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19.ノシュタット夫妻の休日(前編)

 すました表情の下でやる気に満ちた店員(レオナード)の内心を知らず、アランはといえば、そっけない顔つきでマデレーネの話に相槌を打ちつつ、内心では悩みに悩んでいた。

 

「こちらはベランナ領のルビーですね。深みのある色は紅蓮とも呼ばれております。美しいですわ」

「そうか。あなたの金の髪に似合いそうだ」

「見てくださいませ。このサファイアには星の模様が入っております。こういったものはとても希少なのです」

「そうだな。それに、あなたの目と同じ、美しい青だ」

「こちらの真珠もわが国で採れたものだそうです。この色合いはケイネ川のものでしょうか」

「ああ、控えめで可憐で、あなたによく似合うだろう」

 

 どうしても、生返事になってしまう――と、アランは自分では思い込んでいる。

 

(夫人は宝石の目利きをし続けているし、子爵は無表情なのに奥様をベタ褒めしていらっしゃる……!)

 

 聞こえてきた夫妻の会話にレオナードは思わず心の中で声をあげてしまった。

 マデレーネの表情は先ほどのユーリアのように、宝石の美しさに魅了され、心から観賞を楽しむものだ。なのに口から出てくる台詞は店員も驚きの鑑定眼をうかがわせる。

 それに対して、アランは淡々とマデレーネを褒める返答をし続けているのである。

 

 徐々にマデレーネの頬が染まっていく。

 

「ベイロン領の翡翠もございますね」

「ああ。ありすぎて悩むな」

 

 アランは肩をすくめた。

 

「どれもいいものだ。あなたによく似合う。……すべて買ってしまいたくなる」

「ア、アラン様」

 

 ふとレオナードが振り向くと、両手で顔を覆いつつ指の隙間から様子を覗いているユーリアと目が合った。ハッとしたユーリアが直立の姿勢に戻る。

 

(どうやらこのご夫妻の会話は、侍女殿にとっても慣れないものらしい)

 

 レオナードがそう思ったところで、

 

「さ、先ほどから、その……嬉しいのですが、照れてしまいますわ」

 

 ついにマデレーネが、頬を赤らめていた理由を口する。

 

「……?」

 

 一瞬、なんのことだかわからないといったようにアランは首をかしげかけ、それからハッとして口元を押さえた。

 

「まさか、思ったことが全部口から出ていましたか」

「は、はい、そのようかと……」

「……!」

 

 アランの顔も、みるみるうちに赤く染まっていく。

 

(ど、どうしよう。お客様が停止してしまった)

 

 赤くなって見つめあったまま動かなくなった二人に、レオナードはうろたえた。ユーリアも彼のうしろでおろおろとしているのだが、レオナードは気づかない。

 

 と、なんと声をかけたらよいのかと悩んでいるレオナードの耳に、ざわめきが聞こえてきた。

 部屋の前を数名の従業員たちが横切っていく。彼らの称賛を浴びながら通りすぎようとしたのは、カトリーナ・フォルシウス公爵令嬢。アリナス宝飾店の上得意様だ。

 レオナードも頭をさげた。

 

 振り向いたマデレーネと、カトリーナの目があったのは、そのときだった。

 

「……マデレーネ様」

「カトリーナ様、ごきげんよう」

 

 驚いたように呟くカトリーナに、マデレーネは即座に礼を返した。スカートをつまみ、腰をさげる。晩餐会でと同じ、子爵夫人としての対応だった。

 アランも席を立ち、頭をさげる。

 

「ごきげんよう」

 

 カトリーナはさっと視線を逸らすとそのまま歩み去った。

 お気に入りの店でアクセサリーを買ったにしては、その表情は硬い。

 

(わたくしたちのせい? いえ、でも……)

 

 振り向いたときには、カトリーナの表情は沈んで見えた。目があったのはそれからだ。そして、マデレーネが礼をするより早く、カトリーナはマデレーネの名を呼んだ。

 

 マデレーネはカトリーナと言葉を交わしたことはない。先日の晩餐会でも、イエルハルトの隣で婚約の発表をしたカトリーナは、入れ替わり立ち代わり祝いの言葉を述べに訪れる貴族たちをそつなくあしらっていた。

 ただ、彼女自身の友人や、気を許せるような相手はいなかったように思う。

 

「どうした?」

「いえ……」

 

 首を振るマデレーネにアランは頷いた。カトリーナに何かを感じとったのはアランもわかっている。けれども彼女と話をする機会はないだろう。

 あるとすれば、マデレーネが――。

 

 よぎりかけた考えを打ち消し、アランは笑みを作った。

 

「さあ、選びましょう。急がないと食事に間に合わなくなってしまう。全部買ってしまってもよいですが」

「もう、アラン様ったら」

 

 アランに応え、マデレーネも苦笑を漏らす。

 レオナードに合図し、ふたりはふたたび宝石を選び始めた。

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