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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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37/64

37:Sideダレン かつての愛はすでに消え

 


 息子のジュノが田舎に住まいを移したと知れ渡れば、当然、フィンスター家への注目は更に集まる。

 誰もが好奇心を隠し切れぬ口調で話し、それでいてフィンスター家には寄り付こうとしない。遠巻きに眺めるだけだ。


 ジュノが屋敷を発って一ヵ月。

 いまもなお華やかさを取り繕ってはいるものの、フィンスター家の屋敷はまるで通夜のように静まり返っていた。


「くそ、なんでこんな事に……」


 苛立たし気にダレンが呟いた。場所は自身の執務室。


 ダレン・フィンスターの執務室は、屋敷の一番見晴らしの良い位置に設けられている。

 絢爛豪華な部屋で、まさに当主の部屋と言えるだろう。

 調度品はどれも一級品で、ほぼ全てダレンが当主になった際に買い揃えている。先代当主である父もこの部屋を使ってはいたが、古い物を使うのは気分が悪いと殆ど処分してしまった。新調の際には国内外問わず行商品や専門家を呼び、中にはこの部屋の為に作らせた物もある。

 散財も程々にしておくべきという忠告もあったが、それら全てを無視して作り上げたのがこの部屋だ。

 執務机に着くとそれらが思い出され、誇らしい気持ちになる。


 ……否、なっていた。

 調度品に囲まれて悦に入れたのは過去の事。

 今ではこの部屋に居ても焦燥感や苛立たしさしか湧かず、調度品の一つ一つから金切り声の幻聴すら聞こえかねない。


『何やってるのよ!』

『どうするのよ!』

『こんなはずじゃなかったのに!!』

『誰のせいよ! 誰がやったのよ!』


 それらの声はすべてセリーヌのものだ。

 かつてはこの声を愛しいと思い、聞けぬ日は裂けそうな程に胸が痛んだ。別の男の名を呼んでいると考えると嫉妬で気が狂いそうにもなったし、彼女がアトキンスを名乗るたびに耳を塞ぎたくなる衝動に襲われ、心の中でスコット・アトキンスを憎んでいた。

 そんな激しい感情に襲われると決まってこの部屋に来ていた。一級品で揃えられた室内、掛かった費用の大半をセリーヌが工面してくれたのだ。つまりこれは彼女からの贈り物、彼女の心はこの部屋にある、そう考えていた。


「なんでこんな事になったんだ……。くそ、セリーヌのやつ、解決策も出さずに喚くだけ喚いて……!」


 頭の中に木霊する金切り声はすべて実際に聞いた声だ。

 もっとも、ダレンがセリーヌと会えたのは噂が広がり始めた頃に数回だけ。癒着の証拠が次から次へと現れ噂が事実に変わる頃には、どちらも会おうとはしなかった。

 会えなかったとも言えるのだが、会ったところでヒステリックに喚かれて終わりなので、ダレンからしたら数回会うだけで済んだとも言える。


「あんな女だと分かっていたら、もっと早く切っていたのに」


 こうとなっては過去の事が何から何まで悔やまれる。



 ◆◆◆



 ダレンとセリーヌが出会ったのは、今から十五年以上も前。当時まだダレンはフィンスター伯爵家子息であり、セリーヌもただの商店の娘だった。二十代前半、何もかもが若くて、全てにおいて情熱的だった。

 出会った二人はすぐに惹かれ合い心を通わせた。……が、互いの立場が邪魔をして結婚することは出来なかった。

 仮にこれがダレンとセリーヌではなく他所の貴族の子息と他所の商店の娘だったなら、愛に生きると決めて駆け落ちでもしていたかもしれない。家名も今までの人生も環境もすべて捨てて、互いの手だけを取って……。


 だが二人はそれを良しとしなかった。

 ダレンは貴族の次期当主という立場を捨てられず、セリーヌもまた彼に地位を捨てさせるのは惜しいと考えたのだ。

 何かいい方法が、それこそ、家名も今の環境もこれから享受すべき物も、すべてを手にしたまま結ばれる方法があるはず。そう考えを巡らせた。


 その結果、


『ねぇダレン、私、スコット・アトキンスとの結婚が決まったの』

『……セリーヌ』

『そんな顔をしないで、これも私達の未来のため。いずれフィンスター家もアトキンス商会も私達の物になって、正式に結ばれましょう。誰と結婚しようが、どの家名を名乗ろうが、愛してるのは貴方だけよ、ダレン』

『あぁ、俺も愛してるのは君だけだよ、セリーヌ』


 そんな会話を交わし、深く口付けをした。


 二人の輝かしい未来のために。

 ……そう信じていた。



 ◆◆◆



 十数年前のやりとりを思い出し、ダレンは深く溜息を吐いた。

 かつて抱いていた情熱はすでに消え去っており、いまとなっては後悔に変わっている。

 なにせ今のセリーヌといえば、ヒステリックに金切声をあげ、八つ当たりに罵倒文句を吐き捨てる。それでも周囲の目がある場所では冷静を取り繕い、高価な装飾品で身を固めてプライドを誇示しているのだ。

 かつてダレンが強く惹かれた才女の面影はもうない。


「時間が戻せれば、こんな事には……」


 後悔や焦燥感、苛立ち、そういった負の感情が渦巻くあまり、有り得ない願望すら抱いてしまう。

 もしも時間を戻せるとしたら同じ手段は取らない。別の手段を考えるか、あるいはセリーヌとの縁を切るかもしれない。アトキンス商会から資金が流れてこなくなるのは厳しいが、それでも今の状況よりはマシだ。


 だがどれだけ後悔しても今更なにかが好転するわけではない。もちろん時間も戻らない。

 かといって現状をどうすべきか考えても打開策は一つとして思い浮かばず、ただ気分が沈んでいくだけだ。

 せめて気晴らしに外に出られれば良いのだが、一歩屋敷を出れば好奇の視線があちこちから注がれる。屋敷の中とて暗く重苦しい空気が充満していて気晴らしになどなるわけがない。


 結局この部屋に籠るしかないのだ。


 この……、セリーヌから横流ししてもらったアトキンス商会の金で買った物ばかりの部屋で。



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