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21.王宮へ

 翌朝、朝食の席でマデレーネから告げられたのは、王宮への訪問だった。

 ただし王宮へ足を踏み入れることができるのは、マデレーネひとり。

 

「どういうことですだか!?」

 

 思わず前のめりに尋ねてしまったユーリアが、はっとして身を引く。朝食の席にはアランもいるが、むすっとした表情で腕組みをしているだけだ。

 アランも納得がいっていないのだろう。

 

「イエルハルト様から、顔を見せにくるようにとお手紙をいただきました」

「俺は反対です。せめて俺が同行します」

「お手紙の宛名はわたくしひとりです。アラン様に同行していただくと、アラン様が無作法のそしりを受けてしまいます」

「それはわかっています。それでも――」

 

 マデレーネをひとりで行かせるよりはずっといいと、アランの感情は主張している。

 けれどもそれを口に出すことはできず、アランはまた押し黙ると椅子に背をもたせかけた。

 細かいことはわからないけれど、ユーリアにも徐々に、アランとマデレーネに走る緊張の理由がわかってきたような気がした。

 

「……あなたは俺の妻です。嫌な思いをするかもしれないとわかっていて行かせたくはない」

「はい。けれどわたくしも夫に無作法をさせるわけにはまいりません」

 

 イエルハルトの前では、アランはどんな失態も犯してはならないのだ。だからこそフォルシウス公爵邸での晩餐会でも、アランとマデレーネは波風を立てないように動いた。

 隙を見せればイエルハルトは嬉々としてそこを突く。

 

「ノシュタット子爵夫人として、夫を、領地を、使用人を守らせてください」

「……」

 

 アランはぐしゃぐしゃと髪をかき乱した。

 緊迫した空気が少し緩んだようだとユーリアは思う。それは、アランがこんなふうに感情を露にするのがめずらしいからだ。

 これまでのアランならば、表情を消し、自分だけで処理しようとしていただろう。

 

「……わかりました」

 

 大きなため息をつき、ついにアランは折れた。

 

「ですが」

 

 乱れた前髪の合間から鳶色の瞳を覗かせ、アランはマデレーネを見る。

 

 マデレーネがアランと意見を異にすることはめずらしい。ただし一度そう決めた以上は、マデレーネは必ずやり遂げる。

 同行すると言ったことが自分の我儘であることは理解している。

 マデレーネの言うとおり、建前上はあくまでも兄が妹を呼びよせただけだ。夫が呼ばれていないからといって異議を申し立てるわけにはいかない。

 だがこれまでずっと、イエルハルトは血縁を盾にマデレーネを利用してきた。

 

「あなたに何かあれば俺は黙ってはいられないということだけは、覚えておいてください」

「……はい」

「ロブに言って、支度をさせましょう」

 

 頬を赤く染めて俯くマデレーネに、アランは小さなため息をついた。

 

 

***

 

 

 数日後、マデレーネはノシュタット家の紋章を掲げた馬車に乗り、王宮へと向かった。

 隣に座るアランはやはり腕を組んだまま黙り込んでいるが、空気は穏やかなものだった。開いた窓からは心地よい風が流れ込み、マデレーネの髪を揺らす。

 

 王都の街並みの中に徐々に姿を現す王宮を、マデレーネは感慨深い気持ちで見つめた。

 

 急な輿入れを命じられ、持つものも持たず追い出されるように王宮を出たのは八か月前。

 あのときはただ言われるがままにアランのもとへと嫁いだ。けれども、今のマデレーネには失いたくないものがある。

 

(イエルハルト様と直接お話をすれば、きっと……)

 

 ノシュタット領での日々は、マデレーネを変えた。

 

「……戻ってくるころには」

 

 ぼそりとアランの呟きが落ち、マデレーネは隣を振り向いた。反対側の窓から外を眺めていたアランの視線がゆっくりとマデレーネに向けられる。

 

「指輪ができあがっているでしょう」

 

 言うなり、アランの眉が寄り、頬が染まった。

 すぐにアランは顔を隠してしまう。けれども、マデレーネにはアランの言いたいことが伝わった。

 思わず口元はゆるみ、満面の笑みになってしまう。

 

「はい。二人でアリナスへ行きましょうね、アラン様」

 

 王宮でのことよりも、その先を口にすることで、アランは未来を示そうとしたのだ。

 心の内を見透かされたアランは、照れくさそうに頷いた。



***



 ノシュタット家で、マデレーネには夢ができた。

 母エリンディラは国の繁栄と幸福を願った。マデレーネにはそんな大それた夢は持てそうにない。けれども、目に見える人々に寄り添い、皆が笑顔で暮らしてくれたらと思う。

 

 そしてその中にはもちろん、イエルハルトも含まれている。

 

「お招きいただきありがとうございます、イエルハルト様」

 

 優雅に腰を折るマデレーネを、イエルハルトはソファに沈んだまま見つめた。

 マデレーネが通されたのは王宮にある応接のための一間。マデレーネが暮らしていたときから調度は改められ、いま流行しているのだという南方風の明るい室内になっていた。

 

 応答のないままに顔をあげ、マデレーネはイエルハルトを正面から見つめた。

 フォルシウス公爵邸での晩餐会では、イエルハルトと会話をすることはできなかった。しかしわざわざマデレーネを呼んだのなら、何か理由があるはずだ。

 

 直立したまま、マデレーネはじっとイエルハルトが口を開くのを待った。

 王太子と子爵夫人という身分の差だけではない。マデレーネが自分の要求だけを優先すれば、イエルハルトの本心はわからないままになるだろう。そんな予感があったからだ。

 

 従順に言葉を待つマデレーネに、イエルハルトは小さく舌打ちをした。

 ソファと揃いのテーブルに一通の書類が投げ出される。

 

「ノシュタット子爵と離縁しろ、マデレーネ」

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