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14.公爵家の晩餐会

 時期外れの晩餐会にも、訪れる客は多かった。テーブルには王都でも手に入れることの難しい珍味が並べられ、人々はワインをかたむけあい談笑に興じている。

 しかし、王都じゅうの貴族たちが集められたのではないかと思うほどの盛況ぶりは、かえってアランの警戒を強くした。

 

 王宮と見まごうほどのフォルシウス公爵邸の大広間、そこへ来て疑念はいよいよ確信に変わりつつあった。

 案内係が「ノシュタット子爵夫妻のお越しです」と告げた瞬間の、広間に走った一瞬の緊張。

 その後、不躾に向けられる視線の数々。囁きかわされる言葉たち。

 

 なによりこの場には、見知った顔がなかった。

 

 シーズンではないこの時期に、北部の面々が姿を見せていないのは理解できる。

 だが、ダルグレン侯爵であるハーシェルもいないというのは、どういうことか。

 

「アラン様」

 

 マデレーネに囁かれ、自分が内心を反映した緊張の表情になっていたことに気づく。

 とはいえ、心からの笑顔を見せることもできない。心を開くと覚悟を決めたノシュタット領での晩餐会と、今回とでは、状況が違った。

 

「ここにいる人々は……我々が招待した貴族たちとも重なります」

 

 ハーシェルの助言を受けながら、アランとマデレーネは王都の貴族全体に招待状を送った。

 王都じゅうの貴族たちが集められたのではないかと思うほどの盛況ぶり、ということはつまり、アランとマデレーネの招待状を受け取りながらも返事を出し渋っている貴族たちが集っているということ。

 

 ノシュタット夫妻を囲む貴族たちは、何事かをひそひそと語りあいながらも、挨拶に訪れようとはしない。

 彼らはマデレーネがノシュタット家に降嫁したことを知っている。それは当然だ。

 だが、マデレーネが子爵夫人になりきるつもりであることも――〝王女〟の称号を利用するつもりがないことも、知っている。

 

(イエルハルト殿下が手をまわしたのか)

 

 ならば、マデレーネに対する貴族たちの視線の謎もとける。

 セルデンから北部へ浸透させた噂を、イエルハルトはこの王都でも流したのだ。

 

 北部の〝成り上がり子爵〟が、爵位ほしさに金ずくで王女を娶ったと。

 王女もまた、金のために降嫁を受け入れたのだと――。

 

「アラン様」

 

 もう一度マデレーネに名を呼ばれ、アランは我に返った。大丈夫だと励ますようにマデレーネの手はアランの手を握っている。

 

「……申し訳ありません」

「いいえ」

 

 アランの言葉にマデレーネは首を振った。

 

 慰められ、励まされるべきはマデレーネだ。

 侮蔑の視線など、アランにとっては慣れたもの。

 だが、それがマデレーネに向けられるとなった途端、感情を押し隠すことができなくなる。冷静に相手の出方を窺うことすら難しい。

 

「本当は、今すぐあなたの手を引いてここから連れ出したい」

 

 ぼそりと呟けば、マデレーネの頬にぱっと朱が散った。

 握られた手にこもる力が強くなる。とはいえマデレーネの力では、アランにとっては心地よいだけの感触だけれども。

 

「その御心だけで十分です。……アラン様、あちらにフォルシウス公爵がいらっしゃいます。ご挨拶にまいりましょう」

「……そうですね」

 

 貴族間で初対面の挨拶を交わす際には、紹介者が必要だ。北部の貴族たちもハーシェルもいないこの場で、ノシュタット夫妻とそのほかの貴族たちを引きあわせるのはフォルシウス公爵しかいない。

 

「わたくしが、王都で社交の場に出ていればよかったのですが……」

 

 呟くマデレーネの暗い横顔を、アランはじっと見つめた。王宮の中で味方のいなかったマデレーネは、晩餐会に出たこともほとんどなかったのだろう。

 そうでなければ聡明な彼女は、貴族たちの顔を記憶しているはずだった。

 

 歩んでいた足を別の方向へ変え、マデレーネの手を引いたままアランはテーブルへ歩みよる。デザートのテーブルには小さくカットされたフルーツ入りのカクテルグラスが並べられていた。

 不思議そうに見上げるマデレーネにそのうちの一つをさしだす。

 

「俺は……どう言ってあなたを元気づければいいのかわからない。けれども、笑っていてほしいと思う」

「……ありがとうございます」

 

 グラスを受けとり、マデレーネはひと口含む。

 炭酸とミントの爽やかな香りが喉を伝わった。その後に、フルーツの甘酸っぱさも。

 

(やはりわたくしは、この方が好き)

 

 不器用そうに励まそうとしてくれるアランを見上げ、マデレーネは目を細める。

 

(もうわたくしは一人ではないのだわ)

 

 それはなんと幸せなことか。

 

「行きましょう」

「はい」

 

 手をさしのべるアランに、マデレーネは頷いた。

 

「あれが、北部の……」

「〝成り上がり〟子爵。飢饉の際に小麦を売って財を成したという」

「王女殿下を妻に迎えて、晴れて王都にお目見えということ?」

 

 寄り添い歩んでいくアランとマデレーネに貴族たちは囁きを交わす。

 ふたりの視線の先にフォルシウス公爵の姿を認め、囁き声は大きくなった。

 

「やはり噂は本当だったのだ。ノシュタット子爵は公爵位を求めていると――」

 

 立ち止まりかけたマデレーネを、アランがそっと促す。

 

「気にしないで」

「……はい」

 

 この場の貴族たちは、アランを目の敵にしマデレーネを蔑もうとしていた北部貴族たちよりもいっそう和解の見込みは低い。セルデン伯爵やかつてのリルケ夫人と違って、彼らに理由は必要ないから。

 まず弁明すべきはフォルシウス公爵だ。

 

 しかし、フォルシウス公爵のもとへ辿りつく前に、囁きは突然ぴたりと止んだ。

 わっと歓声があがり、拍手がわき起こる。

 

 なんだ、と視線をあげたアランの前で、人垣が割れ、

 

「――……イエルハルト様……?」

 

 マデレーネの発した引きつった声が、アランの耳に届いた。

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