってくれるイヴも、先程メイド長からわざとらしい急用を言い渡されていた。


「見たところ誰も居ないけれど、どうしたの?」

「実は……、俺はイヴに頼まれてフィンスター家に来たんです」

「イヴに?」


 予想しなかった話にプリシラがイヴの名を口にし、だが口元に人差し指を立てるオリバーに気付いて慌てて口を噤んだ。

 些か声が大きくなってしまった。小声で「ごめんなさい、話を続けて」と促せば、今度は小声過ぎたのかオリバーが苦笑を浮かべて頷いた。


「俺はイヴと同郷で、彼女とは昔から家族ぐるみで懇意にしていました。イヴがアミール家で働くようになってからも、彼女が帰郷するとよく俺の家にも顔を見せに来てくれていたんです。俺も帰郷のたびにイヴの家にも顔を出していました」


 二ヵ月前オリバーは休みを利用して故郷に戻り、その際にいつも通りイヴの家にも顔を出した。

 そこにイヴが居たのはまったくの偶然である。彼女も数日の休みが取れたと実家に帰っており、たまたま二人の帰郷が重なったのだ。


「しばらくはそれぞれの近況報告や他愛もない話をしていたんです。だけど話をしている内に彼女の様子がおかしい事に気付いて……」


 異変を察したオリバーが何かあったのかと尋ねたところ、イヴは団欒の場から彼だけを連れ出して事情を話したのだという。

 その事情とは言わずもがなプリシラの事だ。

 愛の無い結婚をさせられ、屋敷中から蔑ろに扱われて部屋に閉じ込められる憐れな夫人。

 同行に選んでくれた自分さえも一時は遠方に追いやられかけた。


「イヴはプリシラ様の現状を嘆き、そして俺に御者としてアミール家に来てくれないかと頼んできたんです」

「そんな、イヴが……。でも貴方にだって仕事や生活があったでしょう?」

「プリシラ様のことを話す時のイヴは憤りともどかしさで苦しそうに見えました。幼少時から付き合いのある彼女のそんな顔を見て断ることは出来ません。それに、イヴは自分のために動いてくれたプリシラ様に恩を返したいと言ってました」

「私に恩を?」

「はい。遠方へとやられそうになったところを、プリシラ様が自らダレン様に申し立てて防いでくれた……と」


 それまでは沈んだ口調でフィンスター家での事を語っていたイヴだったが、その一件だけは嬉しそうな口調で話していたのだという。

 そして同時に、自分のために奮い立ってくれたプリシラのために何かしたいとオリバーに協力を求めた。


 一人でも多く味方を付けたい。

 少しでもプリシラの生活を快適にしたい。


 そんな強い思いがあったに違いない。




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