第九話 ウクライナからの転生者
「座って。お茶菓子もあるから遠慮しないで食べてね」
しばらく時間が経った後、俺達は一階に降りて話をする事に。
にしても、お洒落なカフェのような部屋だなここ。
あちこちに置かれている丸いカフェテーブル。テーブル一つずつにお洒落な椅子が囲うように置かれてる。
そして部屋の奥の棚には、手作りマフラーなどの小道具が売り物として置かれていた。
ここって喫茶店と雑貨店が併合した小さな店だったんだ。
ひとまずティーカップに入ってる紅茶を一口飲もう。
うん、美味しい。
「あ、ありがとうございます……いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
俺の対面に座っているマミアさんは、優しげな笑みを浮かべている。
隣に並んで座っているサーヤも、同じように微笑んでいた。
「じゃあ、改めて自己紹介するわね。私はマミア。マミヤ・マルーシャよ。サーヤやセイサク君と同じ、この世界では転生者と呼ばれる存在よ」
「えっと、マミアさんも日本から転移してこられたんですか?」
「いいえ、私は日本ではない別の国、ウクライナからこの世界に転生したの」
マミアさんは、少し寂しそうな表情をしながらそう答えた。
「ウクライナって……間違ってなきゃロシアと戦ってるあのウクライナっすか?」
「えぇ、その通りよ。私がこの世界に来てから、約三年ぐらい経つけど……まだ戦争が続いているのね……」
悲しむような口調で彼女は言う。
なんか聞いちゃいけない事を聞いてしまった様な気がして、心が重いんですけど……。
「す、すみません! 嫌なこと聞いてしまって!」
「別に気にしなくて良いのよ。私はこの世界で生きていくと決めたから。それに、この世界の人達と関わる内に、色々と考え方が変わったし。何より元の世界にいた頃でも、日本も含めた殆どの国がウクライナの味方をしてくれている。それだけでも嬉しいの」
「そ、それなら良かったです……」
ホッとして胸を撫で下ろす。
「まぁ、私の事は置いといて……セイサク君はこの世界に来たばかりだから、色々聞きたい事があるんじゃないかしら?」
「はい、えっと……その……」
「あの、横からすみません。どうしても聞きたいことがありまして」
何聞こうか迷ってたら先にレイニスが勝手に喋りやがった。
おまっ、今俺のターンなんだからちょっと黙ってろよ。
「あら、何かしら? 何でも聞いてちょうだい」
「はい。えっとですね……セイサクとサーヤちゃん……だったよね? そして貴方って本当に、あの転生者なんですか?」
レイニスがいきなりぶっ飛んだ質問して来やがった!
「ちょ、お前何を!?」
「ふふっ、大丈夫よ。昔この世界、とある出来事によって多くの異世界人を召喚した事があるらしいの。だから、転生者と言う言葉自体は存在するわ」
あ、そうなの?てっきり存在しないのかと思ってたわ。
「じゃあ、セイサクが妙な服を着ていたのも、あの見た事のないような手荷物も、街中を見て唖然としていたのも、そうだったのか」
「おいコラ。誰が変な服着てるって? ジャージは寝巻きにも運動着にもなれるオールマイティな万能ファッションでーー」
「へぇー、そうなんだ。知らなかったよ」
はぐらかす様に答えたレイニスは再度マミアさんの方に顔を向け口を開く。
絶対信じてないだろコイツ。
「それとは別に、あの変な世界に関しても聞きたいです。あれは一体なんなんですか? 僕らを襲って来た人物同様、貴方方二人も詳しそうな感じだった様に見えたのですが」
「……詳しく……か……。そうねぇ……どこから話せば良いのか分からないのだけれど……」
マミアさんの話によるとこうだ。
近年世界のあちこちに、あの世界に繋がってる穴が出没する様になったらしい。
普通の人達は見えないらしく、マミアさんは『ゲート』と呼称している。
ゲートは岩壁や水面、場所や環境問わず出現するようだ。
