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エピローグ.新婚生活が幸せです(中編)

 門を入ったマデレーネは、彼女の知るサン=シュトランド城とは違う光景に出迎えられた。

 

 マデレーネが増築した講堂のほかに、さらに別棟が建ち、若い使用人の数も格段に増えている。

 敷地内は町なかのような活気に満ち、そして誰もがアランとその隣の金髪の貴婦人を認めるなり、顔を輝かせて駆けよってきた。

 

「おかえりなさい、旦那様!」

「こちらの方がマデレーネ奥様ですか?」

「初めまして、奥様!」

「ええ、そうよ」

 

 ぐるりととり囲まれて、めずらしく気圧されながらもマデレーネは笑顔で彼らの問いを肯定した。

 

「聞いたか!? ついに、マデレーネ奥様が帰っていらっしゃった!」

「マデレーネ奥様が!?」

 

 集まってきた者たちは年端もいかない少年少女が多い。そんな彼らが、わあっと歓声があがり、万歳をするように両手を掲げた、そのときだった。

 

「――全員、整列ッ!!」

 

 低い、それでいて有無を言わせぬ声が響き渡り、幼い使用人たちの背すじがぴっとのびる。

 見る間にその場にいた者たちは玄関へと続く道の両脇に整列し、深々と頭をさげた。

 玄関前で彼らに鋭い視線を向けているのは、スウェイだ。

 

「旦那様が戻られたら整列だと、いつも教えているだろう」

「「「も、申し訳ありませんでしたあああっ!!」」」

 

 声を荒らげるでもなくスウェイは静かに告げるのだが、先ほどまでの賑わいが嘘のように声を揃える使用人たちを見れば、この執事が教育係として絶大な畏怖を持たれているのはわかった。

 

「あの、いいのよ、顔をあげて」

 

 マデレーネが言うと、出迎えの使用人たちはまた息をあわせて顔をあげ、直立不動の姿勢をとった。スウェイに叱られて多少緊張していた表情は、マデレーネの姿を見ればゆるんでしまう。

 

「「「おかえりなさいませ、旦那様、奥様!」」」

 

 そう出迎えの挨拶をしたあとは、嬉しそうに互いを肘でつつきあった。

 

「あの方が、ノシュタットの女神様と呼ばれる……」

「なんて美しいお姿なの。素敵ね」

「さすがは女神様!」

「それに話に聞いていたとおりおやさしい。さっそく村への手紙に書かなくちゃ」

 

 こそこそと交わされる囁きに、マデレーネは頬を染めた。

 

(め、女神……?)

 

 困惑の表情のマデレーネに、アランは苦笑を浮かべた。

 途端に「旦那様がほほえんでる……!」「旦那様の笑顔を初めて見た!」とざわめきが起こり、「私語厳禁!」とスウェイの叱責が飛ぶ。

 

「この三か月、城で働きたいという志望者が増えてな」

 

 それは、マデレーネの政策がさらなる実を結んだ証でもある。

 王都に行く前のマデレーネは、城の使用人たちだけでなく町や村にも教育を拡充しようと計画していた。

 王都からも、家庭教師アウロラにカリキュラムを増やすよう指示を出した。

 それらの施策はスウェイによって滞りなく実行され、教師候補として集められた者は教育を受け、それぞれの故郷にまた戻っていった。

 

 教師たちは各自の故郷で、城での暮らしや、気高い領主様に優秀な執事、そんな彼らが敬愛してやまない〝奥様〟のことを語った。

 結果、城への奉公志望者が殺到し、サン=シュトランド城はかつてない人口密度となったのであった。

 

 城の内部にも、以前の倍近いメイドがいる。

 それだけでなく、窓から庭を覗けば、マデレーネの残していった菜園にも人がいるし、背後の裏山は一部を切り拓いて柵をめぐらせ、牛や羊が放牧されていた。

 

