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23.父王

 人の気配に国王ゲラルトは目を開けた。

 かすんだ視界に美しい金の影が映る。それが愛娘の結った髪だと気づき、ゲラルトはほほえみを口元にのせた。

 

「起こしてしまいましたか」

「いや……近ごろは毎日この時間に目覚めるのだ」

 

 それを知っているからこそマデレーネは目覚めの時間にあわせて見舞いに訪れたのだ。

 

 身体を起こした父の顔に以前よりも血色が戻っていることを知り、マデレーネはほっと安堵の息をついた。

 カイルから、容体は回復傾向にあるとは聞いていた。何日も眠り続けていたときもあったのだから、目覚めのリズムができてきたというのはよろこばしいことだ。

 

「戻ってきたのだな」

「はい。しばらく王宮に滞在させていただこうと思います」

「向こうでは幸せに暮らしているか?」

「はい」

 

 頷くマデレーネにゲラルトは目を細めた。

 簡潔な答えだが、空気が和らいだのがわかる。

 

「イエルハルトを止めることができなくてすまなかったな……」

「いいえ、わたくしにも悪いところがありました」

 

 病床の父に要らぬ心配をかけたくないからと、王宮での仕打ちを言わぬよう、カイルを口止めしていたのはマデレーネだ。

 だが、イエルハルトがなんの相談もなくマデレーネを嫁がせてしまったことで、ゲラルトにも自分が臥せているあいだになにがあったのかは察せられた。

 

「イエルハルト様が苦しんでいらっしゃるとき、わたくしは何もしませんでした」

 

 マデレーネはマデレーネなりに、自分の苦しみを耐えていた。ぼろのようなドレスをまとい、与えられない食事に腹を鳴らし、向けられる蔑みの視線を避けようと部屋に閉じこもっていた。

 けれどそのあいだ、イエルハルトとカイルは、臥したゲラルトに代わって政務をこなしていたのだ。

 

 そのことにマデレーネが思い至ったのは、ノシュタット領で政務に関わるようになったからだった。

 

「それでも、自分のほうがつらいからといって、誰かを傷つけていいことにはならぬ」

「お父様……」

「だが、皆がかわいい子どもたちだ……すまないが、イエルハルトを……いや、それよりもカイルかもしれぬ」

「カイルお兄様?」

 

 眉間に深い皺を刻み、ゲラルトは記憶を呼び起こした。

 マデレーネは幸せそうだと告げにきたあの日、カイルは笑顔だったけれども、思いつめた表情を隠すことができていなかった。

 本当はなにか縋りたいことがあったのだろうと思う。

 

「わしは自分が情けない」

 

 枯れかけた目に涙が滲むのを、マデレーネは見ないふりをした。手を握り、安心させるようにほほえむ。

 

「大丈夫です。今のわたくしなら、なにかお力になれるでしょう。もうお身体に障りますわ。まずはご回復を」

「ああ」

 

 身を横たえたゲラルトは小さく息をつく。

 マデレーネは一礼し、部屋を出ようとした。

 

「マデレーネ」

 

 ふと、その背中に、ゲラルトの声が届く。

 

「結婚おめでとう。アラン殿とお前に祝福が訪れますように。……遅くなってしまった」

 

 その言葉は、夫婦の誓いを立てた貴族に対し、国王からかけられる祝福だった。

 本来ならば、王家に婚姻宣誓書を提出した花婿と花嫁は、王宮へ参上し、国王との謁見で改めて結婚の許可と祝福を受ける。

 アランとマデレーネの婚姻宣誓書は、ゲラルトのもとには届いていなかったに違いない。

 

 マデレーネは振り向いた。頬は紅潮し、目元はゆるんでいる。

 突然の祝いに、照れてはにかむ娘の姿がそこにはあった。

 

「ありがとうございます、お父様」

 

 頷いた国王は目を閉じる。

 扉の閉まる音が響かぬよう気を遣いながら、マデレーネは廊下に出た。

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