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04:時戻しの魔女


 身構えつつ屋敷に入ったプリシラの覚悟とは裏腹に、中は至って普通の様式をしていた。

 濃い目の色で統一されたカーテンと絨毯。どちらかと言えばシンプルな内装をしているが絵画や生花が飾られている。貴族の屋敷というには豪華さが足りず、だが一般家屋と呼ぶには広く調度品が多い。

 そんな屋敷の一室に案内され女性が淹れた紅茶を出される。メイドの一人か二人は居てもよさそうな屋敷の規模だが、手ずから淹れるあたり彼女が一人で住んでいるのだろうか。


「あの……、ここには一人で?」


 聞きたいのはそれじゃないと分かっていても、まずはと当たり障りのない質問を口にする。


「何人か居る時もあれば居ない時もあるから、一人と言えば一人かな。もしも何か必要なら誰か来るだろうから呼んでこようか?」

「そうなんですか……。あ、ごめんなさい、私、名乗る前にこんな質問を。プリシラ・フィンスターと申します」


 女性の返答はわけのわからないものだ。

 だがそれを言及する前にプリシラは己の不躾さに気付き、慌てて立ちあがるとスカートの裾を摘まんで頭を下げた。

 対して女性はプリシラの品の良い挨拶に対して「これはご丁寧に」と座ったままで返してきた。

 その仕草には余裕を感じさせるが、さりとて貴族らしい余裕かと言えばそうでもない。その不思議な余裕もまた女性の独特な雰囲気を濃くさせていた。


「あの……、失礼でなければお名前をうかがっても?」

「名前? 私には君達が呼ぶような名前は無いから、好きに呼んで良いよ」

「名前が無い……?」

「そう。ひとが呼ぶような名前は無いよ。あえて名乗るのなら『時戻しの魔女』かな」


 淡々と話し、女性がカップに口をつけた。

 ゆっくりと飲む仕草は優雅とさえ言える。

 そんな女性を前に、プリシラは聞いたばかりの言葉を理解出来ず「魔女……」とオウム返しで呟いた。


 魔女。

 人知を超えた力を使う、人ならざるもの。

 彼女達は人とは別の世界に生き、戯れに人の世界に現れるとされている。

 だが実際には魔女の存在は確認されておらず、言ってしまえば伝承の存在だ。親が子供を寝かしつける時に話してやるようなものである。


 ……そのはずである。

 だが目の前の女性は堂々と魔女を名乗った。冗談めかすことも無く、誤魔化すような白々しさも無く。

 平時であればプリシラも彼女の発言を冗談か素性を誤魔化すための嘘だと疑っただろう。だが彼女の言い知れぬ雰囲気と不自然に現れたこの屋敷、なにより『時戻し』という言葉と奇妙な現状が、笑い飛ばすことも疑うことも許さずにいた。


「本物の魔女なの? ……それに『時戻し』って」

「時戻しって言うのは時間を戻すこと。私と、あと五人の時戻しの魔女が六年戻したんだ」

「魔女が、他に五人も……? ま、待って、突然こんな話をされて、理解できないわ……」


 殺されたはずが生き返り、それどころか六年前に戻っている。

 ただでさえわけのわからない状況なうえに、それが時戻しの魔女が時間を戻したから……。


 こんな突拍子の無い話をすぐに理解出来るわけがない。突きつけられる事実の奇妙さにプリシラは頭痛さえ覚えかねず、無意識にこめかみに指を這わせた。今聞いた話が、自分の置かれた状況が、疑問が、矢継ぎ早に浮かび頭の中で渦巻いている。

