第十五話 ウィンディ・レクシマ
「どうだ? 手がかり見つかったか?」
一人の冒険者の問いに対し、もう一人の冒険者は首を横に振る。
「そっか……。こっちも全然ダメだ」
「おい、本当にアインさんが此処を通ったんだろうな?」
「俺は有名なあの情報屋に金渡したんだ。間違いないさ。それにあの人が嘘を言うはずがない」
「だけど、ここまで隈無く探して何一つ手がかりが見つからないのもおかしくないか?」
俺達は例の路地裏に着き探し始めて十数分たった。
だけど、アインという冒険者の情報が全く見つからない。
ラッツって名の話によると、この辺りを通ったのを見たと言う事だが、いくら探しても見つからず、時間だけが過ぎていく。
「なぁサーヤ。その、アインって人ってどんな人なんだ? 特徴とか教えてくれよ」
「うーん。金髪で背が高くてカッコいい顔立ちをしてるんだ。あと、いつも笑顔を絶やさない人だったかな」
「へぇ〜。じゃあ、性格は?」
「アインさんは優しい人だよ。弱い人達の為に戦う、そんな人」
そう言った後、サーヤは今も懸命に手掛かりを探しているウィンディを指差した。
「もっと分かりやすく言うとさ、ウィンディと似たような顔立ちしてるって感じかな。アインさん、ウィンディのお兄さんだし」
「お兄さんって、あの人の兄ちゃんが行方不明になってんのか?」
「うん。三日前、アインさんがクエストに出かけた時、そのまま帰ってこなかったって。それからウィンディはずっとアインさんを探してたんだよ」
「クエストから帰って来ないって……」
俺はウィンディって少女の方へと目線を向けた。
だからあんなに必死そうな顔して探しているのか。
いや、他のグループの仲間達も懸命に探してはいるけど、アイツだけは他の仲間達と比べて必死さが違った。
それだけ兄貴思いって訳か。
だけど、このままだとまた倒れちまうんじゃないか?
そんな心配をしている最中、ウィンディが壁に手をついて息を切らしていた。
そんな彼女を見たサーヤは駆け寄り声をかける。
「ちょっとウィンディ。まだ病み上がりに近い状態なんだから無理しちゃ駄目だよ」
「ご、ごめん……。でも……」
「アインさんなら大丈夫だよ。だってアインさんの実力は、この街でならかなり上位の部類にいるし、受けたクエストもそんなに大した依頼じゃなかったはずだよね?」
「……」
「心配なのは分かるけど……、ほら、少し休もう」
「うん」
サーヤはウィンディの肩を支えながら座れそうな場所へと移動し、二人揃って腰を下ろす。
……やっぱりあのウィンディって奴、なんか見覚えある気がするんだよなぁ。
いや、見覚えっていうか、誰かに似てるような気がするっていうか……。
……でも前世の知り合いの顔や性格合わせても、誰一人思い浮かばないっていうか……、
そんな事考えながら、座った直後に深い息を吐いたウィンディを眺め首を傾げてると、
「……ねぇ、サーヤ。なんかあの人、アタシ達の事、疑い深い目でじっと眺めてくるんですけど……? サーヤの知り合い?」
「えっ? せっ、セーちゃん?? そんなアホ面してどうしたの???」
「づぉっ!? だ、誰がアホ面だッ! あっーー」
思わず怒鳴ってしまった。
いや、いきなりアホ呼ばわりさりゃ、当然の反応だと思いますよ。
まぁでもぉ、俺もいやらしく無い意味で変な目でジト見しちゃったし、何も関係ない無い人を曇り無き眼で凝視しちゃってたし。
うん、ひとまず落ち着こう。まずは謝ろう……ウィンディさんだけに。
っと、自分に言い聞かせ落ち着かせた後、俺は座っている二人の手前まで歩んだら、
「……セーちゃん? さっきの目つきなんだったの?」
「あっ、いや、誤解つーか、人違いつーか……」
「じぃぃぃぃ……」
サーヤがジト目を向けてきた。
「セーちゃん……、まさか……、ウィンディを見てエッチな事考えてたんじゃーー」
「なんでそうなるッ!? バカかお前は!」
「セーちゃん! いくらなんでも言って良い事悪い事があるよ! 第一私セーちゃんより馬鹿じゃないから!」
