40:スコットと医師
クローディアの屋敷でお茶と会話を楽しむことしばらく、室内にオリバーが入ってきた。
彼の隣には、以前にクローディアの乗る馬車の御者をしていた男性もいる。最近はオリバーが御者台で待っているとどころからともなく現れ、チェスやボードゲームの相手をしてくれているという。
真摯な対応をしてくれる善良な人物だ。……『人物』と言えるのかは定かではないが。
「プリシラ様、スコット様がいらっしゃったそうです。プリシラ様とお話がしたいと」
「スコットが?」
「はい。今日はその予定だったと仰っています……」
プリシラは予定もなく連絡もせずにクローディアの屋敷を訪問した。
だというのにスコットはまるで予定を合わせていたかのように訪ねてきたのだという。それも、プリシラに会わせたいという人を連れて……。
その矛盾に気付いているのだろうオリバーは不思議そうな表情をしている。だが深く尋ねるまいと判断したのか、一歩横にずれるようにして後ろに立つ人物に場を譲った。御者の男もそれに倣う。
彼等の後ろから姿を見せたのはスコット・アトキンス。それと老年の男性が一人。
見慣れぬ男性だ。年齢は五十台半ばだろうか。プリシラより、それどころかスコットやダレン達よりも年上、彼等の親と同世代かもしれない。
「……貴方は?」
「ハンネスと申します。今は引退しておりますが、数年前まで医者をしておりました」
「医者……。スコットの体調についての話かしら」
スコットは妻であるセリーヌに毒を盛られていた。少しずつ、少しずつ、体調を崩していずれ命を落とすように。
その結果、時戻し前のスコットは今年命を落としている。
セリーヌの企みに気付かなければ、今頃彼は外出どころか立つことも出来ずにいただろう。青ざめた顔で一日中ベッドに横たわり、妻も息子も来ない部屋で終わりの時を待つ……。
だが今のスコットの顔色は随分と良くなっており、初めて会った時には無かった鋭気が見られる。
どうやら順調に回復に向かっているらしく、プリシラがそれを喜べば「家で不調のふりをするのが難しくなってきました」と冗談めかして笑ってきた。
最近では、セリーヌや周りの者達に回復を悟られないよう、血色を悪く見せるための化粧まで施しているという。
「ハンネスが言うには、あと少しでも遅ければ全快は見込めなかったそうです。気付いてくださったプリシラ様には感謝してもしきれません」
「そんな、私は少し勘が良かっただけよ。それで今日はその話をしに来たの?」
「いえ、本題は別にあります。プリシラ様のお耳にも入れておくべきだと判断して伺いました」
「それならひとまず座って」
促しつつプリシラは立ち上がり、クローディアの横に移った。空いた向かいの席にスコットとハンネスが腰を下ろす。
自分も話に加わる方が良いと判断したのか、もしくはスコットかハンネスに同席を求められたのか、オリバーもまた話を聞くために一角に置かれている椅子に腰かけた。
「それで話って?」
「エリゼオのことはご存じかと思います。エリゼオ・アトキンス」
「えぇ、もちろん。貴方の息子よね?」
エリゼオ・アトキンスはスコットとセリーヌの息子だ。一人息子のためアトキンス商会の次代会長とも言われている。
アトキンス商会に忍び込んだイヴによると、彼は母セリーヌには従っているものの、対して父であるスコットには冷たく接していたという。
『セリーヌ様の言いなりで、まるで手下のようでした』とは、目の当たりにしたイヴの言葉だ。セリーヌとエリゼオに対しての嫌悪すら漂わせていたのだからよっぽどだったのだろう。
だがそれをスコットの前で言うわけにはいかず、プリシラが言葉を選んでいると、察したスコットが先に口を開いた。
「息子は今年で十一歳になります。お恥ずかしい話なのですが私には心を開いておらず……。幼い頃は私を父と呼び慕ってくれていたのですが……」
「エリゼオが変わっていったのはいつ頃からなの?」
「私の体調が悪くなり、部屋に籠ることが多くなった頃からです。当時は構ってやれていないからだと考えておりましたが、今思えばセリーヌに色々と言われていたのでしょう。それでもいずれは親子として分かり合えると思っていました。……たとえ血が繋がっていなくても」
「……え?」
スコットの言葉に、プリシラは思わず小さな声を漏らしてしまった。
この話は知らなかったのかクローディアも興味深そうにしており、オリバーもぎょっとしている。
唯一スコットの隣に座るハンネスだけは落ち着いているあたり、彼は元々知っていたようだ。だが口を挟むことはせずに話が再開されるのを待っている。
「血が繋がっていない、って……。どういう意味なの、スコット?」
「その言葉の通りです。エリゼオはセリーヌの子供ですが私との子ではありません。私は幼少時の事故により、子をもうけることが出来ないんです。……なぁ、ハンネス」
名を呼ばれたハンネスが深く首肯する。
事故の詳細こそ説明しないが、スコットの話が事実であることを認めているのだ。
スコットは子をもうけることが出来ない。
だがセリーヌは子を――エリゼオを身ごもって産んだ。
ならば誰との子供なのか……。
「ダレン……、尽く周りを踏みにじる男ね」
プリシラがその名を口にすれば、スコットが目を伏せることで静かに同意を示した。