 だというのに魔女と名乗った女性は優雅に紅茶を飲み、困惑するプリシラを気遣うことなく「それでね」と話を続けた。


「私達『時戻しの魔女』はたまにだけど時を戻すんだよ。今回みたいに年単位で戻すこともあれば、一日や二日、数時間戻すこともある。数秒だけ戻した事もあったよ」

「そんな、私……、そんなの聞いたことがないわ……」

「きみたち人間は時戻しをしても気付かないからね」


 人間を含め殆どの生き物は時間が戻った事には気付かず、全てを忘れて元の時間と同じ行動をとるのだという。

 記憶を引き継げるのは魔女と、魔女と同等の存在。時間の概念から外れ永遠を過ごす者達。


 それと……、


「魔女を魔女と知り、関わりを持つ人間」


 さも普通の事のように言い切り、魔女が紅茶をまた一口飲む。

 その口調と優雅な所作は他愛もない会話をしているかのように軽い。

 だがプリシラはいまだ混乱の中にあり、矢継ぎ早に突きつけられる事実に理解が追い付けずにいた。己の視線が不自然に泳ぐのが分かる。


「で、でも私、貴女とも初対面だし他の魔女なんて知らないわ」

「時間を戻す直前、あの岩場で会ったでしょう? きみの髪は今と違って一部赤かったし、腕と足が変な方向に曲がっていたけど」

「あの岩場で……」


 魔女が話しているのは、『時戻し』で時間が戻る前、過去であり六年後でもあるプリシラが殺されたあの時の事だろう。

 髪が一部赤く染まっていたのは血だ。手足が曲がっていたというのはそれほど遺体が陰惨だったという事。

 己の遺体を想像するのは苦痛だが、それでもとプリシラは死の間際の記憶を必死に蘇らせ……、


『珍しい、貢ぎ物かな』


 朧気に記憶に残っていた誰かの声が、鮮明に呼び起こされた。


 今目の前で話す彼女の声だ。

 死の間際、確かにこの声を聞き、「変なことを言うのね」と消える意識の中で思った。


「あの時、私、貴女に話しかけられたわ……。だから記憶が残っているの?」

「そう。あのタイミングで、私を魔女と知り関わった人間として記憶を引き継がせちゃったんだ」

「でも、私、貴女が魔女だなんて知らなかった。そもそも魔女が実在していることだって知らなかったのよ」

「判定が曖昧なんだよね。混乱させてごめんね」


 謝罪の言葉を口にしながらも魔女に悪びれる様子は無く、ちょっと手間をかけさせた事を詫びるかのように軽い。

 考えが根本から違うのだろう。一見すると普通の女性のように見えるが、やはり魔女だ。

 そんな魔女を前に、プリシラは「そんな……」と呟いた。カップに視線を落とせば自分の顔が映っている。


 六年前の自分の顔。少し若く、そしてまだ明るさがあった。

 今思えば、六年後の自分は随分とやつれて覇気のない顔をしていた。


「私、どうすれば良いの……?」

「好きなようにすれば良いよ。同じような六年間を」

「絶対に嫌よ!!」


 魔女の言葉に、被せるようにプリシラは拒否を告げた。

 あの六年間を繰り返すなんて御免だ。その果てに夫と息子に殺されると分かっていて、どうして苦難の道を歩まねばならないのか。


 プリシラが憤れば、さすがにこの勢いには気圧されたのか魔女がカップを手にしたまま唖然とし、「……そう」とだけポツリと返してきた。

 目を瞬かせる顔はどこかあどけなく、その姿だけを見ると魔女とは思えない。

 だが次第にやんわりと目を細めて唇で弧を描くと、途端にあどけなさは消え失せていった。笑っている。だというのに対峙する者を底冷えさせるような言い知れぬ圧を纏う。

 ゆっくりとそれでいて明確な変わりよう。纏う独特な雰囲気。だがそんな魔女を前にしてもプリシラは気圧されまいとじっと彼女を見据えた。


「同じ六年間は歩まない。私はもう、誰にも屈したりしない」


 今頃屋敷でプリシラの勝手な行動に苛立っているであろうダレンを思い浮かべ、プリシラははっきりと己の決意を口にした。


「それなら、全く別の人生を歩んでみる? 身分を隠して村で過ごしても良いかもしれない、いっそ他所の国に旅立つとか」

「いいえ、それもしない。私はフィンスター家夫人として、少なくとも六年間は過ごすわ」

「殺されるかもしれないのに?」

「それでもよ。私は『ダレン・フィンスターに嫁いだプリシラ・フィンスター』として今からの六年間を過ごすわ。だけど同じ六年間は歩まない」


 かつての六年間と同じ道は辿らない。

 屈しないと決めた。


 そして同時に、全てを無かった事にはしないとも決めたのだ。



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