第三話 巨大蜘蛛
「嘘だろ……どうなってんだ?」
変な声が聞こえた後、壁前に開かれし光の輪を潜った俺、田中星作。
潜り抜けた先の場所……っと言うより別世界だね、これ。
さっきまでのヨーロッパ風中世異世界と違って奇妙な……否、全てが奇怪しい自然環境の異世界を目の当たりにして茫然中です。
デカい岩や氷塊の孤島っぽいなにかが、ラピュ(目がぁぁ〜! 目がぁぁぁぁあっ!!)のよう空に浮いてるし。
その辺りをキャベツの葉に似た羽を持つ鳥類? が当たり前のように飛んでるし。
今踏みしめてる地面もそうだ。
人の毛の様な細い糸が茂広がる草原かと思いきや、途中で一面氷の大地になってたり。
その真ん中にまだ熱がこもってそうな火山岩っぽい岩もあったし。
もう色々おかしいよこの世界?
自然の摂理とか関係なし、全てが混ざり合いすぎて無茶苦茶じゃねーか。
「……この腕輪に触れた瞬間、変な穴が出現したんだよな?」
今も手に持ってる原因の元かもしれない金の腕輪に視線を向ける。
この腕輪って、声の主が俺に授けてくれたチートアイテムみたいな物なのか?
なんていうか、他の異世界に行き出入りが出来るディメンション・ワープ的な?
いや、声の主は自分で見つけろとか言ってたな。なんだっけ? ケイヤクゲン??
……まあ、今はいいか。
それよりこれからの事を考えないと……。
「せ、セイサクッ!? あ、よかった。無事だーーッ!? なんだ此処!!?」
おっと、どうやらお仲間さんの登場らしい。
背後から聞こえたレイニスの驚愕の声に振り返ると、俺と同じ様に光の輪を抜けてきたレイニスの姿があった。
「セイサク……ここは一体……? 君が無色の泉に透き通るかの様に消えていった後……まさかこんな場所に出るなんて……」
「俺にもサッパリだよ。気がついたらここにいてーー」
今も動揺中のレイニスに向け口を開いた時、
ガサガサ………
……なんか獣の足音的何かが聞こえてきたのですが?
四足歩行? いや、六本か八本くらいの足で近づいてるような感じだが、
…………………
「えっと……レイニスさーー」
「待ってッ! 静かに」
声を掛けようとしたら、先程の動揺が嘘みたいと言わんばかりの顔したレイニスが、小声で静止してきた。
うわぁ……凄い緊張感のある表情してるよあの人?
全神経を研ぎ澄まし警戒しているのか、レイニスの目線は音がする方向から外れていない。
それどころか額からは汗が流れ落ちてる程だし……。
「……」
うん、平和ボケ国JAPAN育ちの俺でも分かる。すごぉーく嫌な予感しかしないんですけど?
恐る恐る首を動かし、なにがいるのか確認しようとーー
『………ケ…………プシュゥゥゥゥ……』
「無闇に動くなッ!」
ーーした途端、怖い顔したレイニスが小声で怒られた。
でもその前に生き物らしき吐息の音が聞こえたのでやめました。
俺、今、背筋がブルっと震え上がっております。
うん、これ、絶対アレだよね? 振り向いたら何かに喰われるという古典的死亡フラグじゃん!?
ここは振り返るんじゃなくて、えっと、えっとぉ…………、
『プシュァァアアアアアア!!』
「危ないッ!!」
突如、奇怪な鳴き声を上げながら現れたソレに、咄嵯の判断をしたレイニスが俺を抱きかかえ跳躍し離れた。
えっ? 一瞬にして視界が180度回転し、レイニスの顔が真上って……、
おいこらちょい待て! 抱きつくな! 俺が女ならまだしも、お前は男だろうが!! 第一この体勢ってかなり恥ずいーー
ズゥゥゥゥンッ!!
……と思いかけた瞬間、レイニスが着地したのと同時に巨人の足踏みの様な暴音が聞こえました。
同時に抱っこされて恥ずいと思う気持ちも、びっくりしたのと同時に何処かへ吹っ飛んでいきました。
「……何? なんかヤバいのが飛び出たのは間違いなさそうなんですけどーー」
「本当に危険なのが出てきたんだ! 魔物が出現したんだ! いいかい!? 直ぐ物陰に隠れるんだ!」
顔を青くし非常事態感バリバリの大声で叫ぶレイニス。
俺を下ろした後、腰元に付属してるダガーナイフを抜き身構え、戦闘体制に入った。
えっ? 魔物? さっきのデカい影っぽいのが?
