一流のデート、序章
今日はとてもよく晴れている。
天気が良いとそれだけで心も晴れる、人間とは単純なモノだ
単純、シンプル故に ちょっとした事ですぐ落ち込んだりもする。
実際、悩みが多い社会
自分が 精神的に滅入ってる時には、太陽すら疎ましくなり 天気の良い日に出掛けている人間を見る事すら苦痛になる事もある。
そんな者達に、心の休息を与える それが料理の持つ役目の一つでもある。
「チッ、なんで私がコイツと…」
黒ギャルメイドの小春さんは、さっきから何度目かもわからなくなる程の
舌打ちと愚痴を私の背中にぶつけていた。
晴れ渡った空の元での買い物という快感と、自分を良く思っていない女性との外出…
この二つが大きく、私の情緒を天秤のように揺るがしていた。
自慢では無いが、私は恋人という存在を持った事がない
断っておくが、『全くモテない』という訳でもない。
嫌味にも訊こえるだろうが、料理という分野で天才的な才能を発揮していた私は
幼稚園時代から、そこそこモテた
面だって、そんなに悪くはないだろう
故に、私はカッコつけた
恋愛には興味のないフリをしたのである。
”恋愛に興味のない孤高の天才”はクールでカッコよく思えたし
理想であった。
当時から、ハマっていたゲームの主人公の影響かもしれない
何度か告白も受けた事もあるが、どうスマートに断るか
そこに私は固執した。
しかし、恋愛を本当は めっちゃしたかった!のか
というと、そういう訳ではなかった
アプローチしてくる女子にも、実際そんなに惹かれてはいなかった
故に、私の振るという行動自体は間違った判断ではない。
振るのが、カッコイイなどという思春期特有の痛さを除けば、実際に私は料理に夢中であり
女子との恋愛は自信がなかった。
カッコ良さに重点を置いているのだ
実際に付き合ってみて、料理以外の私を知られ、勝手に失望され、勝手に振られるのが怖かった…
カッコ悪いところは見せられない!
現代人の恋愛を全くした事がない、という若者の多くに当てはまる現代病思考ではないだろうか?
『振られる = 相手に負ける』という事なのである
負けるのが嫌なのである。
振るという行為は、相手に勝つということ
勝負とかじゃないとは思うが、マインドはそうなのだ、仕方がない
しかも、恋愛の負けは己の存在意義すら崩壊しかねない
自己肯定感という城に対する、まさしく戦争行為である。
”傷つきたくない”特に、恋愛では!!!!
「駄目だ、冬美さんは電話に出ないよ…」
何度目かわからないスマホの確認をして、自分も溜め息をついた
前置きが長くなったが、今日は前回失敗した「メイド服調達」の続きである。
彼女の、というか我が店では
メイド喫茶の、命ともいうべきメイド服を
大型大量入荷大量販売店、大売り出しパーティーグッズのような
そこそこを力を入れれば、簡単に破けそうな素材の制服を採用していたし
実際にそういう店で買っていた
しかも、彼女が採用された時には
制服のメイド服が店側に十分に用意されておらず
予算を2000円程、渡され だから800円そこそこのメイド服を買い、お釣りもしっかり徴収されたとの事だ。
終わっている…
オワコンなどいう言葉を安易に使ってはいけないが
私の入ったメイド喫茶は既に、終わった場所である。
メイド喫茶として、どうこうの範疇ではない
飲食店を、社会を、客を
完全に舐めきった経営である。
故に、新たに始めるしかない
「アーシは、別に今のメイド服でいいんだよ、汚れても敗れても 替えは利くし」
「駄目だ、それだけは絶対に許しません 私の美意識にも、料理人、いや 人としての矜持に反する。
宗像先生も絶対に許さないだろう
料理を提供する店では、最低限の清潔感が求められる
特に、日本はそこに厳しい
”汚くて美味い店 ” そういう概念も確かにある。
馴染みやすい定食屋さんや、居酒屋など
堅苦しいドレスコードなど一切気にしない
壁にはむしろ、油汚れが付いてた方が健全。
という飲食店も確かに存在し
そこに異論は無い
それを求めている客も確かにいる。
が、それは長い長い日本の労働者と大衆食堂との信頼関係が築きあげた食文化空間である。
安くて、早くて、量があり、美味い、落ち着く空間
食堂のおばちゃんが持つ独特な安心感、実家のような空気感
頑固だったり、陽気過ぎる店主や料理人が許容される社会形成
近代日本の、まさに血と汗と涙が形成した”落ち着く空間”なのである
故に、おばちゃんや店主、バイトの接客に些か問題があろうが許される。
嫌なら来るな、が堂々といえる歴史の裏付けがあるのだ。
メイド喫茶はその点、まだまだ新しい
しかも、オタク層を狙い撃ちしたマイノリティ文化である。
メイド喫茶に入った事がないという人間は、このアニメ大国日本においても相当数いる
