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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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36:悪事をあばいた『誰か』


 

「どんな場所なの? なにがあるの? どんな人がいるの?」


 あれこれとジュノが尋ねてきたのは、遠く離れた場所に一人で行く事が不安で、少しでも情報をと考えたからだろう。

 そんなジュノに、オリバーは不安を拭うように村の良いことを話してやった。


 自然が溢れる長閑な場所。

 人工的な娯楽は無いが、森や池で遊べるし動物がたくさんいる。

 誰もが優しく穏やかで、皆が家族のように支え合って生活している。


 それを聞いてジュノは安堵の表情を浮かべた。

 次いで彼は改めるようにオリバーを呼んだ。先程までの不安そうな表情に躊躇いを交えて、適した言葉を必死に探しているのか一度口を開きかけては噤んでしまう。そうして迷いを見せた後、それでもと話し出した。


『僕はまだ子供で難しい話は分からないけど、でも、お父様がした事は許されるものじゃないと思ってるんだ……』

『そうですね……。俺もそう思います』

『今のフィンスター家の状況も仕方ないと思ってる。悪いことをしたなら罰せられる、これは大人も子供も変わらないから』


 語るジュノの口調は落ち着いている。今のフィンスター家の状況を、屋敷に隠されていた不祥事を、自分や父の置かれた現状を子供ながらに理解しているのだ。

 理解し、そして受け入れている。

 まだ十歳の幼い少年ながらにその姿は立派と言え、対面するオリバーもこれが貴族の家に生まれた子息の覚悟かと感銘を受けたほどだ。

 次いでジュノはオリバーの瞳を真っすぐに見つめてきた。


『だから僕は、お父様がした悪い事を暴いたひとにお礼を言いたいと思ってる』

『……ジュノ様』

『もちろん誰かは分からないし、僕も探す気はないよ。でもいつか会えたら、その時に僕がどんな生活をしていたとしてもお礼を言いたいんだ』

『そんな風に考えてらしたんですね。さすがジュノ様、ご立派なお考えです』

『立派なんて言われるほどじゃないよ……。格好良いことを言って、もしかしたら村に行ったら寂しくて泣いちゃうかもしれないし』


 先程までの大人びた雰囲気もどこへやら、一転してジュノが子供らしく笑った。


『でしたら、従兄弟夫婦にジュノ様のベッドに大きなぬいぐるみを用意しておくように連絡しておきます』

『そ、それは恥ずかしいよ……! 僕もう一人で眠れるから大丈夫だよ!』


 慌てた様子で止めにくるジュノはまさに子供といった反応だ。

 頬を少し赤くさせて、子供扱いされたことに不満そうに眉根を寄せる。その表情もまた彼を幼く見せる。

 もちろんぬいぐるみのやりとりは冗談であり、オリバーも笑みを零しながら『失礼しました』とからかった事を詫びた。それを聞くやジュノの表情が拗ねたものから笑顔に変わる。


『僕が村に行っても、オリバーが居てくれるなら大丈夫だね。お母様とイヴをよろしくね』

『かしこまりました』


 オリバーが返事をすれば、ジュノが穏やかに笑う。

 そうして彼は部屋を出て行こうと扉へと向かい、だが開けることはせずドアノブを掴んで手を止めた。ゆっくりと振り返る。


『さっきの話、お母様には内緒にしてね』


 静かな声で告げて、ジュノが部屋を去っていった。



 ◆◆◆



 一連の事を話し終え、オリバーがゆっくりと息を吐いた。

 ジュノとの約束を反故にしたことへの葛藤があるのだろう。

 眉根を寄せた心苦し気な表情。彼はプリシラを罪悪感から救うべく、自らが罪悪感を背負う選択をしたのだ。


「話してくれてありがとう、オリバー。でも貴方に約束を破らせてしまったわ」

「俺が話すと判断したんです、気になさらないでください。それにジュノ様はご立派な方ですから、きっと理解してくださるはずです」

「そうね。立派に育って、身長も伸びて……」


 出会った当時のジュノはまだ五歳。身長も低く、ふわふわとした柔らかな金色の髪と幼子特有のふっくらとした頬が合わさり、まるで絵画に描かれる天使のようだった。赤ん坊とはさすがに言わないが、その時の名残りを見せる幼い子供。

 それから日に日に成長し、先程見た別れ際の彼は既に青年の面影を見せていた。今年で十歳、同年代の子息達の中でも背が高い方らしく、以前に話していた一つ年上で背の高い友人にもあと少しで追いつけると嬉しそうに話していた。

 離れている間にもジュノは成長していくだろう。もしかしたら次に会う時は声変わりをしているかもしれない。


(時戻し前のジュノはどうだったかしら……)


 プリシラを見る時は冷たい目をしていた。見下すような、興味の無さを隠そうともしない目。投げかけられる声にも情や熱は無かった。……はずだ。今はもう詳しくは思い出せない。

 かつての、否、かつてですらない『時戻しが行われる前のジュノ』の記憶は随分と薄れている。今のジュノがプリシラを母として慕ってくれて、日々愛おしさが増すから猶更だ。


 いったいどうして、居もしない、なりもしない、無情な少年の事を覚えていなければならないのか。


「たとえ来年あの崖の上に行ったとしても、ジュノは私を母と呼んで慕ってくれるわ」


 優しい眼差しを向け、親子の情を込めて『お母様』と。

 そうして二人で手を繋いで海を眺めながら歩くのだ。あの日に感じた冷たい風も、きっと涼しく心地良いものに感じられるだろう。

 その光景を想像すれば、プリシラの胸にあった罪悪感や不安も緩やかに消えていった。


「崖の上……、ですか?」


 とは、プリシラの小さな呟きを聞いたオリバー。

 彼の問いにプリシラは慌てて顔を上げた。


「違うの、今のはひとりごとよ。気にしないで。それよりも話してくれてありがとう、気持ちが楽になったわ」


 プリシラが感謝を告げれば、オリバーが安堵の表情を浮かべた。


「俺にはプリシラ様に協力することぐらいしか出来ません。……本当は、貴女の隣で支えたいけれど」

「オリバー、それは……」

「分かっています。俺はただの御者で、先程ダレン様に対して怒りを抱いたのは暴力行為が許せなかったからだけです。……そういうことにする事こそ、俺の想いだと受け取ってください」


 囁くような静かな声で告げ、深く一礼してオリバーが部屋から去っていく。

 それを見送り、プリシラは一人になった自室でゆっくりと深く息を吐いた。


 窓の外を見れば、晴天のもと一羽の鳥が優雅に飛んでいくのが見えた。

 まるで青い絵の具を広げたような空。点々とする真白な雲が眩さに拍車を掛ける。眺めているだけで晴れ晴れとしてくる快晴だ。

 門出にこれ以上の天気はないだろう。

 きっとジュノも旅路の途中で空を見上げるはずだ。そのたびに、どこまでも続く青空が彼の気持ちを晴らして背を押してくれるに違いない。

 そう考え、プリシラは静かに小さく笑みを零した。頭の中に浮かぶのは、つい先程分かれたばかりのジュノの姿だけだ。冷ややかに見据える目も、冷たく言い放つ声も、今はもう記憶の奥底にしかない。その記憶も日に日に薄れていく。


 だけどもう薄れて消えてもいい。

 あの冷え切った少年の事はもう忘れてしまっていい。


「私にとってのジュノは、私を母と呼び慕ってくれるあの子だけだわ」




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