挙げ句の果てには空の上に出現したこともあったとか。
そのゲートを通じてあの世界の魔物達が、こっちの世界の人達を引き摺り込むらしい。
その後どうなるかは言わなかったけど、馬鹿な俺でも想像が出来ちまったよ。
「という訳で、私達は詳しい情報を集めつつ、攫われた人を助けたりと色々やってるの」
「…………」
レイニスは、目を丸くしながら無言で聞いていた。
確かにこんな非現実的な事を信じるなんて出来るわけがない。
けど俺もレイニスも実際に体験してしまった以上、信じない訳にもいかないんだよな。
まあ俺は日本から転生した身だし、転生物って今もブームだから理解出来なくもない。
だけどレイニスはこの世界の住民だ。受け入れるのは難しいと思う。
「……」
ほら見ろ。また考え込んで固まってるじゃねえか。
頭ん中整理する時間が必要なんだろうな。
「ごめんなさい……。いきなり言われても信じられるわけがないわよね」
「いや、確かに信じがたい話でしたけど、実際この身であの世界見ましたし、嘘だと決めつける気はありませんよ」
「そう言ってもらえるだけでも助かるわ」
マミアさんが申し訳なさそうに謝ると、レイニスがそう返答した。
受け入れ速度早かったわ。
コレがベテラン冒険者って奴なのか。気にする必要なかったわい。
「ちなみにその『ゲート』ってのは、一般の人には見れないんすよね? でもーー」
レイニスは俺の方を見ながらそう言った。
「セイサク。僕らがあの世界に足を踏み入れた際、君だけがそのゲートというのを視認できたよな?」
「あ、ああ。そうだな……」
レイニスの質問に答えると、彼は顎に手を当て考える仕草になり、
「もしかして、セイサクや貴方が持ってるその腕輪と、なんらかの関係があったりするのですか?」
「そうね。この腕輪の適合者になった人ならゲートを視認出来るようになるのよ」
マミアさんは右手に嵌めてる腕輪を外し、指でクルクル回しだす。
「正直言って、この腕輪やあの世界に関して私もまだ何も知らないに等しいわ。けどあの世界の魔物から皆んなを守れるのは、腕輪に選ばれた人だけなのは確かなの」
その理由として、この腕輪の魔法の仕組みと関係があるのか?
そう思いながら俺が今も身に付けてる腕輪をじっと見つめてたら………、
「あー! セーちゃん今絶対変なこと考えてたでしょ!? いつも真顔で視点を一箇所に集中させてる時って、大概馬鹿な事考えてる時の顔だから!」
「へ、変なことなんか微塵も考えてませんよ……? 俺はただ、契約がなんなのかなんなのか思ってただけで……って馬鹿ってなんだ!? 失礼だろっ!」
俺の対面に座っているサーヤが頬を膨らませながら、唐突に大きな声を上げる。
「いやいや! 明らかに何かを誤魔化そうとした時の言い方じゃん! しかも馬鹿って言葉に反応したでしょ!」
「あー! もう! うるせえなぁ! お前だって似たようなもんじゃねえか! 人の事言えないだろ!」
「全然違うし! 私はセーちゃんと違って馬鹿じゃないし!」
「いやいや、胸ない癖にそんな胸張って言うことじゃねーだろ!」
「あー!!また胸の事言った! いい加減怒るよ! その台詞禁句っていっつもーー」
こんなアホなやりとりを見てクスクスと笑いだすマミアさん。
さっきまで剣幕近い顔してたレイニスも、花を愛でる様な目で俺らを見てるし。
「あ、すんません。せっかく説明してくれてたのに話逸らしてしまって」
「大丈夫よ。ちょっと微笑ましい光景に見えたもんだから。本当に仲が良いのね貴方達」
「「そ、そそそそそそそそそそ、そんな事無いですよ!?」」
俺とサーヤの声が重なる。
ちょっと待ってくれ。俺はまだ認めちゃいないぞ。
俺はコイツのことを女として見てないし、向こうも俺のこと男としては意識してないだろうし、……って何言ってんだ俺。
「ふぅ……取り敢えず落ち着ついてくれ。話が進まないから」
