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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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35/64

35:たとえ時間を戻せても



「煽りすぎてしまったわ」


 溜息交じりにプリシラが呟いた。

 この発言に肩を竦めたのは、濡れたタオルを頬に当てるオリバー。何とも言えない表情をしている。

 気持ちは分かるが肯定はできない、と言ったところだろうか。


「そのせいでオリバーが……。ごめんなさい、痛かったでしょう?」

「いえ、これぐらい気にするものではありません。むしろお守り出来ずプリシラ様が叩かれていたら、きっと俺は自分が許せなかったと思います。……それに、帰ってきたイヴに何を言われるか。そっちの方が俺には恐ろしいです」


 冗談めかしてオリバーが話す。

 彼の話に、プリシラも思わず笑みを零した。

 確かに、プリシラがダレンに叩かれたと知れば戻ってきたイヴはさぞや怒るだろう。それも、その現場にオリバーが居合わせており、だというのにプリシラを護りきれなかったとなれば……。頬を一発どころでは済まないかもしれない。


「でも私もダレンを煽りすぎた自覚はあるわ。イヴに知られたら危ないって怒られそうだから黙っていてね」


 まるで悪戯を隠す子供のように頼めば、オリバーが苦笑交じりに頷いて返してくれた。

 次いで頬に当てていたタオルをそっと離す。腫れはなく、既に痛みも引いているという。大事ないと話すオリバーには取り繕ったり無理している様子はなく、プリシラはほっと安堵の息を吐いた。

 成人した男を怒らせて叩かれた、と考えると軽傷で済んだ方だろう。だからといってダレンを許す気はないが。


「あれは確かに私も悪かったわね。……でも許せなかったの」

「プリシラ様?」

「馬車に乗る前、ジュノは話している最中に何度も屋敷の方を見ていたのよ。きっとダレンの見送りを待っていたんだわ……。しばらく会えなくなるんだもの、当然よね」

「……それは」

「なのにあの男、自分可愛さで窓から顔を出すことすらしなかった。そのうえ、自分の賭け事狂いで困窮に陥れたフィンスター家をジュノに押し付けようしている」


 ダレンの顔を思い浮かべれば忌々しさが増していく。「許せないわ」と呟く声は己の声かと疑うほどに低い。

 そうして憎悪を吐き出し終えると、今度は深く溜息を吐いた。怒りを訴え終えた後に残るのは『お前が何を言う』という自分自身への負い目。


 ジュノが田舎村に行かざるを得なくなったのはフィンスター家の崩壊のせいだ。

 それを招いたのは間違いなくダレンである。彼の賭け事による散財とアトキンス商会との癒着、それが公に晒されてこの事態を招いた。


 ……だがその引き金を引いたのはプリシラだ。

 噂としてこの事実を広めた。こうなると分かっていて。


「私が暴いたって知ったら、ジュノは私を恨むかしら。……なんて馬鹿な事を考えてしまうの」

「ジュノ様がプリシラ様を恨むなんて、そんなはずはありません」

「ありがとう。でもジュノを苦境に追い込んだのは私でもあるの。それは間違いない事実だし、誤魔化す気もない。だから恨まれても仕方ないと思ってるの。それに、恨まれたとしても後悔はしないわ」

「……そうですね。プリシラ様は強い信念のもと決断をされたと思っております」

「そんなに大層な言い方をしないで。でも、何度時間を戻せたとして私は同じ決断をするわ」

「時間を戻せても、ですか」

「えぇ、たとえ時間を戻せてもね」


 吐息交じりに念を押すように話し、プリシラは窓の外を眺めた。

 晴れた空が広がっている。ふと、遠くを走る馬車を見つけた。

 ジュノが乗った馬車ではない。それが分かっても、まるでそこにジュノが居るかのように馬車を見つめてしまう。


「俺はこれで失礼いたします。今日はお疲れでしょうし、ゆっくりとお休みください」

「ありがとう」


 部屋を出て行こうとするオリバーを見送る。だが彼は扉の前で足を止めてしまった。

 どうしたのかとプリシラが見ていると、彼はしばらく立ち止まったまま踵を返すと再びプリシラの元へと戻ってきた。

 何か意を決するような表情。「オリバー?」と名を呼んでも応えず、一瞬言葉を詰まらせたのち、それでもと言いたげに口を開いた。


「……ジュノ様は、今回の件を公表したのはプリシラ様だと気付いているかもしれません」

「えっ……?」


 オリバーの話にプリシラの口から掠れた声が漏れた。

 サァと血の気が引く音が自分の中で聞こえ、一瞬にして体が凍てつくような寒さを覚えた。


 思い出されるのは別れの際に見たジュノの顔。

 馬車を見つめる横顔は大人の兆しを感じさせ、それでいてプリシラが抱きしめると幼い頃の面影を残して愛らしく笑う。「僕もう十歳ですよ」と話しつつも大人しくプリシラに撫でられる姿が愛しくて堪らなかった。


 手紙を書くと言ってくれた。

 プリシラが案じないように気丈に振る舞ってくれた。

 いつまでも馬車の窓から手を振ってくれた……。


 何も知らずに。


 ……と、そう思っていたのに。


「ジュノが、気付いていた……?」

「はい。以前に、ジュノ様と今回の件で話をしたんです。その際に……」




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