18.ユーリアの冒険?
無数の煌めきに彩られた室内に、マデレーネはほうっとため息をついた。
場所は、王都の中心、多くの人が賑やかに行き交う大通りの、さらに一等地に立つ〝アリナス宝飾店〟の二階。
貴族のみが立ち入ることを許される貴賓室に、アランとマデレーネは並んでいた。
出入り口付近にはユーリアも、表面上子爵家の侍女然とした顔をして控えている。が、内心は心臓が口から飛び出そうな心境であった。
(ひえ~~~~っ、おらの訛りなんか聞かせちまったら、奥様の恥ですだ!)
サン=シュトランド城にいたころから自分が女主人直属の侍女頭であることを忘れていたユーリアは、王都の屋敷でも自分が執事であるロブの同等の地位にいることをすっかり失念していた。
これまでのように大工組合や王都の外れにある謎にボロい商会を尋ねるならいざしらず、ここは貴族御用達の宝飾店だ。訛りまくった自分の声を聞かせるわけにはいかない。
しかし、そんな決意をあざ笑うかのように、一人の男がユーリアに近づいた。髪を後ろへ撫でつけ、自信のありそうな顔立ちを見せている。
胸に手を当て軽く会釈をする男に、都会の人間だ、と反射的に思ってしまって、喉が引き絞られるようになる。
「失礼ですが、レディ」
「……わたくし、でしょうか」
「わたくし、レオナード・ジョルジュと申します」
「ユーリア・ブロンテと申します」
ゆっくりと、慎重に顔をあげ、ユーリアは笑顔を作った。
レオナードと名乗った男もにこりと笑い返すと、片手をあげ、部屋の奥にあるドアを示した。
「支配人より、侍女の方にもおもてなしを、と言いつかっております。あちらでコーヒーでもお飲みになりませんか」
見れば、マデレーネとアランにもグラスが渡されていた。あちらは酒なのだろう。主人夫妻と同じ部屋で休憩するわけにはいかないが、控え室でコーヒーなら、ということだ。
(いやいやいや!! 奥様と離れるなんて怖すぎますだ!!)
内心の恐慌を押し隠し、ユーリアは優雅な笑みを浮かべた。マデレーネの真似をしたくて鏡の前で練習していた笑顔がこんな時に役に立つとは。
「ありがとうございます。ですが、このすばらしい室内を眺めていたく思いますので」
「……さようでございますか」
申し訳なさそうな顔を作り、頭をさげる。
ちなみにこの対応はスウェイによって指示されたものである。「困った提案をされたときは、まず礼を言い、それから相手を褒めてはぐらかせ」と。
(スウェイさんは本当になんでも知っていなさる……)
それに、この光景を眺めていたいのはユーリアの本心だ。
憧れの王都でも一等煌びやかな宝飾店、室内は見ているだけで楽しい。そんな場所に、自分の敬愛する主人夫妻がいるなんて。
二人は何事か語りあい、互いに微笑を浮かべた。疲れた顔をして晩餐会から戻ってきたときは肝を冷やしたけれども、あの夜をへて距離は縮まったように見える。
(スウェイさんやベルタさんにも、こんことをお伝えせねばなりませんだ)
目を細めてユーリアはアランとマデレーネを見つめた。
「……」
そんなユーリアに、レオナードは眩しそうな表情になり、静かに立ち去っていった。
長年この店で働く彼からしてみれば、アランは田舎貴族であり、ユーリアはその付き添いの使用人だ。侍女とはいえ、中央貴族たちのように貴族令嬢や富裕層の家の出ではないとわかる。
おのぼりさんのような彼女を、もてなしと称してからかってやりたいという下心もなかったわけではないが――。
(あんなに幸せそうな顔をされては、な)
本人は必死に隠そうとしていたけれども、頬を紅潮させ、唇の端を引き結んだユーリアが慣れない場所に緊張していることは、レオナードにも伝わった。主人夫妻から離れるのが心細いのだろうという本音も。
だがその表情が、部屋を見まわした一瞬でふわりとゆるんだ。
宝石やアクセサリーに対しての憧れや称讃は、真に心の底から湧き出てきたもの。
もう十数年前、丁稚として店に上がった頃、自分にもそんな時期があったものだと、ユーリアの表情は彼の記憶を思い起こさせた。
宝飾品を買いに訪れる貴族たちは、こんなもの当然だという顔をしている。店の人間が目を輝かせていたら客に見下されるぞと先輩たちから指摘を受けて、当初の憧れは胸の奥底に隠された。
(でも、そうだった)
宝石の輝きは、その美しさを見た者の目の中にも宿らせる。キラキラと目を輝かせて、ため息をついて見ていたっていいのだ。
自分の仕事は、訪れた誰かの表情をもっとも輝かせる一品を見つけること。
一つずつ、楽しそうに品物を見てまわるアランとマデレーネの背後へ、レオナードは付き従った。
声がかかればすぐにでも、最良のものを探してみせようと決心しながら。