私もつい最近までそうだったし、働くなんて考えもしなかった
故に、我々はイメージ戦略が求められる
汚いし、制服にもこだわりません そんな甘えが許されるような社会空間では まだないのだ。
80歳の、現役メイド喫茶ベテラン従業員、キャリア60年みたいな方が現れない限り
新参者であり続ける
実際に、様々な理由から閉店するメイド喫茶も多いと聞く
創業50年、100年を越える飲食店がザラにある この料理社会でやっていくには
800円のコスプレ衣装など許されないのだ。
そこで、我が店を支える精鋭3人でショッピングに出掛ける事になったのだが
冬美さんが約束の時間になっても来ない
何も無ければいいが、私は寝坊だと睨んでいる。
ちなみに、もちろん我がメイド喫茶の精鋭とは
失踪中のオーナーを抜けば、そのまま3人だけであり
そして、その内の重要なマネージャーの一人が抜け二人だけ
既に我が軍は満身創痍であった。
私と、彼女の関係が良好ではない
これもかなり大きな問題である。
「ま、まあ僕と小春さんがいれば、そもそも問題ない買い物ですから さっさと済ませましょう…」
女性と会話するのは、こわい
特に彼女は、学校でのカースト上位を思わせる 立ち振る舞いとビジュアルをしている
自分が変にどもってしまっているので、緊張に拍車をかけた。
「あのさぁ、前から思ってたけど タメ口でいいよ 呼び方も”さん”はいらない」
_!!!!!!
こ、これだぁぁぁぁぁああああああ
学校のクラスという、檻の中でカースト上位の者がノンデリカシーで踏み込んでくるコミュ力とかナニソレ?領域歩法
こっちを嫌っている態度を見せている癖に、縮地が如く いきなり距離を詰めてくる。
どういう意図なのか? こちらをおちょくり楽しんでいるのか??そうとしか思えない早業
世の中の、異性が苦手男子の多くを惑わす、陽キャ特有ムーブである。
※ちなみに、『縮地』とは某人気漫画であまりに有名な技だが
実際には古来より、仙術、武術の中で考案されている技、概念ある。
そして、陽キャという言葉は日本に帰って最近覚えたモノである。
「アタシの方が、ちょっと年下なんだろ だったら~…」
「嫌です、僕は敬語、及び ”さん”付けが良い」
ここに関しては、私の心の中の拒絶意識が 私をNOと言えるに日本人してくれた。
「はぁ?なんでだよ、”さん”付けだと逆にアタシは気持ち悪ぃ…」
「不快にして申し訳ないが! 私は敬語、”さん”付けの方が圧倒的に楽なんです!
日本のアニメとかドラマって、いっつもそうですよね!? 疑問なんですが!!!!
フランクで、楽、友達だったら ”タメ口”じゃないとおかしいとする謎文化がある!
確かに、”対等な立場関係”の表現や 敬語を止め、呼び捨て、愛称で呼ぶ演出はエモい!
それは認めます!!
しかし!実際には、敬語だったり、”さん”付けのままの方がエモくて自然だった関係というのも往々にして存在している!!!!!!
タメ口や呼び捨てが、楽じゃない人種も確かに存在しているんです、私のようなねッ!!!!
敬語って、特に仲良い訳でもない人でも 仲が良い人にも通用する便利な言語ツールなんですよ!!!!
相手に簡単に敬意を示せる、とっても楽な会話機能!!!!!
それを、私から奪わないで頂きたいっ!!!!! あなたの意思は尊重出来ず申し訳ないが!!!」
私はなるだけ、簡潔に早口で捲し立てた
言ってて、自分で自分が気持ち悪いと感じたが 止まらなかった。
「わ、わーったよ…別にいいよ、もう…」
彼女は明らかに、ドン引きしていた
しかし、その引いてくれた距離こそ 私にとって心地の良いものだった。
「あたしら、やっぱ価値観とか合わないんじゃね? もういいよマジで、私なんか あのメイド服のままでさ…」
「駄目です、”美しい貴女”にいつまでもパーティーグッズは着させておけない、小春さんに相応しい衣装を見つけ出し着てもらいます。」
「がっっ//////////////////」
■ 私の顔が一瞬にして赤くなる…!
これだよ…
なんなんだよ、こいつ…
さっきまで、緊張した感じで余所余所しくて アタシなんて興味ないって態度とってた癖に…!!
いきなり ”美しい”とか ほざいてくる…!
しかも、料理してる時みたいな大真面目な顔して~…//////////////
距離感、バグってんだろ~!!!
これがフランス流なのか!?!?!?!?
(ってことは、私を口説いて…あ~~~~~~!!!!!!!!!もうっ!!!!!!)
ひっ!!!?、彼女が物凄い顔で睨みつけている
顔もあんなに真っ赤にして、早く買って帰りたい…
これが、彼女とのファーストデートであり、ワーストデートでもあった。
(続く)