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31.対峙

 翌朝、カトリーナが王宮を去ったのと入れ違いに、カイルが戻ってきた。

 第二王子の到着を知らせる侍従もおらず、物音に慌てて出迎えにきたマデレーネは、カイルの背後に立つアランを見て目を丸くした。

 

「カイルお兄様……アラン様も……?」

 

 久しぶりに会う兄よりも数日ぶりの夫に目がいってしまう妹に、少し寂しい気持ちになるものの、やはり連れてきてよかったとカイルは頷いた。

 

「ああ、昨夜はノシュタット家に泊めてもらったんだ」

「それはそれは」

 

 兄と夫が仲よくなったのならよろこばしいことだ。だが、晩餐会の準備もままならない状況で王子を宿泊させたというのは、使用人たちも大変な思いをしただろう。

 

「マデレーネの侍女だとユーリアを紹介したら、ほとんどしゃべらなくなってしまった」

 

 マデレーネの考えを読みとったのか、アランがぼそりと呟いた。カイルもくすくすと笑っている。緊張のあまり硬直するユーリアの顔が想像できて、マデレーネも頬をゆるめた。

 訛りを出さないようにと必死だったのだろう。

 

「いい子だというのは伝わったよ」

「ええ、とってもやさしい子です」

「ぼくは先に行くよ。マデレーネとアラン殿はゆっくりくるといい」

 

 カイルがにこりと笑う。

 けれどもマデレーネは首を振り、カイルのあとに続いた。

 

「いいえ、ともにまいりましょう。きっとカイルお兄様は驚かれるでしょうから」

「……どういうことだ?」

 

 カイルは首をかしげたが、ほどなくして、彼も違和感に気づく。

 正面玄関ではマデレーネが出迎えた。ようやく会えた妹に気持ちは明るくなったが、マデレーネ以外の者は今だに出迎えにやってこないのだ。

 侍従どころか、馬丁や荷運びのための使用人までいない。

 

「何かあったのか」


 険しい顔になったカイルに、アランもまた表情を引きしめた。

 

 

 ***

 

 

 馬車を急がせフォルシウス公爵邸に戻ったカトリーナは、朝だというのに屋敷に多くの貴族たちが訪れているのを見た。

 

「皆様……? どうされたのですか」

「どうしたも何も、宰相様がここにおられるのですから」

「ええ、政務はここで執り行うのが面倒がなくてよいでしょう」

 

 にこにこと答える貴族たちに、カトリーナは息を呑む。

 

 王宮に誰もいないのは、侍従たちの体制が整っていないからなのだと思っていた。迎えることができないのだと。

 だが、逆だったのだ。

 

 本来イエルハルトの前に跪き、ともに政務を執り行うはずの彼らは、王宮ではなく公爵家に出仕していたのだ。

 

(それがわかっていたから――イエルハルト様は、王宮の人々を解雇した……?)

 

 背すじに薄ら寒いものを感じて、カトリーナは自分を抱きしめるように腕をまわした。

 以前カトリーナを邪険に扱った令嬢の父ですら、この場でカトリーナに笑顔を向けている。

 イエルハルトとカトリーナが婚約を発表し、フォルシウス公爵家の立場が盤石なものになったから。

 

 貴族たちの中心で報告を聞く父ナグス・フォルシウス公爵の前に出ると、カトリーナは礼をした。公爵令嬢として恥ずかしくないふるまいは、幼いころから家庭教師に躾けられたもの。

 

(わたくしは、お父様の政略の道具だった)

 

 わかっていて、幸せならそれでいいと思っていた。裕福な暮らしに、王太子という婚約者。恵まれていることはたしかだ。それ以上の立場を望んで何になるのかと。

 イエルハルトに嫌われていたとしても、貴族の妻ならば当たり前のことだと。

 

(でも、イエルハルト様は、苦しんでいらっしゃる)

 

 マデレーネとともに執務室へ行き、イエルハルトに会って、カトリーナはそのことを理解した。

 イエルハルトの風貌はやつれて、どこか痛々しくさえあった。

 

「お父様、少しよろしいでしょうか」

「ああ、もちろんだとも。皆様、申し訳ないが席を外させていただく」

 

 公爵の言葉に、周囲の貴族たちも笑顔で頷いた。

 

「もちろんですとも。婚約も決まり、色々とお話したいこともあるでしょう」

「こちらはわたくしどもが」

 

 今のカトリーナには、その笑顔が作りものであるとわかってしまっている。

 自分の地位や財産を守るために、権力者に媚びへつらっているのだ。そしてその権力者は、自分が嫁ぐ王家ではなくなりかけている。

 

 カトリーナを伴い、公爵は屋敷の一室へと入った。

 

 ドアが閉まるやいなや、カトリーナは唇を切る。

 

「お父様。どうして王家への援助を打ち切ったのですか」

「戻ってきたかと思えば、そのことか」

 

 笑みを浮かべる公爵に、カトリーナは噛みつくような視線を向けた。

 けれども父に怯んだ様子はない。

 

「援助を打ち切ったわけではないよ。我が家から人を送ろうと思ってね。手違いがあり、王宮に人の少ない期間ができてしまった」

「それは、フォルシウス家が王宮を乗っ取るということですか?」

「まさか。どうしてそんな恐ろしいことを言うんだい」

 

 娘の厳しい糾弾にもフォルシウス公爵はおどけてみせる。

 

「イエルハルト様を犠牲にして今の生活があるのなら、わたくしは――」

「婚約者を退くか? 困るのは殿下のほうだ」

 

 公爵の目がすっと細められた。

 その奥に光る冷酷な色に、カトリーナは思わず口をつぐんだ。

 

「王家も、ノシュタット家も、ダルグレン侯爵家ですら、もはや我がフォルシウス家には及ばない。貴族たちはこちらへついてしまった」

 

 ああ、とカトリーナの唇からため息が漏れる。

 この蜘蛛の巣に、イエルハルトはいつから絡めとられていたのだろう?

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