26:伯爵家当主と商会夫人の悲劇と愛の物語
「それで、どうして私とスコットを会わせたかったの?」
単刀直入にプリシラが尋ねたのは部屋を出てすぐ。
さすがに扉の前で話をする気にはならず隣の部屋に入ったが、かといってのんびりと椅子に座って話し込む気は無いとさっそく尋ねたのだ。
クローディアはこの問いに対しても平然としており、それどころかどことなく楽しそうにさえ見える。……否、実際に楽しいのだろう。普段から機嫌のよい彼女だが、今日は特に上機嫌だ。
「プリシラの話を聞いて、私もアトキンス商会に興味を持ったんだ。最初はセリーヌ・アトキンスに会ってみようと思ったんだけど、時間が合わなくてまずはスコットに会ったんだけど、そこで面白いことに気付いてさ」
「面白いこと?」
「多分、いや、確実に彼は死ぬよ。それも近いうちにね」
「……え?」
クローディアの話は物騒どころではない。だというのに彼女には悪びれる様子もなく、プリシラを怯えさせようとしている様子もない。
淡々としていて軽い、まるで物語の先の展開を話すような口振り。
彼女はただ事実を事実のまま伝えたに過ぎないのだ。それどころかまるで良い情報のように話している。
「どういう事?」
「死相が浮かんでる」
「し、死相……!?」
「というのもあるし、あとは単純にスコットの話を聞いてそうだろうと思ったの。それと、時戻しをする前も彼は亡くなってるしね」
「……それって、後者の理由の方が強いんじゃないの? 本当に死相が見えるの?」
死相の話はもしや冗談では……、とプリシラが疑惑の視線を向けるも、クローディアはコロコロと笑うだけだ。これは誤魔化すための笑いだろうか。
だがなんにせよスコットに死が迫っているのは事実なのだろう。この場でクローディアが嘘を吐く必要はないし、そもそも彼女はこんな下手な嘘で場を引っ掻き回して楽しむような性格ではない。掴みどころのない性格をしているがそれは分かる
なにより、プリシラもまた彼の未来がそう明るくないことは勘付いていた。
数年前から突如として体調不良に陥ったという話、そして今のスコットの痩せ衰えた姿から、彼の体力や気力が長くもつとは思えない。
さすがに死相とは言わないがスコットは陰鬱とした空気を纏っており、健康とは縁遠い男なのだ。
そんなスコットの姿を思い浮かべ……、ふと、プリシラはとある事を想い出した。
「体調が悪くなり始めたの、四年前って言ってたかしら……」
「あぁ、そうだね。四年前だって」
「私がダレンと結婚した年……。前回の人生でスコットが死んだのは?」
「来年だね」
「その翌年に私が殺される」
プリシラとダレンが結婚した年からスコットの体調が悪くなり、彼が死んだ翌年にプリシラが殺された。
これを偶然と考えるのは浅薄だろう。
だが『もしかして』と考えつく仮定にはあまりにも悪意が込められており、プリシラは眩暈を覚えかけて無意識に額を押さえた。じわりと汗が浮かんでいる。
「私はダレンに殺されたわ。それははっきりと言える。でもスコットは……」
「彼の体調不良は明らかに不自然だよ。誰かが悪意をもってああしてる」
「……それってどういうこと?」
「セリーヌ・アトキンスにもダレン・フィンスターと同じ覚悟があるって事じゃないかな」
楽しそうにクローディアが笑って話す。彼女からしたら人間の薄汚い行動も楽しむものでしかないのだろう。
彼女が言わんとしている事は、つまりスコット・アトキンスの謎の体調不良はセリーヌが関与しているという事だ。プリシラも薄々勘付いてはいたが明確に口に出すには躊躇いがあった。
だが、やはりそういう事なのだろう。
プリシラだって時戻しの前の人生ではダレンに殺されているのだ。「そんな事ありえない!」だの「妻が夫を殺すなんて!」だのと言う気は無い。
「スコットとセリーヌの間には息子が一人いるの。スコット亡き後はその息子が商会を継ぐはずだけど、まだ幼かった。となれば実権はセリーヌが握るはず」
「なるほどね。夫を亡くした憐れなセリーヌは、それでも息子を抱えて健気にも商会を支え続けた。そんなセリーヌを支えるのが……」
「同じく伴侶を亡くした憐れな男、ダレン・フィンスター。元より伯爵家と商会として顔見知りだった二人は次第に男女として惹かれ合っていった。伯爵家当主と商店の娘なら周囲も反対するだろうけど、セリーヌはアトキンス商会という大きな後ろ盾がある。それに、伴侶を失くした二人に文句をつけるのは野暮よね」
「悲しみに暮れた男女が手を取り合って愛により立ち上がる……。感動物語としては上々の出来じゃないかな」
クローディアの楽し気な言葉に、プリシラは皮肉を込めて「駄作だわ」と吐き捨てた。
だが世間はきっとこの話を美談と感じるだろう。過剰に悲しんで喪に服せば周囲も二人の仲を疑わず、子供のために前向きに生きなさいと新たな門出を祝うはずだ。
これで晴れてダレンとセリーヌは結ばれ正式な夫婦になる。周囲は新たな縁と考え、当人達は内心で悲願が叶ったとほくそ笑みながら……。
「この事、スコットに話しても良いかしら? 彼、信じてくれると思う?」
「さぁどうだろう。どうなるか分からないなら話してみたら良いんじゃないかな」
あっけらかんと答えるクローディアに、プリシラは相変わらずだと考えて肩を竦めた。
「そうね。少なくとも、『クローディアの正体は魔女で、実はこの時間は一度やり直してるの』なんて話よりは信じて貰えそうだわ」
溜息交じりにそう告げれば、クローディアが「それは確かに」と楽しそうに笑った。