そう思いを感じながら、ふと飛び出して来たのか何かに目を向けた途端、
「ーーーーーっ」
只今口元が大きく開き絶句中です。
他人が見たら顎外れてないかと心配されるほどに。
飛び出て来たそれは、姿形からして間違いなく蜘蛛そのものだった。
……大型バス一台分程の大きさではなかったはずですけどね。
よく見たらこの蜘蛛、全長十メートルはあるよね?
しかも二本の太い前足の先端がカマキリの鎌っぽいし。
頭部にはカブトムシのような角を生やしてるし、尻にはサソリのような尻尾があるし。
ってか、その尻尾の先端の針らしき部位になんか糸がチョロっと出て
これ絶対蜘蛛糸じゃん。
ヤベェ、これこそ王道異世界だってのに、デカすぎる昆虫版キメラの悍ましさのせいで実感湧くどころの話じゃない。
表向きは愕然としてる顔をしてるだけですが、内心ではビクつきまくりですよ。
いつ恐怖で体が震え出してもおかしくないですよこれぇ。
「なにやってるんだっ! 早く! 早く物陰に隠れるんだよ!!」
「っ!?!? お、わかった……」
レイニスの声で我に返り、すぐさま近くの岩へと身を隠した。
ズサ……ズサ……と足音立てながら、少しずつレイニスに迫る蜘蛛。
レイニスは瞬きを一切してない鋭い瞳で睨みながら、蜘蛛の様子を伺っている。
『プシュァァアアアアアア!』
先に動いたのは巨体蜘蛛だった。
レイニスに向けて勢い良く口から粘着性のある糸を吹き出す。
「……っ」
レイニスはその攻撃に対し、冷静に対処した。
横に回避するのではなく、その場で屈んでから前方に跳躍。
間合いを詰めつつ右手に持つダガーナイフで、巨体蜘蛛の脚先を切りつけた。
パシュンッ
「えっ!?」
ん? なんか有り得ない事が急に起きた様な声を出した様な気がしたが?
レイニスの反応が気になった直後、蜘蛛は脚を上げレイニスを弾き飛ばそうとした。
だが、
「……くっ!」
レイニスは咄嵯の判断をし、後ろにバックステップして攻撃を躱す。
そのまま地面に着地すると、またもや巨体蜘蛛がレイニスに向かって突進してきた。
「しつこいなぁ! もう!!」
悪態を吐くレイニスだが、先程よりも機敏な動きで突進を避ける。
いや、レイニスの何処が役立たずなんだ!? めっちゃ動きいいじゃん!
今度あのコプ三人衆に会ったらこの事話して謝罪させたろ。
そう思った直後、レイニスの短剣による二連撃で、遂に巨体蜘蛛の片方の前足が切り落とされた。
ーーっと思いきや、
パシュン! パシュン!
「どっ、どうなってるんだ!?」
「えっ? はぁ!?」
刃先に触れた瞬間、紫色のバリア的何かに防がれ、攻撃が通らなかった。
まるで揺れひとつない泉の水面下に、水滴を一滴落とした時に発する波の様な結界。
それのせいで攻撃が通ってない事に俺は愚か、攻めたレイニス本人も愕然とする。
なんだよアイツ!? 反則じゃねーか!
『プシュァァアアアアアア!』
ブォンッ!
「ぐっ!」
巨体蜘蛛のサソリ並みの長い尻尾から繰り出される凪払い攻撃。
風を切り裂く様な音を鳴らす疾風の一撃だった。
そんな俊敏な攻撃にもレイニスは冷静に対応。後方にジャンプして回避すると同時に距離を取る。
そして、
「これならどうだッ! ファイア・ボール!」
レイニスが魔法を唱えた途端、火の玉が三つ出現し、勢いよく放たれていく。
あれって魔法使いコプの女が俺に放ちやがった例の魔法か。アイツも使えたんだ。
その事実に対しちょっと驚いたが、それも束の間。
「いけぇっ!!」
パシュン!
「魔法も効かないだって!?」
再度例の紫バリアによって掻き消された現実に、レイニスは驚愕の声を上げる。
おいおいおいおい、なんだよあのデッカい蜘蛛は!?
