【コミック①巻発売記念】番外編.種蒔祭と約束
道に沿って立てられた柱に、色とりどりの花やリボンが飾りつけられている。道の先、広場には陽気な音楽が流れ、屋台も出ているようだ。
アランの手をとりマデレーネが視線を巡らせると、周囲からも視線が返った。
「領主様!」
「奥方様!」
弾んだ声といっしょに人が集まってくる。
今日は、種蒔祭。
春の初めに一年の豊作を祈る、仕事始めのお祭だ。もちろん秋には収穫祭もある。
嫁いでから波乱の一年をすごしたマデレーネには、ノシュタット領での暮らしをゆっくりと味わう暇がなかった。だから今年こそは、とあらかじめアランに頼んであったのだ。
「去年は旦那様、一人でこっそりのご参加でしたからね……」
「人聞きの悪いことを言うな。領主の挨拶のために出席しただけだ」
マデレーネから逃げまわっていた結婚当初をやんわりとベルタに咎められ、アランが頬を染める。ユーリアはどちらの味方というわけでもなく、ただうんうんと頷いている。
そして当のマデレーネはといえば、過去のことを恨むわけもなく。
「アラン! 見て! 野菜の種や苗もたくさんあるわ!」
駆けだしそうな勢いでアランを振り向き、とびきりの笑顔を見せた。
「ああ、屋台には食事もある」
アランは頷き、マデレーネにあわせて足を速めた。
言葉どおり、広場を取り囲むように並んだ屋台にはスープもあれば干し肉を焼いたもの、果物の発酵酒、それを使ったパンなどもある。
冬の保存食として残しておいた食糧を、春の賑わいにと調理して提供する。これからに備えて力をつける意味もあるのだろう。
広場の反対側では、種や苗が売りだされ、一角には鶏や雛もいた。
そうした光景を、マデレーネは目を輝かせて眺めている。
農業や酪農に関して研究を進めているサン=シュトランド城には商会が入っているため、遠方からめずらしい種や動物がもたらされることも多いのだが、こうした場所はまた別であるようだ。
さっそくマデレーネは苗を選び、ユーリアに渡す。
「ふふ、この苗はわたくしの菜園に植えましょう。葉っぱが生き生きとして元気いっぱいね」
「おらもお手伝いしますだ!」
「領主の挨拶までは時間がある。俺はスープとリンゴ酒をとってくるとしよう」
ほかの使用人たちも祭りに訪れているはずだ。全員が城を抜けるわけにはいかず、誰が休暇をとるかで揉めていたから。
(こんなに楽しいお祭りだもの、みんな行きたいはずよね)
一応は時間を区切ることで解決したが、屋台に品物が残っている昼のうちに行くほうがいいと言う者も、一番盛り上がるのはかがり火を焚く夜なのだと主張する者もいて、マデレーネも楽しみにしていたのだ。
にこにこと祭りの空気をよろこぶマデレーネを、戻ってきたアランは目を細めて見つめた。
マデレーネは本心から祭りを楽しんでいる。それは彼女自身がノシュタット領を愛し、親しみを感じているからだ。
自分の知らないノシュタット領のことをもっと知りたいのだと、マデレーネの表情は語っている。
領主夫妻に遠慮して遠巻きに眺めている領民たちにも、マデレーネの気持ちは伝わっているだろう。
あいかわらず、「あの美しいお方が、女神様……!」とマデレーネが照れくさくなるような賛辞を送っている。
一陣の風が吹き、マデレーネの金髪を揺らした。春先とはいえ、北部領に吹く風は冷たい。
「まだ少し冷えるだろう。スープを」
あたたかな器を手渡すと、マデレーネは頬を染めた。
「いい香り」
「夏には夏至の祭りもある。秋には収穫祭、冬には星夜祭も」
アランが語るたびにマデレーネは「楽しみね」と相好を崩す。
「まだ見ていない村も町もたくさんあるわ。こういった催しも。わたくし、これまでは本や文書に書かれたものばかりだったから……自分の目で確かめたいの」
「――俺も」
ふと、アランの口元にほほえみがよぎる。
めずらしい光景に領民たちがどよめくのだが、互いを見つめあっている二人には届かない。主人と領民たちとのあいだの位置で、ベルタとユーリアが頷きあっているだけ。
「あなたに見せたい光景がたくさんある、マデレーネ」
アランが守り抜いてきた領地を。生活を。
それらを見て、一緒に生きていきたいとマデレーネが言ってくれるから。
幸せそうに寄り添う二人に、領民たちは例年以上に、春の訪れを感じたのだった。
明日2/24(土)にコミック1巻が発売となります!
マデレーネが嫁いでから、ノシュタット家に馴染んでいくまでを漫画にしていただいております。
マデレーネ&アランはもちろん、使用人ズも出ますのでぜひ本屋さんで見かけたらお手にとってみてください~!
双葉社さんの紹介ページはこちら↓
https://www.futabasha.co.jp/book/97845754182790000000?type=1





