完.あなたに生涯の愛を
アリナス宝飾店を訪れたアランとマデレーネは、店の入り口で手を握りあいながら、おずおずとしたほほえみを浮かべていた。
デートだからとおめかしをしたマデレーネは、アランの手をとり、馬車を降りた。
そして店に入ろうとしたところで、店じゅうから駆けつけてきた従業員たちに、最敬礼の挨拶を受けたのである。
「先日は、王女殿下とは知らず、大変失礼をいたしました」
想定外の歓迎に戸惑うふたりに、深々と頭をさげた支配人が告げる。
王都でマデレーネの降嫁は知られていなかった。それが、今回の政変とも呼べる騒動で、ダグマル商会に近しい商人たち、ついで彼らと取引のある組合や工房へと伝わったらしい。
「いいえ、むしろこんなふうに出迎えていただくほうが恐縮ですわ」
マデレーネは困った顔をしたが、それでも支配人はつき従い、先日よりもさらに豪華な部屋へと案内した。マデレーネたちと同時刻に、カトリーナが通されていた部屋だ。
「本来、王族の方々はこちらにお通しすべきでした」
(一般人と貴族だけでなく、貴族と王族まで部屋をわけているのか)
さすがは王都の宝飾店だとアランは妙な感心をしてしまう。
だが、なにげなく開いた扉の向こうを見た瞬間、アランは硬直した。マデレーネもさすがに目をぱちくりとさせている。
室内には、マデレーネの父――つまりは国王ゲラルトが、血色の戻った顔に穏やかな笑みを浮かべ、カイルに付き添われて座っていた。
カイルだけではない、その隣にはハーシェルも、にこにことよろこびいっぱいのレイラも、緊張に魂を飛ばしかけているトビアンもいた。
少し離れたところには、リルケ夫妻もいるし、その背後、従業員にこっそりとまぎれてスウェイやユーリア、リュフ、ヨハンもいる。
「皆様……どうして……?」
「さあ、近くへ」
ゲラルトに呼ばれてアランとマデレーネは進みでた。
「これは、カトリーナからの贈りものだ」
ゲラルトの言葉に、カイルが手に持っていたものをさしだした。純白のレースで縁どりのされたそれは、花嫁の髪を飾るためのベールだ。
騙されて奪われたとはいえ、手放してしまった直轄領を密輸に使われていた事実は重い。
その責任をとる形で、イエルハルトは王太子の座をカイルに譲った。そうでなくとも、イエルハルトは長らくマデレーネに冷たい態度をとってきた。
この場に姿を見せないのは、彼らなりの配慮なのだろう。
カイルから受けとったベールをマデレーネにかぶせてやりながら、ゲラルトは視線を伏せてほほえんだ。
「披露目は延期になってしまったが、婚礼の式は挙げてもいいだろうと思ってね」
「ありがとうございます。格段のお心遣い、感謝いたします」
礼をするアランに、ゲラルトも頷く。
「君の忠実な執事がよくがんばってくれたよ」
「お褒めにあずかり光栄です。執事スウェイに代わりましてお礼を申しあげます」
アランは再度礼をする。
ユーリアは目を剥いて隣のスウェイを見た。国王からお褒めの言葉をいただいたのだ。
指輪を受けとりにいく際の付き添いを代わったはずが、主だった使用人たちが呼ばれて不思議に思っていたら、こんな壮大なサプライズを準備していたとは。
(スウェイさん、もうおらの手の届かねえところに行っちまったですだ……)
そのスウェイはといえば、アランとマデレーネの様子を熱心に見つめている。
手をとりあったまま、ふたりはテーブルの前に歩んだ。
「国王の名において、ここにノシュタット子爵アランと、王女マデレーネの婚姻を認める――ふたりとも、おめでとう。前途洋々たる君たちに、祝福が訪れますように」
室内は歓声と拍手に包まれた。照れくさそうに見つめあうアランとマデレーネの前に、支配人が小箱を捧げもってきた。
ベロアの敷かれた小箱には、ふたつの指輪が収められている。
花をモチーフにしたマデレーネの指輪と、葉をモチーフにしたアランの指輪。
どちらも繊細な彫金がされており、花びらの先と、葉の先に、カットしたルビーが嵌め込まれている。
「マデレーネ、きれい!」
「しー! レイラ、静かに!」
目を輝かせるレイラの口を、トビアンが慌ててふさぐ。
そんなふたりに少しだけ緊張を解きほぐされて、アランは小さく笑った。
マデレーネの左手をとると、薬指を指輪に通す。
金と真紅の煌めきをもつ指輪は、マデレーネの金髪と染まった頬によく似合った。
マデレーネもまた指輪をとり、アランの薬指にゆっくりと嵌める。
「……マデレーネ」
「なあに、アラン」
厳粛な空気に思わず声をひそめて名を呼ぶと、マデレーネは笑いながら身を寄せる。
アランの鳶色の瞳に映る自分は、とても幸せそうに笑っているマデレーネは思った。
「遅くなってすまなかった。……あなたに生涯の愛を誓う」
「わたくしも。アラン、あなたに生涯の愛を」
応えるマデレーネの腰を抱き、アランはそっと口づけた。
数日後には、アランはノシュタット領へ戻る。自分で決めたことながら後ろ髪を引かれる思いで、アランはマデレーネを抱きしめた。
「――この続きは、ノシュタット領で」
耳元で囁くと、マデレーネも頬を染めて頷いた。
王都編、これで区切りです…!
あらためて、時間がかかってしまいましたがここまでお付き合いいただきありがとうございました(T▽T)
あと数話エピローグがありますので、よろしくお願いします!





