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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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59:アトキンス商会

 


 スコット・アトキンス、懐かしい名前だ。

 かつて妻セリーヌに毒を盛られ、死に追いやられていた男。消えた六年前では命を落としたが、二度目の人生ではプリシラがセリーヌの企みに気付いたおかげで快気し、今もアトキンス家の長として仕事に励んでいる。


 一度だけ手紙を出したが、プリシラの名前だけ綴って住所は書かなかった。

 彼の今後の人生には関わるまいと決めたからだ。

 もしも縁があればどこかで、それこそこの店や他の場所で会うだろうし、仮に出会わなくても互いの人生のために協力しあった事実は変わらない。

 プリシラはスコットに敬意を抱き続ける、きっと彼も敬意を抱いていてくれているだろう。それで十分だ。


「ところで、スコットはセリーヌを追い出したけれど、エリゼオは手元に置いていると聞いたけれど」

「えぇ、そうなんです。スコット様はお優しい方ですよ。まぁ、養子ではなく商会で働く一人としてですが、それでもエリゼオ様からしたら救われたようなものですよ」


 スコットとセリーヌの息子として育てられ、その実、ダレンとセリーヌの子供であったエリゼオ。

 スコットを蔑ろにした彼は母セリーヌと共に凋落の人生を辿る。……はずだったが、スコットは彼だけは救い出した。さすがにアトキンスの名前は取り上げたが、商会に残ることを許したのだ。

 はたしてそれは偽りとはいえ父親として接した責任か、捨てきれなかった父性か、幼い子供の過ちを赦す寛大さか。それとも単に、跡継ぎとして教え込んだノウハウを他所に漏らすまいと手元に置いているだけかもしれない。


 だがなんにせよ、そして商会での立場が辛かろうとも、今のダレンとセリーヌの悲惨さに比べればマシだ。


「スコット様はよくこのお店に寄ってくださるんですよ。うちのマフィンをたいそう気に入って、大事な商談の際に出すと良い結果が得られるとお話しされているんです。それを聞いて他の商家や貴族の方も買いに来てくださるので有難い限りです」


 どうやら店の自慢らしく、話す店主は得意気である。そのうえ件のマフィンを追加で出してくれた。

 かと思えばすぐさま興奮した様子でフィンスター家の話に戻ってしまう。

 スコットについて話す時は声にも表情にも敬意と尊敬が宿っていたというのに、ダレンの名前を口にするや途端に好奇心がそれらを上回った。ゴシップを楽しむ顔。ダレンはその程度の存在に成り下がったのだ。


 そんなダレンは噂によると、金貸しに頭を下げて生活をし、田舎に住まいを移しても直ぐにこの地に戻ってきてしまうのだという。

 あのフィンスター家の屋敷に。……ネズミの籠に。


「どこに行っても受け入れられずに戻ってきているようです。海を渡った先でも……。時にはセリーヌ様を置いていったり、逆にセリーヌ様に置いていかれた事もあるようですよ。それなのに、結果的にはあのフィンスター家に戻らざるを得なくなる」

「随分とあの屋敷に縁があるのね」

「縁と言いますか、こうも繰り返すと逃げる事を許されずに連れ戻されていると言った方が近い気がしますね。屋敷に仕えている者達も他所に行けず仕事を辞めることも出来ずに嘆いているとか。夜に屋敷の前を通ると啜り泣きや悲鳴が聞こえるって噂ですよ」

「まぁ、怖い。それじゃあ幽霊屋敷じゃない」


 プリシラがわざと大仰に言ってみせれば、その様が面白かったのか店主が「確かに幽霊屋敷ですね」と笑った。挙げ句に「名物にでもなってくれれば観光客が増えて、うちの客も増えるかも」とまで言い出すではないか。

 市街地で暮らす者にとっては、むしろ国中の貴族市民問わず無関係な者にとっては、フィンスター家の凋落は結局のところこの程度なのだ。聞けば、いまだ市街地はフィンスター家の話題が一番盛り上がるのだという。


 だがそんな話も終わりを迎えた。

 といっても話題が尽きたわけでもなく、店主が話し疲れたわけでもない。パウンドケーキの粗熱取りが終わっただけだ。

 店の奥から女性の声が聞こえ、店主が一度下がる。そしてすぐに焼きたてのパウンドケーキをトレイに載せて持ってきた。自慢の一品と言うだけありふっくらとしていて美味しそうだ。


「お待たせしました。今ほかのと一緒に包みますね」

「それと出して頂いたケーキとマフィンもお願い。とても美味しかったわ」

「お気に召して頂けたみたいで良かった。お出ししたかいがありましたよ」


 上機嫌で笑いながら店主が手早くケーキを包んでいく。

 そうして包んでもらった箱をオリバーが受け取り、店を出ようとした瞬間……、


「なぁ、聞いたか。フィンスター家でまた……、おっと、お客さんか」


 と、一人の男性が駆け込んできた。

 腰巻のエプロンをしているあたりどこかの店の者だろう。彼はプリシラとオリバーを見て慌てて口を押え、しまったと言いたげに顔を顰めた。


「も、申し訳ありません。お客さんがいるとは知らず」

「いえ、良いのよ、気にしないで。それより店主さんのご友人かしら。今、フィンスター家って聞こえたけど……。あの家が何か?」

「それが……」


 客に話して良いのか迷っているようで、訪ねてきた男が店主へと視線をやった。


「さっきまでその話をしていたんだよ」

「あぁ、なんだ、そうだったのか」


 世間話が失礼にならないと分かり、男がほっと安堵の表情を浮かべる。

 そんな男に、プリシラは「それで」と話を促した。極力冷静を取り繕い、表情が歪むのを押さえながら。


「それでフィンスター家に何かあったの?」

「『何か』なんてもんじゃありませんよ、ダレン様が崖から身を投げたんです」

「崖から?」


 男の話にプリシラが息を呑む。自分の身体が、まるで冷たい雨と波の飛沫に晒されたかのようにサァと冷えた。

 だが男はそんなプリシラの変化に気付かず、話を求められていると考えて意気揚々と、瞳の奥に興奮の色を宿しながら話し始めた。


「ここからしばらく行った先に、海を見下ろせる高台の崖があるんですよ。そこで数日前、雨が降った日ですよ、あの日に……」





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