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【コミック②巻発売記念】番外編.続・あたたかくてふかふかの

 領地の視察を終え、久々のサン=シュトランド城に戻ったアランを、笑顔のマデレーネが出迎えた。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 こうして出迎えの挨拶をするのももう慣れたものだ。

 その慣れに関係の変化を感じて嬉しくなってしまう新婚っぷりはまだまだ抜けないが。

 

「これを」

「まあ、ありがとう」

 

 アランが渡したのは、昨日立ちよった町で買い求めた花束だ。蕾の状態で収穫した花の切り口を湿らせた布でくるみ、生き生きとした状態を保っている。

 青い小さな花びらの連なるそれは町の特産で、マデレーネがよろこぶだろうと思ってのことだった。

 

 主人の進歩に、同行したスウェイもうんうんと頷いている。

 

「留守のあいだに、変わったことは?」

「一つだけ、報告があります」

 

 マデレーネが視線を泳がせる。

 いつにない態度に、アランは首をかしげた。

 

 女主人どころか領主としても手腕を誇るマデレーネに、配下の者たちも育ってきている。

 出立の前に経営方針について打ち合わせはすませておいたから何も心配はしていなかったが、なんにでも予定外のことは起こりうるものだ。

 

 マデレーネに向きあい、どういった話だろうかと言葉を待つ。

 

 そんなアランの足を、なにかが踏みつけた。

 

「あっ、ああっ! まだ出て行っちゃいけねえ!」

 

 焦った顔のユーリアがついたての向こうから飛びだしてくる。

 

「?」

 

 視線をおろせば、一匹の子羊が、アランの足元をぐるぐると駆けまわっていた。

 その毛は真っ黒で、普通の羊とは違っている。

 

 甘えるようにアランの足に頭や体をこすりつけて走る子羊は、小さな前足と後ろ足で何度もアランの足を踏んでいく。

 

「これは……?」

「メエ」

 

 黒い子羊は足を止め、怪訝な表情のアランを見上げた。

 アランと子羊が見つめあう。

 

「メエエ」

「……」

「ンメエエ」

 

 四本の足をふんばってなにごとか訴えかけるような子羊を、マデレーネが背後から抱きあげた。

 頭を撫でられて子羊は満足そうに唸り声をあげている。

 

「抱いてくれと言っているのよ」

「まさか」

「とても甘えん坊な子なの。実は、アランが出立してすぐに、城で飼っている羊たちの出産が続いて」

 

 羊は秋に子を宿し、冬を越えて春に出産する。アランが視察に出る前にも、何匹かの子羊が生まれていた。

 視察先の村でも同様の光景が見られた。植物が芽吹き、新しい命が生まれる、春の光景だ。

 

「その中で一匹だけ、黒い子羊が生まれたの」

 

 手を背中のほうにもすべらせ、ふわふわの黒い毛を撫でながら、マデレーネは目を細めた。

 

「『羊の飼い方』にあったわ。ある種では、三千に一匹。ほかの種では、五千に一匹。どういった運命のいたずらか、黒い羊が生まれることがある」

「それが、この?」

「ええ。でも、ほかの羊たちはなかなか受け入れられなくてね」

 

 身体の色で目立つせいなのか、乳を飲んでいても押しのけられたり、寝床を奪われたりと、きょうだいたちからの意地悪が続いた。

 どうにかしてやろうと何度も様子を見にいっていたら、黒い子羊は人間のほうにすっかりなつき、マデレーネが城へ戻ろうとするとさっきのように鳴き声をあげるようになった。

 

「なんだか可哀想になってしまって……こうして、城へ」

 

 ため息をつくマデレーネによると、子羊はマデレーネのあとをついてまわりたがり、しかも意外に聞き分けがよく、物を壊したりもしないし、糞をする場所もきちんとわきまえているそうだ。

 手がかかれば羊小屋に戻すしかないとなるのだが、手がかからず、決定的な理由がないために悩みながらも城へ置いてしまっている、という状況なのだった。

 

「成長するまで、しばらくいっしょでもいいかしら。大きくなれば、ほかの子たちも仲間だとわかると思うの」

「もちろんかまわないが……」

 

 アランはあらためて、マデレーネの腕の中でぴるぴると尻尾を震わせている子羊を見た。

 

 感傷的になる気はないが、幼くして除け者にされた黒羊に自分を重ねてしまいそうになる。

 マデレーネの腕の中で癒やされているらしいところもいっしょだ。

 

 自分も腕をのばし撫でてやると、子羊は目を閉じ、満足げにアランの手のひらに頭をすりつけた。

 ふんわりとした毛の向こうには体温がある。

 ハラハラと成り行きを見守っているユーリアも、すっかりこの子羊の虜らしい。

 

「かわいいな」

「ええ、そうでしょう」

 

 ほほえむマデレーネを見つめ、アランもやわらかな笑みを浮かべた。

 

(俺に否はないな)

 

 この黒羊が自分と同じなら。

 マデレーネのもとで暮らし、たっぷりと愛情を受けて育てば、いずれは仲間と向き合えるだろう。

 

「……ただし」

「はい?」

「寝室には入れないでくれ」

 

 真面目な顔で言うアランに、マデレーネは目を丸くしたが、赤くなった顔でちゃんと頷いてくれた。

羊ネタが好きすぎて、「もうちょっとマデレーネと羊を絡ませたかったな…」と思うので何度でも書いてしまいます。

マデレーネにはほわほわした幸せに笑っていてほしい気持ちもあり、日常ネタを書いてみました。


さて、私をそんな気持ちにさせている『売られた王女なのに新婚生活が幸せです』コミカライズ第2巻が!!

明日9月10日(火)に発売です!!

電子は一足早く、配信開始されております。

紙コミックも早売りの書店さんでは置いてあるところもあるようなので、ぜひチェックしてください☆


マデレーネとアランの過去(こちらWEB版と書籍版で異なり、コミカライズは書籍版の展開です)で胸をギュッ!!!!とされ、披露目の晩餐会、からのようやく訪れた理解やアランとマデレーネの新婚エピソードなどなど心揺さぶられる第2巻となっております!

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