「お前が先に言ってきたんだろーが! お前アレか!? 嫉妬か!? そこのウィンディって人がお前の胸元にないもの持ってて羨ましいんだろ!! あぁん?? どうなんだよオイコラァ!!!」
「ほらやっぱりエッチな目でウィーーってぇ! またお胸の事言ったァァァ! セーちゃんのバカーーーッ!!!」
「ちょっ、ちょっと待って!? サーヤ、やっぱりこの人、アンタの知り合い?」
ウィンディの問いかけに、ハッとした表情を浮かべたサーヤは、俺の顔を見ながら首を縦に振った。
それを見たウィンディは、俺の顔をマジマジと見つめた後、 ニヤリと笑みを浮かべた。
なんだこの感覚……。まるで、蛇に睨まれた蛙のような……、
「ふぅ〜ん……。セーちゃんって言ってたから……なるほど。この子がねぇ……。へぇ〜」
「な、なんすか?」
思わず敬語になってしまった。
すると、ウィンディは口角を上げながらサーヤに視線を移し、 今度はサーヤの顔をジーーっと見始めた。
サーヤがウィンディの視線に気付き、ウィンディと目が合う。
「う、ウィンディ?」
サーヤが問いかけると、ウィンディはニコッと微笑んだ。
その瞬間、サーヤが急に顔が赤くなって動揺した。
「あ、あの……、な、ななな何を……?」
「ひょっとして、この人がサーヤがいつも私達に話してた、例の幼馴染の彼氏なのかなーって」
「ちょっ!? そう……違っ……◯△◇□♢ッッッ!!?!?」
そのウィンディの言葉を聞いたサーヤは更に顔が赤くなり、両手をブンブン振りながら否定した。
その慌てっぷりが面白かったのか、ウィンディが笑い出した。
……え? 俺がサーヤの彼氏? どゆこと? 何が何だかさっぱりわからない。
「あの、さーせん……ウィンディさん……でいいっすよね?」
俺はひとまず、顔全体が真っ赤になったサーヤにポカポカ叩かれてるウィンディさんに向け口を開いた。
「うん。アタシはウィンディ・レクシマ。よろしくね。えっと……」
「田中星作っす。コイツが俺の事をどう説明したか分かりませんが、ひとまずサーヤとは幼馴染という名の腐れ縁の者でしてーー」
「いいのよそんな丁寧に言わなくて。後さ、これからはウィンディって呼んでよ。アタシもセイサクって呼ぶからさ」
「マジでか。じゃあ、俺セイサク。よろしクリスマス」
「えぇ、こっちもよろしく」
俺の多少悪ふざけた言い方にウィンディ笑顔で答え、俺達は握手を交わした。結構気さくな人なんだな。
「それで改めて聞きたいんだけど、今顔真っ赤にしてテンパってるそこの馬鹿幼馴染の事なんだけどさ、コイツ、俺の事をどう説めーームグゥッ!?」
「わわわわッ!? せぇッ、セーちゃんは知らなくていい事だからッ!!」
ウィンディに何かを聞こうとしたら、サーヤが慌ててウィンディと俺の間に割って入り、口を塞いできたが、
「言っちゃえば惚気話よね。サーヤが毎日のようにセイサクの自慢話をーー」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! もぉぉぉぉぉッ!! お願いやめてェェッ!!」
「ちょっ!? サーヤ! 落ち着け! 暴れんーーっ痛ダダダダッ!? 力強く俺の耳塞ぐな!」
「あぁぁぁぁぁッ! もうヤダァァァァァ!!」
サーヤはもう、叫び声をあげながら涙目だ。
にしてもこんなに感情剥き出しのサーヤを見るのは初めてな気がする。
……やべ、可愛いく見えてきた。
いや、待待待待て。こんな時に不謹慎だぞ俺。しっかりしろよ。
第一今はアインって人を探してる最中だぞ。
でも……なんか、このまま放っとけない感じがしてきた。
ま、まぁ、後で一応サーヤには聞いてみるか。
俺は少し躊躇いながら、今も俺の耳を塞いでるサーヤの手を剥がす。
「サーヤ、一旦落ち着こうぜ? な?」
「うぅぅ……ウィンディの意地悪……」
「はいはい、ごめんってば。でもさっきのセイサクの様子見てたけど、案外両思いの可能性が高いかもよぉ〜?」
「…………ふぇ???」
ウィンディの一言に、サーヤは俺の方を見てフリーズ状態にーー、
「ふぁっ!!?」
俺は思わず変な声で叫んでしまった。
ちょっ、ちょっと待て! いきなり何言ってんだこの人!?
