05:プリシラの大事な侍女
屋敷に戻ったプリシラを迎えたのは一人の侍女だった。
茶色の髪をきっちりと三つ編みに縛り、黒と白の清潔感漂うメイド服を綺麗に着こなす女性。元より温和そうな顔の作りをしており、プリシラが客車から降りると嬉しそうに目を細めて出迎えてくれた。
「イヴ!」
思わずプリシラが彼女の名前を呼ぶ。
イヴと呼ばれた侍女はプリシラの声に不思議そうにしつつも、恭しく頭を下げてきた。「おかえりなさいませ」という声は穏やかで優しく、そして純粋な敬意が込められている。
「イヴ、あぁ、久しぶりね……」
「久しぶり、ですか? 昨日もお会いしたじゃありませんか」
首を傾げながらイヴが尋ねてくる。
彼女の言葉と態度にプリシラははっと息を呑んだ。
イヴはプリシラの嫁入りに同行した唯一の人物である。
プリシラよりも年上で溌剌とした明るさがあり、フィンスター家で孤立していくプリシラの心の支えでもあった。
もっとも、その心の支えであるイヴも結婚二年目にダレンによって遠方に追いやられてしまうのだが……。
それ以降は手紙も制限されていたため、プリシラにとっては四年ぶりの再会である。
だが今は六年前、嫁入りの翌日。イヴの言う通り昨日も会っていた事になる。
「そ、そうね……。昨日も会ったわね。ごめんなさい、私、馬車で不思議な夢を見てまだ寝ぼけているみたい」
「外出をしてお疲れなんですね。食事の時間までお休みになられますか?」
「えぇ、そうするわ」
プリシラが返事をすれば、イヴが穏やかに微笑み「温かい飲み物をお部屋にお持ちします」と去っていった。
彼女の背を見つめ「夢……」とプリシラは小さく呟いた。
殺されて、魔女の時戻しに巻き込まれて六年前に戻ってきた。
まるで夢のような話ではないか。もしかしたらまだ夢の中なのかもしれない。
だとしたらこれは人生をやり直す良い夢になるのか、それとも、惨めな人生を繰り返す悪い夢になるのか……。
そんな事を考えていると、背後から声を掛けられた。
振り返ればこちらに歩いてくるダレンの姿。やはり彼からの言及は逃れられないようだ。
事前に御者から話を聞いていたようで、「誰のもとに行っていた」という声は威圧感を隠そうともしていない。以前のプリシラであればこの声に怯え、洗い浚い話していただろう。悪くないのに謝罪をし、必要のない叱咤をされ、部屋に戻って泣いていたに違いない。
だが今のプリシラは六年前のプリシラではない。
無かった事にはしないと決めたが、六年前の自分が歩んだ道も進まないと決めた。
これが夢でも、みすみす悪い夢にする気は無い。
「旧友に会っておりました」
「旧友?」
「幼少時に良くして頂いた女性です。彼女が住まいを移してからは会えずにおりましたが、まさかあんなところで再会できるなんて思ってもおりませんでした」
ダレンに言及される事を予想しあらかじめ考えておいたおかげで、プリシラの口調は落ち着いている。驚くほどにスラスラと口から嘘が出るし、驚くほどに罪悪感が無い。
旧友に会えた嬉しさをほんの少し混ぜ、何も後ろめたい事は無いと平然と話す。かといってあまりに胸を張って堂々と話すのも逆に怪しまれるだろう。裏の無い口調、他愛もないさりげなさ。これがなかなかどうして演じるのは難しい。
だが仮にダレンが怪しんで確認の使いを出しても問題は無い。去り際に魔女が「うまくやっておくよ」と約束してくれたのだ。時間を戻せる魔女からしたら、ほんの数時間のアリバイ工作など造作もないはずだ。
だが幸いプリシラの出任せをダレンはすっかりと信じたようで、不満気な表情で「そうか」と話を遮ってきた。
「今回は許すが、あまり勝手な行動を取るなよ」
厳しい声色で告げ、ダレンが去っていく。
(誰に会おうが、何を話そうが、貴方の許しなんていらないわ)
プリシラもまた彼を見送る気はないと早々に背を向けて歩き出した。