53:Sideダレン 都合の良い結末
「ねえ、これで本当にうまくいくんでしょうね。ねぇ、ダレン。聞いてるの?」
落ち着きなくダレンに尋ねるのはセリーヌ。
周囲を気にしているのは、本来ならば自分はここに居るべき人物ではないからだ。
それでもこの場を訪れたのは、自分達を貶めたプリシラの哀れな最期を見届けるためだ。……それと、ダレンが自分を裏切らないかと見張るためでもあるのだが、もちろん後者はダレンには悟られないようにしている。
「ねぇ、ダレン!」
「聞こえてるからそう喚くな。屋敷のやつらに聞かれたらどうする。それに、敷地の外では誰が聞き耳を立てているか分からないんだぞ」
「……っ! そ、そうね。それにしても、最期は泣き喚くか命乞いでもしてくれるのかと思ったけど期待外れだったわ」
まるで娯楽に対して不満を抱くかのようにセリーヌが文句を言い、プリシラに近付くと靴の先で体を突いた。
既にプリシラは反応しない。虚ろな瞳は自分を殺したダレンも、嘲笑い見下ろすセリーヌを見ることもない。
ただぐったりと地面に倒れるだけだ。
オリバーの手をいまだ握ったまま。
それに気付いたセリーヌがまるで汚いものを見るかのように眉根を寄せた。
だがすぐさまその表情を嘲笑に変え、プリシラの手元を蹴飛ばした。哀れプリシラの手は弾けるように跳ね、オリバーの手を放してしまう。二人の手がそれぞれ別の場所へと落ちた。
「死してもなお、なんて美談のつもり? 馬鹿々々しい。結局は行動に移す度胸が無かっただけじゃない。こいつらの仲はその程度ってことよ」
「余計なことをするな、セリーヌ。触れていた方が逢引の最中だと分かって良かっただろう」
「あら、それなら服でも脱がしておく? そっちの方が分かりやすいじゃない」
プリシラを蹴飛ばしたことで勝利を実感したのか、セリーヌが上機嫌で話す。
それに対してダレンは小さく息を吐くだけで返事はせず、周囲に人がいないことを確認すると「行くぞ」とだけ告げた。
「ねぇダレン、本当にこれでうまくいくのよね」
「あと少しの辛抱だ。あの女さえ居なくなれば、これ以上フィンスター家を引っかき回されることはない。数年は野次馬達の視線に晒されるだろうが、その間はどこか田舎なり異国にでも引っ込んでいれば良い」
今後のことを話し、ダレンは足元に転がるプリシラを一瞥した。
「妻の死で自分の罪に気付き、取り返しのつかないことを悔やんで隠居を決めた……。そんな適当な話をつけておけば深追いしないだろう。しばらくは面白おかしく話すだろうが、静かに生活していれば興味も失うはずだ」
「そうね。ねぇ、どこに移住するか決まったら連絡をちょうだいよ。私も行くわ。絶対に行くから」
さっきまで冷ややかにプリシラを見下していたというのに、セリーヌは途端に猫なで声でダレンの腕を取った。
恋人同士が甘えるような仕草。知的な女が見せる愛情深い一面。かつてはこの意外な一面を愛しく思い、自分にだけ見せてくれているのだと優越感に浸っていた。
だが今その優越感は無い。そもそも、今セリーヌがこの態度を取るのも愛情深さからではなく、勝利の余韻に酔ってのものだろう。
どうせ移住先の生活が今より劣るものだったならヒステリックに喚き散らすはずだ。
そう考えれば、ダレンの脳裏にセリーヌの金切り声が蘇った。
同時にこめかみに痛みが走り眉根を寄せる。だが一息吐くとすぐさま表情を元に戻した。
「……もちろん連絡をする。だがすぐに連絡を取っては周囲に怪しまれるだろう」
「えぇ、分かってるわ。一年か二年、あるいは世間がもっと大きな問題に飛びつくまでは、お互い連絡を控えて静かに過ごしましょう」
「そうしよう。……だが、その前に、最後に二人で出掛けないか?」
「二人で? でも誰かに見られたら……」
周囲に言い触らす筋書きでは、今はフィンスター家に物盗りが入り、プリシラとオリバーが物盗りに襲われた直後。事件の間、ダレンは自室に居たため命拾いし、セリーヌはまったく無関係なアトキンス家の別荘にいる事になっている。
そんな二人の密会を他者に目撃されれば分が悪いどころの話ではない。虚偽を暴かれ、首謀者だと疑われかねない。
そうセリーヌが話すも、そんなことは分かっているとダレンが静かに頷いて返した。
「もちろん人目につくような場所には行かない。人気の無い場所だ」
「そう……。それなら良いわ。しばらくの別れだもの、二人で過ごしましょう。それでどこに連れて行ってくれるの?」
セリーヌの声色はまるでデートのエスコートを強請るかのようだ。
そこに罪悪感も無ければ、地面に転がる男女の亡骸を気に掛ける様子もない。もはや視界にさえ映っていないようで、ダレンの腕を取ったまま歩き出した。ダレンもまたセリーヌに急かされつつ歩き出す。
「海を見に行こう。今日のこの天気ならば海も荒れてるだろうし、誰も寄り付くまい」
そうダレンが告げ、その場から去っていった。
それから数日後、ダレン・フィンスターは一人で住まいを移す。
王都とはかけ離れた遠い田舎。今回の騒動も悪評も届かぬ場所。
そこに住まいを構え、自分の愚かさと妻子を騙した罪深さを悔い、そして妻であるプリシラもまた不貞を働いていたという胸の傷を癒し、ひっそりと余生を全う……、
するはずだった。
その予定だった。
少なくとも、屋敷の裏口に待たせていた馬車に乗り込むダレン・フィンスターは、そうなると考えていた。
「でも、そんな都合のいい結末は有り得ないのよ、ダレン」
屋敷の裏手。
無造作に投げ出され、降り始めた雨粒に打たれる野晒しのプリシラの遺体。
血の気を失い瞳を濁らせたまま、プリシラの唇は淡々と静かな声で、ダレンに宣告した。