「ママママママ待てェッ!? 誤解か嘘か本心かは知らんが、サーヤが俺の事ベラベラ喋ってそう解釈したのは納得出来たとしても、何故会ったばかりの俺の本しーー何デタラメ言っーー」
「今本心って言おうとしなかった?」
「言ってない!」
俺はテンパった声で即答しました。
「いやでもぉ、セイサク、今さっきアタシの言ったこと聞いて顔赤くなってなかった? あれは照れてたんじゃーー」
「な、なな、初対面の相手に何言ってんだお前ッ!? 第一コイツは胸まな板だし、男みたいな性格してるし、髪も短いから女の子ってより男の子に見えるし、顔だって整ってても女っぽくないし、それにーー」
「なっ!? セーちゃんだって馬鹿だし、間抜け面してるし、いつも朝寝癖付いてボサボサッ頭してたし、いっつも眠そうな顔してるし、身長も平均値より少し下の方だしーー」
「あっ! テメッ、今お前自分の事棚に上げたな!? 人のコンプレックス突いてきやがったな!? 大体おめーはいつも俺に対してーー」
「そっちこそ! 私の事をいっつもまな板胸とか言って馬鹿にしてーー」
俺とサーヤは互いに睨み合いながら、お互いの欠点を言い合った。
「やっぱサーヤの話通り仲良いじゃん」
ウィンディは、そんな俺達を見ながらクスリと笑っていた。
すると、突然サーヤがハッとした表情を浮かべながらウィンディに視線を向けた。
俺もつられてウィンディの顔を見ると、ウィンディは俺達に優しい微笑みを向けてました。
うぅ……この世界に来てからこんなのばっかりじゃねえか。
サーヤも俺と同じ事思ってるのか、顔を赤らめて黙り込んでるし。
「えっとぉ……そろそろアインさんって人探すの再開しないか? 俺達の関係については置いといてさ」
俺の言葉に、サーヤは無言でコクっと小さく首を縦に振った。
「そうね。このまま二人のイチャつきも見てたい所だけどーー」
ウィンディが再度話を蒸し返す事を言いかけたその時だった。
『ガサガサガサ…………』
「…………ん?」
なんか草原を駆け巡るような足音が聞こえたような気がしたような?
だけどここは草一つない石道の路地裏だし、空耳か?
「? どうしたのセイサク?」
「いや、なんでもなーー」
そう思いかけた次の瞬間だった。
突然ウィンディの背後に見覚えのある黄金の輪が、空間を裂くように展開されーー、
パシュ! パッ!
「えっ!?」
その輪の内側から蜘蛛糸が放出し、ウィンディが捕らえられ、
「キャァーー」
「ッ!? ウィンディッ!!」
驚いたサーヤがウィンディに抱きついた直後、二人共輪の中へと一気に引き摺り込まれたのだった。
「ッ!!?」
俺は突然の出来事に呆然とし、気づいた時には二人はもう輪の中へと引き摺り込まれた後だった。
ちょっと待て!? これって確か、あの混沌世界へと繋がってる『ゲート』っていう名の異次元の門だよな!?
いや確かにマミアさんの話じゃ、場所環境問わずに何処にでも突如開くとか言ってたけれど!?
んでそっちの世界の魔物が、ゲートを通じてこっちの世界の人を引き摺り込むって聞いたけど!?
『ねぇサーヤ! なんなのこのモンスター!? 今まで見たことがーーー』
『今は逃げ切る事を優先にして! この世界のモンスターは私達の攻撃が何一つ通用しないからーーうわっ!?』
動揺してる最中、ゲートからサーヤとウィンディの甲高い声が聞こえてきた。
嘘だろっ!? いや、引き摺り込まれた点で気づくべきだと思うけど、あの二人今、あっちのモンスターに襲われてるのか!?
やべえぞおいっ!? だってあっちの世界の魔物、腕輪の力が無きゃ傷一つつける事が出来ない! 今マミアさんは此処には居ない!
このままだと二人揃ってモンスターの餌食になっちまうじゃねーか!!
俺は躊躇わず、すぐさまゲートに手を伸、
『入ってはダメ!』
ーーばそうとした瞬間、突如聞こえた大声に驚き手を止めた。
「だっ、誰だ!?」
今の声はどこからだ?
辺りを見渡すも、この場には俺以外誰もいない。
…………空耳か?
『この輪を潜れば、貴方はもう後戻り出来なくなる。同じ目的の為に戦う者達を皆殺しにし、未来を掴み取るまで……』
いや、空耳じゃなさそうだ。
一体誰だ? なにを言っているのか意味がわからない。
いや、でもこの声……聞き覚えがあるような……?
そう思いながら、再び戸惑った顔を浮かべてゲートの方へと視線を向ける。
………………
なんでゲート通ったらダメなのかはよく分からない。
確かに今の俺じゃ足手まといになることは承知している。
だけど………………
「っ!!」
俺は謎の声に耳を貸さずゲートを通り、再びあの混沌とした世界に足を踏み入れた。