体の各所が他の虫々のパーツが混ざってるだけじゃ飽き足らず、チートに近いバリア持ち!?
物理も魔法も効かない時点で詰んだと言ってもいいじゃん!? 俺らどうなっちゃうの!?
『プシュァァアアアアアア!』
あの蜘蛛! 余裕たっぷりですって言ってるかの如く雄叫び上げやがった! 涼しい顔しやがってあのチート野郎!!
レイニスも物理も魔法も効かないのを目の当たりにして分が悪そうな顔浮かべてるし!
おいおいおい、これマジでどうなっちゃうの!?
ってか、俺のせいじゃないよね!?
今も持ってる腕輪触れた所為で、この世界の扉が開いちゃった感あるけどさ!
興味半分で踏み入れて、そんな俺見て驚いてレイニス追いかけて来たっぽいけどさ!
……アレ? 全部俺が根端じゃね?
やっぱ俺の所為なの!!?
「ぅっ!! 倒すのが無理なら!」
レイニスは巨体蜘蛛に向け手を翳した。
先程の火の魔法を放つかと思った。
だけど少し違い、翳した手から、灯り火のような黄緑色の光がーー
『キィィィィィィッ!!』
パァン!
『プシュェェェィッ!!?』
「えっ!?」
レイニスが何かしようとした時に突如現れた、全長二メートル程ありそうな巨大蝙蝠。
漆黒の黒の象徴とも思えてしまうソイツは、狙いを定めていた蜘蛛に体当たりして怯ませた。
なんだッ!? 新手のモンスター!?
急に現れた乱入した敵感バリバリなモンスターの出現。
俺もレイニスも自然と瞼が大きく開いた直後だった。
「この世界のモンスターに対してテイムはやめた方がいい」
今も真上を飛び回ってるその蝙蝠の背から、漆黒の服に身を包まれた人物が飛び降り、レイニスの背後に着地する。
ソイツは今俺が着ている麻の服と比べ、破れづらそうな黒き長袖の服を着ていた。
更にその上にはトレンチコートの様な黒い上着を着ていて、黒こそ至高と主張してる様な奴だった。
爽やかなアップバンクな黒髪シュートヘアの下に輝く冷徹な蒼き瞳。それだけでもイケメンオーラ放ってる様な感じ。
……なんか、出来る人オーラを醸し出してる様な人物で地味に腹立つ。これが嫉妬という感情なのでしょうか?
「て、テイムしないほうがいいって……っと言うか君は誰だ?」
「知らないほうが幸せな事もある。来た道を戻って此処の事は忘れーーん?」
冷徹アイズのイケメン男が、俺に気づいて視線を向ける。
目があった瞬間、急にそいつは、宇宙画像を背景にした猫の様な目をしやがった。
なっ、なんだよアイツ!? 俺の顔見て何思いやがったんだ!?
「驚いたな。まだ契約していない奴がいたのか」
「……は?」
「け、契約?」
イケメンの意味不明な発言を聞き、俺は愚か、レイニスさえも小首を傾げてしまう。
「とにかく下がってろ。因みに物陰に隠れてる奴には後で話がある」
「えっ? 俺ですか?」
ひょこっと少し警戒してる小動物の様に上半身を出し、俺自身に指差して確認したが、
「お前に用はないが、そこの岩に隠れてる間抜けそうな奴は間違いなく冒険者ではない。目の前の先約を片づけるまでの間で構わないから、お守りをしてくれると助かる」
「え? いや、構わないけど……」
レイニスに頼み事して俺を無視しやがった!!
「ひとまず下がれ。お前達じゃこの世界のモンスターを倒す事は不可能だからな」
「いや、それだと君もーーあっ! ちょっと待って!!」
レイニスが言葉を発してる最中、ムカつくイケメン野郎は地を蹴り、立ち直した蜘蛛目掛け駆け迫る。
そして右手に嵌められし黒い腕輪を掲げ、
「サモン・ソード!」
魔法を使うかの如く、なんらかの呪文の名を口にした。
腕輪の中央に取り付けられてる白色の石から一瞬、キラッと眩い光が放たれた瞬間、
『キィィィィィィ!』
例の巨大蝙蝠から槍にも見えそうな漆黒の大剣が降り落ちた。
イケメンはその大剣をキャッチし、他の方角に目もくれず、巨大蜘蛛目掛け斬り掛かったのだった。
10分後、投稿します