一流は厨房を選ばない。
『 料理とは、宇宙の創造である。 』
宗像清之助 著 【宇宙は私の厨房にある】より引用。
フランスから帰って数日、自分の料理への情熱は冷める事がなかった
天才と持ち上げられ、周囲の過剰な支援もあり
十代そこそこでフランスの三ツ星料理店で修業
その中で5本の指と呼ばれるところまで、腕を高めたが
私の宇宙は満たされる事なく、むしろ 急速に虚しさだけが拡大し
焦りに繋がり、スタッフ達との衝突が増え
料理長とも意見が対立し、私は辞める事になった。
厨房の中の調和を乱したのだ、それには納得している
あの場所は格式が高く、最高峰だったが
山の頂上とは狭いスペースしかないモノだ
私の料理欲を満たしてくれる場所ではなかったのだ。
客観的な評価は充分に受けた、あとは自己満足する事に集中したい
有難い事に、この世は料理をする場所に溢れている
というか料理は場所を選ばない、無人島だろうが料理は出来る。
限られた道具、限られた食材という制限はむしろ、私の腕と想像力を試してくる。
と、いってもここは無人島ではない
実家、日本で平均的な一般家庭だ
フランスの高級料理店から、中流一般家庭の貧相な台所へ異動であるが
弘法筆を選ばず、私はキッチンを選ばす
最高の料理を作れる自信があった。
『よし…』
私は渾身の料理を作り、それを食卓へと運んだ
《 チャーハン 》 日本の昼にオーソドックスとなった炒めた飯
そこに加える食材と味付けで、無限の可能性を見せる宇宙だ。
『わ~!美味しそう』
母が、キャッキャと嬉しそうにチャーハンを頬張る
私は料理のうんちく、美味しく食べる為のコツをくどくどくどくど説明するが
母はスルーする、私の扱いには慣れている。
私の行為はもちろん、野暮だ
食事の雑音にしかならない、しかし 持って生まれた癖なのだ どうしようもない
『美味しかった~!』
母は綺麗に完食した、私は椅子に座り自分のチャーハンを食べる
『なるほど…なるほど…』
自分の食事 = 自己採点
食事を楽しむという行為とは程遠いのかもしれなかった
『やっぱりもったいないよ~、リュウくんなら どこのお店でだって雇って貰えるのに~』
『僕は‥‥まだいいよ』
私には、今 労働、再就職の意欲がなかった。
つまり、ニートである
しかし、数年のフランス料理店での収入、その貯金があり
余裕のあるニートではあった。
料理人は、料理を人に食べて貰う為に存在している
お金を頂いてだ
料理は、もちろんだが 一般人誰でも自分で賄う事が出来る。
そこを、自分の料理に金を出して、喰え! そう言えるのがプロなのだ
料理の探求をするなら、家族にばかり食べさせていても世界が広がらない
出来るだけ多くの人々に食べて貰う必要がある
ならば、店に就職するのがベストである。
が、私のこだわりを満たしてくれる店やスタッフなど なかなか存在しないだろう
料理の為に人と意見をぶつけ合うのは、やぶさかではないが
それで不満を買い、嫌われるのは メンタル的にもキツイ
私は料理の腕が秀でているだけで、中身は普通の人間だ
料理へのこだわりが強いだけの、メンタルは凡人である。
普通に落ち込む
故に、自分で店を出すというのも論外
店の経営、スタッフの管理など 出来る気がしない
そんなものは料理への邪魔にしかならない
料理以外の事は、全て他人に丸投げしたい!
しかも、自分には逆らわず、適度に優秀で、ここぞでアドバイスもくれる
そんな完璧とは言わないが、限りなく近い、都合の良い存在が!!
自分は悩んでいた
『ウチのメイド喫茶で働きませんか!?』
突然現れたのは、私の姉の紹介で来た女性
どうやらメイド喫茶なるモノを経営しているらしい
若いのに、大したものだ
私の方が若いが
まあ、メイド喫茶というモノ自体は知っている
深く知っている訳ではないが、そこが一流シェフどころか 普通のシェフさえ必要としないところなのはわかっていた。
バイトが適当に作った料理に、バイトのメイドが本気の魔法をかけ
客は味など 二の次 三の次 萌え萌えして帰る
そういうオタク文化が産み出したアトラクション
『どうか、助けてください…もう店が潰れそうで…うっ』
泣き出してしまった
前述したとおり、私は一流料理人の自負はあるが、メンタルは並の十代後半男性である。
姉の紹介、菓子折り、年上女性の涙
こんなモノを揃えられて
『帰ってくれ』
と、言える程の職人気質は持ち合わせていなかった
しかし、持つべきであったのだ…
『お話だけでもお聞きします…』
翌日、私は件のメイド喫茶に行く事になってしまった
これが私のメイド喫茶初体験であり、闇体験でもあった。