13.指輪
それは、フォルシウス公爵からの晩餐会への招待を受けての準備中のことであった。
アランの礼服やマデレーネのドレスなども、王都に来てから王都風のものをいくつか買い揃えてある。そのうちの何着かを試しに身体にあわせ、鏡を見ていたとき。
(……指輪はどうだろうか)
ユーリアに向かって手を差し出し、ドレスグローブをつけているマデレーネを眺めていたアランの脳裏に、彼にしてはかなり上出来な閃きがよぎった。
ずっと悩んでいた贈りもののことだ。
アランもマデレーネも正装の際は手袋をつけるから、指輪があっても表には見えない。
そのせいで思いつかなかった部分もあるかもしれない。
二人で買いに行けば、マデレーネが望んだ、二人の時間を確保することにもつながる。それに宝飾品はやはり王都のほうが質のいいものが多いのだ。
(ああ、しかし明日は改装の進捗を見ることになっている。明後日もダグマル商会の者が……行けるのは晩餐会のあとになるな)
そういえば、ロブに手配させたチケットがちょうどそのくらいの日付だった、と思い出す。
(芝居と同じ日に店へ行くか。もともと昼食は王都で食べる予定だった)
夜まで王都にいてもいいかもしれない、と考える。リュフが情報を仕入れてきた、美味と評判の店に行ってみるのも悪くないかもしれない――と、スウェイが聞けば涙を流して喜びそうなデートプランを、アランは半ば無意識に組み立てていく。
(気の重い晩餐会のあとの褒美だと思えばやる気も出るか)
ふと、アランを見上げたマデレーネが、軽く目をひらいた。
「アラン様? どうされたのですか?」
「え? ……なにか?」
「いえ、笑っていらっしゃるようなので……」
「……笑って?」
己の頬に触れ、たしかに笑っているようだとアランは知った。
ノシュタット領で行った晩餐会の折、笑顔の特訓をさせられた表情筋が以前よりも柔軟になった自覚はあった。
とはいえこんな、一人で勝手に笑ってしまうことなど、これまではなかったのに。
ほほえんでいたと思ったら今度は赤くなったアランにマデレーネはますます不思議そうな顔になる。
「……芝居の日に」
「はい」
マデレーネは頷いた。でも内心では、どうしていま芝居の話が出てくるのかと思っているのかもしれない。
「王都に出ますから、予定があえば宝飾店へ行きましょう」
「宝飾店へ?」
「指輪を……」
そこまで言って、アランはまた口をつぐんでしまった。
今度は、アランの言いたいことを察したマデレーネの顔が、見る間に真っ赤になったからだ。
「……揃いの指輪を、買ってはどうかと思って」
結婚指輪と明言するのが気恥ずかしくて奇妙な物言いをしてしまった。「むぐっ!」と背後で奇妙な声がして、振り向けば、ユーリアが真っ赤になって口元を押さえている。
そんなにおかしなことを言っただろうかとアランが内心焦っていると、マデレーネが小さく呼吸を整えた。まだ頬は赤いが、アランを見上げてにこりと笑う。
「嬉しいです。ありがとうございます」
「あなたに選んでいただきたい。俺の感性で選んでは無骨なものになってしまうだろうから」
アランからすれば、己の手に宝石を留まらせておくのはどうにも仰々しく、飾りなどなにもないシンプルなものがいい。
だがマデレーネの可憐な指には、煌めく宝石を飾るのが似合うだろう、などとクサいことを考えてもしまうのだ。
「……」
自分の左手を見つめて微妙な顔になるアランにマデレーネの顔はまた赤みを増した。
「アラン様、せっかく二人で行くのですもの、いっしょに選びましょう」
「そうだな」
「旦那様、奥様、衣装の合わせはこれで終わりでございます」
話に区切りがついたのを見計らい、ロブが声をかけた。
「王都の中央にアリナスという店がございます。そちらに行かれるのがよろしいでしょう」
「ああ、手配を頼む」
アランは頷き、ロブのあとに続く。マデレーネとユーリアは残り、もとのドレスに着替えるのだ。
ドアが閉まり、アランとロブが隣室へ入った気配を確認し、マデレーネとユーリアは顔を見合わせた。
「ユーリア……!」
「奥様……!」
両手で頬を抑え、その場にへたり込みそうになるマデレーネを、ひしっとユーリアが抱きとめた。
「指輪、ですって。それに、勘違いでなければ、旦那様は……」
「奥様の、ひひひ、左手の薬指をご覧なさってましただ」
「やっぱりユーリアもそう思った?」
「間違いごぜえません」
もう一度、女主人と侍女は、互いを見つめあった。
「前進だわ……!」
「へえ、進歩ですだ!!」
マデレーネの言う前進とは二人の関係のことであり、ユーリアの言う進歩はアランの態度を指すが、その食い違いは解消されることはなかった。
ただ、
(フォルシウス公爵家へうかがうのも、怖くない気がしてきたわ)
ほほえむマデレーネの表情は、幸せに満ちていた。





