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24.思わぬ再会

 しんと静まり返った王宮の廊下を、マデレーネはひとり歩く。誰もいない廊下には、衣擦れの音が響いてしまいそうなほどだ。

 

(……変だわ)

 

 マデレーネは足を止めて今来たほうを振り返った。

 ゲラルトの居室には侍従がいた。扉の前には見張りの兵士もいた。だが、王宮の大廊下を渡り自室へ帰ろうというのに、それ以外の従者に会わないのだ。

 

 アランのもとへ嫁ぐ前には、王宮は今よりも華やかだった。

 ノシュタット家で贅沢をしなければならないと考えたマデレーネが思い出したのは、イエルハルトの散財だった。新しいものを買い、飽きたら売り払い、盛大な晩餐会を開いて。

 たくさんの貴族、商人、彼らに応対するための使用人など、王宮には人があふれていた。

 

 それが、今は。

 イエルハルトの命によりマデレーネにつらく当たっていた侍女たちもいない。

 

 ふと、廊下の向こうに人影を認め、マデレーネは足を止めた。

 ドレスからして使用人ではない。王宮の中でも王族のプライベートな区画を訪れているということはマデレーネと同じ、貴賓客のはずだ。

 なのにやはり、彼女をもてなすための侍女はおらず。

 

 近づき、相手の顔をはっきりと認めたとき、マデレーネは思わず名を呼んでしまった。

 

「カトリーナ様……」

「……マデレーネ様」

「ごきげんよう」

 

 すぐに背をのばし礼をすると、カトリーナは悩んだ素振りだったが、礼を返してくれた。

 マデレーネとカトリーナは言葉を交わしたことはないが、先日の晩餐会でマデレーネの立場はわかったはずだ。

 

(根はやさしい方なのだわ)

 

 無意識に口元がゆるんでしまっていたらしい。カトリーナなマデレーネに訝しげな視線を向けた。

 

「なんでしょうか……?」

「あ、いえ。失礼いたしました。カトリーナ様はどちらへ?」

 

 侍女もなしに広い王宮を歩きまわるのは大変だろうと、他意はなく問うた言葉だった。

 

「イエルハルト様のところですか?」

 

 けれど、カトリーナはさっと表情を曇らせた。握られたこぶしは震え、眉根が寄る。

 

「カトリーナ様……?」

「あなたに――」

「はい?」

「あなたに見下される理由はありませんわ……!」

 

 マデレーネは息を呑んだ。カトリーナは目に涙を浮かべながらきつい眼差しでマデレーネを睨みつける。

 ぱっとカトリーナが身を翻した。

 

「お待ちください!」

 

 遠ざかっていくドレスの背に手をのばし、マデレーネは追いかけようとして足を止めた。カトリーナの全身がマデレーネを拒絶していた。無理に追いかければ、溝は決定的なものになってしまう。

 

「イエルハルト様に何かあるのですか!? 王宮のこの様子も……わたくしは、何も知らなかったのです」

 

 カトリーナの様子が変わったのは、イエルハルトの名を出したからだ。少なくとも、それまでの彼女は、挨拶を交わす程度の表面上のやりとりはしようとしていた。

 

「カトリーナ様! わたくしは孔雀の間に滞在しております」

 

 マデレーネの言葉に応えるそぶりはなく、カトリーナは廊下の向こう側に消えた。

 

 まだ緊張に早い鼓動に胸を押さえ、マデレーネは小さなため息をつく。

 

(カトリーナ様がここにいらっしゃるのには理由があるのだわ)

 

 王宮の有様の原因も、彼女は知っているに違いない。

 ただ、彼女の中でも、そういった事柄は誰にも言えない事情として秘められているはずだ。正面から見つめあったのは一瞬だが、そのわずかな時間で彼女は激情をあふれさせ、そしてすぐに隠した。

 

 そのあとを追いかけ、無理に聞きだすのは、カトリーナにとって苦痛だろうとマデレーネは判断したのだった。

 

(わたくしは、わたくしにできることを)

 

 アランのもとに嫁いだとき、自分に言い聞かせた言葉を思い返す。

 あのときに比べれば、できることは増えたと思う。ただ言われるがままに流されていたマデレーネは、自ら道を選ぼうとしている。

 

 その道が間違ってはいないのだと、見せなければならない。



***



 改装工事の進むノシュタット邸では、使用人たちが激しい動揺を見せていた。

 騒がしくしてはいけないというので、大工たちには臨時の手間賃をやって帰らせた。よろこんで町へ繰り出していく彼らの背中を、羨ましい、とリュフやユーリアは眺めた。

 ロブは落ち着いたものだったが、それが表面上のものであることはますます少なくなった口数からわかる。

 物音ひとつさせてはならぬといった様子で、使用人たちは息までひそめて客人を迎え入れた。

 

 石畳を貼り終えたばかりの馬車停めで馬車から降りたのは、カイル・メルヴィ。

 玄関まで出てアランはカイルを迎え入れた。

 

 マデレーネが王宮を訪れたのと入れ替わりに、カイルからノシュタット邸を訪問したいという書状が届いたのは、つい昨夜のこと。

 宛名がマデレーネではなくアランとなっているところからも、マデレーネの留守を見計らっていたのだとわかる。

 

(ならば、いい話ではあるまいな)

 

 マデレーネが聞けば反対することなのだろう。

 

「お初にお目にかかります、王子殿下。ノシュタット家当主アランです。ずいぶんとご挨拶が遅れてしまいました」

「貴殿にはたくさんのお世話をかけた。どうかカイルと親しく呼んでほしい」

「勿体ないお言葉です」

 

 笑顔のカイルにアランも笑顔を返した。カイルはわずかに瞠目する。まさか笑顔を向けられるとは思っていなかったという表情だった。

 アランだって、ただ媚びへつらうために笑みを浮かべているわけではない。

 

「大切なお話とお見受けしました。どうぞこちらへ」

 

 アランが合図すると使用人たちはそれぞれの持ち場へ引きあげていく。総出で出迎えはするが、その後は待機していなくてよい、というのはアランが事前に言っていたことだった。

 アラン自ら応接間ヘ案内すると、すでに飲み物も軽食も調えられている。

 それらも、手をつけられることはないだろう。

 

「単刀直入に申しあげる」

 

 扉を閉めたアランに向き直ると、椅子に腰をおろすこともなく、カイルは言った。

 

「マデレーネと離縁してほしい」

夏ごろには完結させたいな~と思っていたのですが、仕事が立て込んでしまいようやく時間が取れました;;

おまたせしてすみません~!

ここからは完結まで毎日投稿を目指していきます!

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