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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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14:プリシラと鈴の猫

 

 その日、プリシラは屋敷の書庫に居た。

 今日も今日とて朝食前にダレンから一日自室にいるように言われていたが、いったいどうして従う理由があるのか。朝食をしっかりと食べ、食後に庭を散歩し、その後は一度自室に戻りはしたものの、少し休むと部屋を出て書庫へと向かった。


「イヴ、付いてきてくれてありがとう。でももう大丈夫よ。部屋に戻って休んでいて」


 朝食を終えてから書庫に来るまでイヴが側にいて話し相手になってくれていた。針の筵のような屋敷だが、彼女と過ごす時間は楽しく感じられる。

 だがこれからするのは書庫での調べものだ。話し相手は不要である。

 手伝いを名乗り出てくれたがそれも遠慮しておく。最近、イヴは屋敷のメイド達から孤立するだけには留まらず、やたらと雑用を押し付けられるようになっていた。多忙な合間を縫ってプリシラの話し相手になってくれているのだ。


「昨日も夜遅くまで針仕事をさせられていたんでしょう? 何か押し付けられそうになっても『奥様()に自室で待つように言われました』って言い訳をして良いから、少し寝た方が良いわ」

「ですが、一人で調べるより二人の方が早く済みますよ。私のことなら気になさらないでください」

「一人でも大丈夫よ。だからぐっすり眠って。夕食の後にお茶をしましょう」


 話しながら、プリシラは己の目の下を指先でちょんと突っついた。

 イヴがいったい何かと首を傾げ……、ついで己の顔に触れた。目の下に濃い隅が出来ているのだ。どれだけ気丈に振る舞おうと隠し切れぬ心労が顔に表れてしまっている。

 さすがにそれを指摘されれば食い下がれないと考えたのか、イヴが申し訳なさそうにしつつ「では……」と書庫を去っていった。


 途端、書庫内が静かになる。シンと静まった空気。プリシラしか居ないのだから当然だ。

 薄暗さと埃っぽさが漂うこの部屋には、歴代のフィンスター家の者達が集めた書籍と、フィンスター家の家業に纏わる資料が山のように保管されている。

 屋敷の最奥に設けられており、更には紙類保管のために窓には厚いカーテンが引かれている。ゆえにどことなく薄暗く、屋敷の華やかさから隔離された印象を受ける部屋だ。


 そんな室内を一度見回し、プリシラはワンピースのポケットから鈴を取り出した。

 金色の鈴。根本には黒いリボンが巻かれている。


「これで本当に探し物が分かるのかしら……」


 半信半疑で呟き、手の中の鈴を軽く揺らした。

 チリンと小さな音がする。



『探し物? それならこの子を貸してあげるよ。放り投げれば勝手に探してくれるから』



 そんな話と共にこの鈴を渡されたのは一昨日の事。渡してきたのは魔女だ。

 受け取ったもののプリシラには魔女の話がさっぱり分からず、どういう意味かと尋ねた。だが返ってきたのは『だって探し物でしょう? だから』と、これだけだ。当たり前の事を問われて意味が分からないと言いたげな表情で、逆に彼女が首を傾げてしまう。

 だがこういった会話の食い違いは今に始まった事ではない。

 ならばとプリシラは言及するのはやめ、感謝の言葉と共に鈴を受け取ることにした。


 そして今、この書庫に持ってきたのだ。


「放り投げろって言われても、さすがに借りた物をそんな風には扱えないわね」


 鈴を手に、ゆっくりとしゃがむ。

 金色の鈴を床に置こうとし……、だが次の瞬間、まるで鈴が溶けるように形を変え、一瞬にして黒猫の姿へと変わった。


「……え?」


 と、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 なにせプリシラの手の先には黒猫がいるのだ。指が触れそうな程の近くにちょこんと座り、プリシラの指先に鼻を寄せてスンスンと嗅いできた。

 猫だ。艶やかな黒毛の美しい猫。金色の瞳は鈴のように丸く、黒毛は上質のリボンのよう。


 まるで先程までプリシラの手にあった鈴のよう……。

 ……否、まるで、ではない。

 この猫は鈴だ。鈴が猫に変わったのだ。


 信じられない事実を前に、それでもプリシラは驚いている時間は無駄だと己に言い聞かせた。

 そもそも『殺されたはずが六年前に戻った』という自分の現状こそが信じられない最たるものなのだ。今更、鈴が猫になったぐらいで動揺して何になる。

 そう考えてプリシラは改めて黒猫を見つめた。金色の瞳がじっと見つめ返してくる。

 まるで何かを求めるように。指示を待つように……。


「フィンスター家の帳簿を……、ここ数年の、不審な支出と収入を探しているの」


 はっきりと告げれば、黒猫はまるで了解と言いたげにニャーンと高く一度鳴いて、書類が詰められた棚が並ぶ方へと跳ねるように駆けていった。




 コンコン、と書庫の扉がノックされた。

 返事をすればすぐさま扉が開き、現れたのはフィンスター家のメイド長。

 五十代半ばの女性で、プリシラの両親よりも年上。先代フィンスター家の時代から仕えているベテラン中のベテランである。

 きっちりと纏められた髪ときつめの目元が厳格な印象を与え、実際の性格も見た目通り厳格の一言に尽きる。若いメイドや給仕達からは尊敬を通り越して恐れられてすらいるのだが、そうでなくては貴族の屋敷のメイド長にまではのし上がれないだろう。


「イヴからプリシラ様は書庫にいらっしゃるとお聞きしました。彼女に休むように仰ったと」

「えぇ、そうよ。疲れていたから休ませたの」

「勝手に判断されては困ります。他のメイド達は働いているのに、彼女だけ特別に休憩を取るなんて」


 他のメイドが羨むと言いたいのだろう、メイド長がプリシラの勝手な判断を指摘してくる。

 これに対して、プリシラは「そう?」とだけ返した。メイド長をじっと見据えて。


 前回の人生でプリシラは彼女を恐れていた。……彼女だけではなく、この屋敷すべてを恐れていたのだが。

 母親よりも年上の厳しい女性。彼女はフィンスター家の長であるダレンの考えに従い、プリシラを蔑ろにしていた。何を言っても聞かず、敬意の欠片すら見せない。時には嘆くプリシラに対して鼻で笑うようなことすらあった。

 メイド長にまで上り詰めた手腕の彼女からしたら、置物の夫人、それすらも碌にこなせず部屋に籠るだけのプリシラは情けないどころではなかったのだろう。仕えるなどもってのほかで冷たい視線を投げつけるだけ。


 それがかつてのプリシラには恐ろしかった。


 かつてのプリシラには、だが。




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