「「……はい」」
レイニスに諭されて静かになる。
やっぱこういう所は大人だわ。
俺達のやり取りを見ていたマミアさんは、微笑ましい表情を浮かべ眺めてる。
そしてコホンっと咳払いをして気持ちを整えると、再び口を開く。
「それじゃあそろそろ本題に戻るわね。レイニス君が聞きたいのは、あの世界とこの腕輪の関連性の事よね?」
「はい。もし何かを知っているのであれば教えて欲しいです」
レイニスが真剣な眼差しでマミアさんを見つめている。
俺も少し緊張しながら彼女の答えを待つ。
すると彼女は、 俺とレイニスを交互に見やり、
「そうねぇ……。実は私達もあの世界について殆ど情報を持ってはいないけど、確実に言える事があるわ」
「それは一体?」
レイニスがそう聞くと、マミアさんは一度深呼吸をして、真剣な眼差しでこう答えた。
「さっきも言ったけど、あの世界の出入り口、『ゲート』は、普通の人達には見えないけど、腕輪の適合者になった人達には見える様になるの。それに加えて、あの世界のモンスターに対し、対等に戦える様になるってところかしら」
「腕輪の適合者……。つまり僕の攻撃が通用しなかった理由は、適合者じゃなかったから……か」
「そういう事になると思うわ」
レイニスは納得した様子でうんうんと相槌を打ってる最中、何かを思い出したかのようにハッとした様子を見せた。
「そういえばモンスターで思い出したのですが、マミアさんってあの世界の魔物を一体、使役していませんでしたか? 紅いのに爆散されたゴーレムの様な岩の巨人を。僕らを襲ったあの男も、あの世界の蝙蝠の魔物を使役してた様に見えましたし。あれは一体どういう事なんですか?」
レイニスがそう質問すると、マミアさんは複雑な表情を浮かべ、
「その事に関しては、セイサク君に聞いて欲しい話なのよ」
……え? 俺?
どう言うことかわからず、目を丸くしてマミアさんの方を見る。
俺もあの世界での出来事の被害者だから話すのはわかる。
だけど何故そこで俺の名前が出てくるんだ?
「セイサク君。最初この腕輪に触れた時、声が聞こえてこなかったかしら?」
「声?」
「そうよ。声が頭に響いてこないかしら?」
「…………」
そう言われてもねぇ……。確か服燃やされて、着替えた後荷物確認して、その際に腕輪を見つけて……。
『汝が所持してる腕輪。それを所持してる者達全てを倒せ。成し遂げれば汝に、自身が望む世界を創る力を授けっよう!』
「……あれかァアアアア!!」
あの頭の中に響いた声の事を思い出すと同時に、思わず大きな声で叫んでしまった。
「ちょ、いきなり大声出さないでよ! びっくりするじゃん!」
サーヤがビクッと体を震わせながら、俺に対して文句を言う。
「すまん。ちょっと興奮してしまった」
呆れたような目で見てくるサーヤを他所に、俺は自分の右腕に嵌めてある腕輪をじっと見つめた。
「その腕輪に触れた直後、急に声が聞こえて来てっすね。この世界に送り込んだ張本人と言ってました。そいつこっちの問いどころか、一言も喋らせず一方的にベラベラ語って来やがって……」
「やっぱり貴方にも声が聞こえていたのね」
「え、と言うことはマミアさんも聞いてたんすか!?」
「ええ。私も初めて触れた時は同じ様な事を言われたわ」
同じような事を言われた?
「ちょ、えっ、マミアさんも!?」
「ええ。そしてその後、ゲートが開き、あの世界の事を知ったのよ」
ま、マジですか……。
「じゃあ、さっき言ってた俺が聞かなきゃいけない話っていうのは?」
「今から話すわ」
マミアさんはそう言って一度、息を大きく吸うと、話し始めた。
「私達が今身につけているこの腕輪。その腕輪に選ばれし者は、自分の願いを賭け戦い抜き、最後に勝ち残った勝者にのみ、自らの願望が叶えられるというシステムらしいの」
「!?」
マミアさんの口から発せられた言葉に驚きを隠せなかった。
続きは夜九時頃に投稿します。