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8.これも贅沢のうち

 うらうらと照る朝日にまぶたをくすぐられ、マデレーネは目を覚ました。起きあがり、枕元に置かれたベルを鳴らすと、すぐさま自室の扉が開く。

 両頬を林檎のように紅潮させたユーリアが、淡いブルーのドレスを両手にかかえて入ってきた。数日前に注文したものだ。

 

「おはようごぜえますだ、マデレーネ奥様! 届きましただよ、新しいドレスが! それに……!!」

 

 大興奮のユーリアの様子にマデレーネはくすくすと笑い声を漏らした。

 

(このぶんでは、ドレスといっしょに頼んでいたものも届いたようね)

 

 マデレーネの予想は当たっていた。

 使用人たちが我も我もと礼を言っては奥様が困るだろうから控えよという命令なのだが、侍女としてもっとも早くマデレーネに会うユーリアだけは特別に許されたのだ。

 しかし、新しいドレスの着付けにてんやわんやになりながらのユーリアの話は要領を得ない。

 

「奥様っ、奥様、ありがとうごぜえましたっ、あのっ、おらっ、あっ、おそではこちらでがす! おらとってもうれしくって! あの、リボンを通さしてくだせえ……! 蜂蜜の甘い匂いがなんともうまそうで……もちろん食べちゃおりませんですよ!? 髪はどうなせえますか、おろしておいたほうが映えますかしら……」

「みんながユーリアのようによろこんでくれるといいのだけれど」

 

 ユーリアがハッと気づいたときにはマデレーネはドレスを着終わり、装いも整えて、部屋のドアを開けようとしているところだった。

 

「わっ、おらが開けますううううう!!!」

 

 あわてて前に飛び出したユーリアがドアに突進する。勢いよく開くドア。

 

「なんだ!?」

「ユーリア! お前……!!」

 

 こけつまろびつしながら廊下へと出たユーリアをとり囲むのは、城の使用人たち。料理人、庭師、メイドから雑用係までそろっている。

 その全員が手に同じ淡い桃色の包みを持っていた。

 

 ユーリアほどではないがそわそわとしすぎる使用人たちの空気に、ため息をつきつつも前に進み出たのは、執事であるスウェイとメイド長であるベルタ。

 

「マデレーネ奥様。昨夜、ドレスとともに、奥様がわたしどものために頼んでくださったものが届きました」

「使用人を代表して御礼おんれいを申し上げます」

 

「「「「ありがとうございまぁす!!」」」」

 

 深々とお辞儀をする二人の背後で、使用人たちも声をそろえて頭を下げた。

 ユーリア同様、彼らの表情はきらきらと輝いている。

 

 彼らが手に持つ『マデレーネ奥様からのプレゼント包み』の中身は二つ。

 ハンドクリームと、手袋だ。

 

 ベルタに叱られたとき――こんなきれいな手をして、と彼女は言った。

 いまでこそマデレーネの手は美しい。でもそれは成長したカイルがかばってくれるようになったからだった。

 常春の国とはいえ、冬の季節は肌を切り裂くような冷たい風が吹くときもある。野外で水仕事をしていたらなおさらだ。マデレーネはそれを思いだした。

 

 ベルタの言葉はやっかみから出たのかもしれない。あまりよくはない言い方だった。

 それでも、マデレーネにヒントを与えてくれた。

 

「使っていただければ嬉しいわ」

「「「「はいっ!!」」」」

 

 威勢よく仕事場へと戻っていく使用人たちを見送りながら、マデレーネはほほえんだ。

 

「ベルタさんも、もっとちゃんとお礼を言えばいいのに……」

 

 皆が去った廊下で、ユーリアが不満げな声をあげる。マデレーネとユーリアしかいないからこその本音だ。

 おだやかな笑みを浮かべたまま、マデレーネは昔を思い出した。

 

「部屋に持ち帰ったでしょう。きっと使ってくれるわ。要らないと言って捨てるわけじゃないのだからいいの」

「マデレーネ奥様、ときどき言うことが過激ですだね……」

「そうかしら?」

 

 イエルハルトなら、気に入らなければ容赦なく捨てた。そして大抵のものは彼の気に入らなかった。

 新しいものを次から次へと宮殿へ運び入れては、また売り払う。たしかに彼は贅沢だった。イエルハルトがマデレーネに求めたのは、そういった贅沢の仕方だろう。

 

(でも、わたくしのものではなく、ほかの誰かのものを買うのも、十分に贅沢ですわ)

 

 マデレーネがスウェイに依頼したものはこれだけではない。

 話を聞いたとき、スウェイは困惑の表情を浮かべていたけれども、マデレーネの本気を察してからはてきぱきと動いてくれた。

 

(考えてみればわたくしが輿入れしたことによって、必要となるものはたくさんあるのですし。イエルハルト様の目にそれが贅沢と映ればよいだけ)

 

 父王が臥せる前にどんな暮らしをしていたかは、もうあまり思い出せない。

 思い出したいのはそこではなかった。思い出したいのは、父や母の笑顔。両親とどんな遊びをして、どうやって時間をすごしたか。

 

 今、隙間風の吹かない部屋に、やわらかなベッド、自分を慕ってくれる侍女に、無視したりしない執事とメイド長。

 

 暮らしは十分に贅沢だ、とマデレーネは思った。

 

「わたくしはわたくしにできることをいたしましょう。いずれ、旦那様にも認めていただけるように」

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