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38.北部からの訪問者

 すでに日が沈んだころになって、ノシュタット邸の門を叩く者があった。飛びだしていった門番は訪問者の顔を見て首をかしげた。出入りの商人でも最近よく来る子どもたちでもない見知らぬ顔ばかりのうえに、皆どこか疲れた感じがする。

 ただ、彼らの背後の馬車には紋章が掲げられていて、貴族が乗っていることは一目でわかった。

 

 いまこの屋敷には主人夫妻はいない。奥様は王宮へ行き、第二王子殿下が訪ねてきたと思ったら主人まで王宮へ行って帰ってこない。

 

「お名前を頂戴できますでしょうか」

 

 若い、執事らしき身なりの青年に門番は声をかけた。

 

「リルケ子爵夫妻だ。私はノシュタット領の家政を預かる執事スウェイ・レーヴ」

「え、ええ???」

「こちらの管理人はロブ・ジャン殿と聞いている。取り次いでいただきたい」

 

 若さに似合わぬ冷徹な声で告げられて、門番は言われるがままに屋敷へ走っていった。

 すぐに門番は駆け戻ってきて、慌てて門を開ける。屋敷の玄関も開かれ、使用人たちは勢ぞろいして客を迎えた。

 馬車から降りてきたリルケ夫妻に手を貸し、スウェイは彼らの背後に控えた。

 

「失礼いたしました。ただいま主人アランは王宮へ参上しておりまして、戻りはわかりません。今晩はこの屋敷にお泊まりください」

 

 ロブが頭をさげるのに、リルケ子爵も夫人ヴェロニカも頷いた。

 

「手紙を出したのだけれども、遅かったみたいね。慌てさせてごめんなさいね」

「王宮に行かれたのではと思ってはいたのだ。明日、我々も王宮で殿下へのお目通りを願うことにしよう」

「はい。使いの者を行かせましょう」

 

 ふとヴェロニカは使用人たちの中に見知った顔を見つけた。

 初めてサン=シュトランド城を訪れた日に、泣きながら自分を叱咤したマデレーネの侍女。その後も何度か城を訪れたが、いつも緊張したような顔をしてマデレーネのそばにいた。

 

「あなた、たしかユーリアと言ったわね」

「は、はいいいいいっ!?」

 

 久々のスウェイに見惚れていたところを名指しされたユーリアは、素っ頓狂な声をあげてしまってからハッと気づいて表情を引きしめた。

 

「マデレーネ様がいらっしゃらないのなら、わたくしについてくださる?」

「はい、承知いたしました」

「言葉はいつもどおりでいいのよ」

 

 くすくすと笑い声を立てられてユーリアは顔を赤くする。

 当然ながら、奥様の友人、という位置づけであるヴェロニカと会話をしたことなど、ユーリアにはない。使用人たちが退き、ロブとスウェイがリルケ夫妻を案内するのに付き従いながら、ユーリアの心臓はばくばくと音を立てていた。

 

(やっぱり、おら、マデレーネ奥様に甘えすぎとったですだ……! ここで失敗しっぺえしたら、マデレーネ奥様の御評判にまで傷がついちまう)

 

 もちろんヴェロニカがそんなことを言いふらすわけもないのだが、客観的に見ればユーリアが地位に相応しい礼儀を身につけていないというのは事実なのである。

 リルケ夫妻には来客用の寝室の一つが割り当てられた。

 さすがに今のユーリアにはロブとともにてきぱきと部屋を調えるスウェイに見惚れる心の余裕はない。ともに調度の確認をし、部屋を把握しなければならない。なぜならヴェロニカに指名された時点で、夫妻をもてなすのはユーリアの役目になったからである。

 

「では、わたくしどもはこれで」

 

 頭をさげて出ていくロブとスウェイを見送って、ヴェロニカはユーリアに向きあった。

 

「マデレーネ様は、供を連れていかなかったのね」

「は、はい。……マデレーネ奥様は、きっと、自分の力で何とかせねばと思われたんで」

「あの方らしいですわね」

 

 ヴェロニカは目を細めた。

 

(それに、王家の方々は皆様そうなのでしょうね)

 

 振り返ってみれば、エリンディラ妃は一途な人だった。マデレーネは母譲りの優秀さに穏和な空気をまとい、貴族たちの心を開かせたけれども、誰かを頼ることはなかったのだとヴェロニカは気づいたのだ。

 ヴェロニカに対してマデレーネが望んだのは、友人としての付き合いと、料理人たちの相談にのってやってほしいということだけ。

 そのことに気づいたから、ヴェロニカは夫を説き伏せて時期外れの王都にやってきた。

 夫から聞いた王子たちの現状も、兄弟で手をとりあっているとは言い難いようだ。

 

「あのう、どうしてリルケ子爵様とスウェイさんがいっしょに……?」

「王都へ行くと決めたときに、サン=シュトランド城に立ち寄ったの」

 

 立ち寄ったといっても、リルケ領から見てノシュタット領は王都と真逆にある。わざわざ迂回して訪れなければそうはならない。

 ノシュタット夫妻が不在となった城を案じてくれたのだろうとわかる。

 

「そうしたらね、あの子が〝俺を連れていってください〟って」

 

 あまりにも真剣な顔で言うから、その要求を受け入れてしまったのだとヴェロニカはため息をついた。

 

「まあ、その分の成果はあったわけだけれども……そうそう、サン=シュトランド城のことは心配ないそうよ。北部が一体となったことで交易は安定しているし、マデレーネ様の教育の成果が出ているって」

 

 ユーリアはほっと息をついた。スウェイが城を離れても問題ないと判断したのなら、きっとそうなのだろう。

 

「執事心得の書を作りあげたらしいのね」

「しつじこころえ……?」

「こんなことが起きた場合にはこうしろ、というガイドブックよ」

「ほおお」

「それがこんなに分厚くてね」

 

 ヴェロニカが指先で示したのは五センチほどもあるだろうか。

 

(後継者を育てるって言ってたんは、本気だったんですだ……!)

 

 スウェイの〝将来の夢〟を思いだし、ユーリアは目を剥いた。

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