「マデレーネの言うとおり、カリキュラムには幅を持たせ、農業や林業、商工業の初歩にも触れられるようにした。彼らは村に戻り生産力を高めたり、町に留まって経済を発展させたりしてくれるだろう」

 

 城内で作物や家畜を育てることは、いざというときの蓄えにもなる。

 

「よかったわ」

「あとは、他領がどれだけがんばってくれるかだな……」

 

 この成果はノシュタット領だけのものとはならない。

 なぜなら、マデレーネが王都に留まりカイルを補佐してとりくんだのは、この施策を国内全体に広めるための事前準備だからだ。

 

 一年早く政策を動かしていたノシュタット領を手本として、様々な領主たちがマデレーネの助力のもと同じ計画を立ちあげた。

 フォルシウス公爵家から戻った王家直轄領もそうだ。

 窓を開き、ノシュタット領の風景の中へマデレーネは手をさしのべる。

 

(国がゆたかになるためには、そこに住む人々がゆたかにならなければ)

 

 母エリンディラの遺した願いにようやく手が届きそうな気がして、マデレーネはほほえんだ。

 

 

***

 

 

 王都から届いた手紙を持ち、書斎を訪れたユーリアは、空っぽの執務机に首をかしげかけ、すぐに奥のソファへ目をやった。

 予想どおり、そこにはアランとマデレーネが座っている。執務机ではひとりしか座れないから、多少仕事がしにくくともぴったりくっついているためにはソファのほうが都合がいいのだ。

 

(書斎も模様替えをせねばならねえすな)

 

 がらりと変わったサン=シュトランド城にユーリアはまだ慣れないでいる。一番仰天したのは、スウェイが侍女見習いを採用していたことだ。部下を得たユーリアは正真正銘の侍女頭になってしまったのである。

 ベルタも、増えに増えたメイド見習いに文句を言っているが、言葉とは裏腹に笑顔は輝いていた。

 

「あら、ユーリア。手紙を持ってきてくれたのね」

 

 マデレーネはユーリアを見上げてにこりと笑った。ユーリアもお辞儀をして、アランとマデレーネへ盆にのせた書状をうやうやしくさしだした。

 一年前のふたりなら、ユーリアが入ってきた途端に飛びあがって離れていただろう。でも今ではこうして当たり前のように寄り添っている。

 

 手紙はカトリーナからで、直轄領のひとつについたという報せだった。

 王太子の座を退いたイエルハルトは、カトリーナとともに直轄領の視察にまわっている。カイルの臣下として働く意思を見せると同時に、書類の上でしか見てこなかった直轄領を実際に確かめたいという思いもあるのだろう。

 エリンディラも、領地に足を運ぶことが大切だと考える人だった。

 イエルハルトとエリンディラは、案外似ているのかもしれない――本人は否定するだろうけれども。

 

 手紙の最後には、カトリーナからの感謝の言葉が綴られていた。それからイエルハルトの筆跡で、〝すまなかった、ありがとう。またいずれ〟と簡潔すぎる一文が。

 

 読み終わり、マデレーネは目を閉じた。

 カトリーナが記してくれたところによれば、以前の饒舌さとはうってかわって、イエルハルトは口数少なくすごしているそうだ。でも、自分のことについては口下手な異母兄も、いずれ想いを伝えてくれるようになるだろう。

 ノシュタットでは刈入れが終わり、領民たちは冬ごもりに向けて準備を始めている。温かなスープがおいしい季節だ。

 

 イエルハルトとカトリーナは、いったいどんな景色を見るだろうか。

 

「マデレーネ」

 

 そっと呼ばれた名にマデレーネは目を開けた。アランの手がのびて、マデレーネの頬をやさしく撫でる。

 

「デートをしないか。うちの領地にも、王都に負けない品が並ぶようになった」

「ええ、よろこんで」


 さしだされたアランの手をとり、マデレーネは笑った。

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[良い点] 平和で仲良しでほっこりしやすー
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