12:二度目の三年目-病弱な伯爵夫人
本来であれば夫婦で出席するパーティーであっても、ダレンはプリシラを連れて行くことはしない。
世間には「妻は体が弱く社交の場に出られない」と話しており、前回の六年間でもダレンはこの言い分を使っていた。誰もがこの話を信じてしまい、プリシラや生家アミール家に真相を聞こうとする者も居ない。
ダレンの言い分が通ったのには三つ理由がある。
一つはダレンの外面の良さ。
屋敷外で性根を晒すことはけっしてせず、プリシラとの結婚後は『体の弱い格下の家の娘を嫁に貰い、療養に専念させている器の大きい夫』という評価を得ている。人格者とまで言われている程だ。
もう一つはプリシラの生家アミール家が王都から離れた田舎で生活していること。
親族や交流のある他家も同様に地方住まいが殆どで、ゆえに王都にはプリシラと面識のある者は居らず、誰もがダレンの話を鵜呑みにしてしまっていた。
そして最後の一つが、ダレンの言う通り実際にプリシラは元々体が弱いことである。
といっても大病を患ってるわけでもなければ、日がな一日自室で過ごさなければならないほどでもない。
呼ばれればパーティーや茶会に出ることも造作ない。せいぜい、同年代の令嬢に比べれば熱を出したり不調になる事が多い、ぐらいである。探せば同等の子息令嬢どころかもっと病弱な者もいるだろう。
つまりプリシラはダレンにとって何もかも都合が良かったのだ。
屋敷に閉じ込めても疑問を抱かれない格下の家の体の弱い娘。真相を知る者達は皆田舎にいるため、王都でのプリシラの扱いは親族まで届かない。それでいて実際には主治医が必要なほどの体の弱さではない。
屋敷に閉じ込めるのに適した女。これがダレンがプリシラに婚約を申し込んだ理由である。
「それだけで目を付けられるんだから、私も運が悪いわ」
ドレッサーに映る自分に話しかける。
時戻しから三年目、十八歳になったばかりの自分の顔にはまだ明るさがあり健康的だ。
だが前回の今はどうだったろうか。結婚生活が三年目に入る頃には既にプリシラの心は折れ、ダレンに対して怯えを抱いていた。
部屋から出ることも少なくなり、元より体の弱いところに精神的疲労が祟り、熱を出して寝込むことも増えていた。そのたびに屋敷勤めのレッグ医師が診察に来てくれていたのだ。
だが幸い、今回のプリシラは至って健康体だ。レッグとはオリバーの件以降なにかと話をするようになったが、以前のように体調を崩して彼の世話になる事は無い。
きっと前回の人生で味わった苦痛や不安、蔑ろにされる絶望感が今回は無いからだろう。絶望感の代わりにダレンに屈するまいという闘志が宿っている。
「せっかく健康なんだから、あえてダレンの前を歩き回ってみようかしら。私が体調不良で欠席する予定の夜会に、あえて顔を出すのも悪くないわね」
今夜、他家で夜会が開かれる。
プリシラはダレンと共に招待されているのだが、今朝ダレンから夜会は欠席させると命じられてしまった。大方、プリシラの体調が優れないと説明して自分だけ出席するのだろう。彼のいつもの手段だ。
ならばその夜会に顔を出したらどうなるだろうか。
「『あら皆様ごきげんよう、こんな夜遅くに何をなさってるの?』……って私が現れたら皆どう思うかしら」
思わずそんな事を考えてしまう。もちろんそんな真似はしないが。
仮に実行すればダレンの鼻っ柱は折れ、きっとその一瞬は気分が晴れるだろう。だが後々が面倒だ。
数年後とはいえダレンにはプリシラを殺す覚悟がある。となれば、そんな彼を不必要に刺激するのは悪手でしかない。『六年後の結婚記念日』に来るはずだった悲劇が『明日の何でもない日』に来てしまうかもしれないのだ。
だからこれはあくまで想像に留めておく。
そうしてふうと一息吐き……、
「暇だし、魔女のところに遊びに行きましょう」
思い立つやさっそくと準備に取り掛かった。
不必要にダレンを煽るような真似はしない。だが、かといって部屋で大人しくしているというわけでもないのだ。




