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5.贅沢とはどうすれば

 ユーリアは卒倒しそうになった。執事スウェイからマデレーネのドレスを買ってよいという許可を得、意気揚々と戻ってくると、部屋はもぬけの殻。

 

(おおおお奥様がさらわれた!?!? ってそんなわけねえす!! でも早よさがさにゃ……!!)

 

 応接間をおそるおそるのぞき、庭を走り、湯殿まで入りこんで建物中を走りまわり、最後にここはありえないと思った場所にマデレーネはいた。

 使用人たちの働く一画。

 

 下働きの子どもたちにまじって桶に汲んだ水で泥のついた芋を洗っているマデレーネを見て、ユーリアの意識は本気で遠のいた。

 マデレーネの隣には料理長のリュフが立ち、やにさがった顔をしながら話しかけている。

 

「王都から来たんだって?」

「はい、然様です」

「なあ、おれたち以前どこかで会ったような気がしないか?」

「そうでしょうか。初めてだと思うのですが……」

「ほらっ!! 無駄口叩いてるんじゃないよ!! 野菜はまだまだあるんだからね!!」

 

 会話をかわすマデレーネとリュフにベルタの叱責が飛ぶ。

 

(おんどら、戻ってけえ(こい)おらの魂……!!)

 

 根性で意識を引き寄せると、ユーリアは両足で大地を踏みしめた。

 

「マデレーネ奥様!!!!」

「まあ、ユーリア」

 

 思わず無礼ととられてもおかしくない大声で呼びたててしまったが、マデレーネはやわらかなほほえみを浮かべるだけ。

 むしろ驚いたのは周囲のほうだった。リュフなどは目をむいてマデレーネを凝視している。

 

「マデレーネ……奥様……?」

「えっ? この人がマデレーネ奥様だってのか!?」

「メイドにしてはかわいらしすぎると思ったんよ」

「芋洗いなんてさせていい人じゃねえだろ!」

「誰よ、メイドなんて言ったの!!」

「誰ってそれは……ベルタさんが……」

 

 ひそひそと囁かれる動揺と、不安げな視線がベルタに向けられる。

 その場にいた全員の注目を浴び、ベルタは顔を青ざめさせた。

 

「なっ、あなたが奥様ですって……!?」

 

 マデレーネはユーリアが手渡した布で手を拭いた。芋はすでに洗い終わり、ほかの野菜とともにざるにのせられて水けをきっているところだ。

 

「ごめんなさいね。皆さんのお仕事をなにも知らないのは本当のことだから、知りたかったんです」

「なにを言って……」

 

 混乱したベルタの脳裏に、先ほど自分が放った言葉がよみがえった。

 

 ――城ではなんにも教えていないんだろうね! 恥ずかしいと思ったほうがいいよ!

 

 たしかにそう言った。

 それは当然だったのだ。王女がメイドの仕事など知るはずがない。知りたかったと言うが、のこのこついてきたのには理由があるだろう。

 

「なるほど、それで失礼を働いたわたしを罰して、クビにしようという魂胆ですね!?」

 

 負けてなるものかとベルタはマデレーネを睨みつけた。

 

(やはりこの女はノシュタット子爵家を乗っ取ろうとしているんだわ。古株の使用人を追い出して財産を奪うのね。そうはさせるもんですか)

 

 リュフに話しかけられてにこやかに対応していたのも、奥様に使用人がコナをかけたとなれば処罰は免れない。

 しかし料理長であるリュフやメイド長である自分がクビになればアランまで話がいく。幸いにもアランとスウェイは冷静にマデレーネを見ている。家がめちゃくちゃにされようとしていることに気づくだろう。マデレーネを離縁してくださるかもしれない。

 ベルタはにやりと笑った。

 

「クビならしてみればいい。あんたの思いどおりには……」

 

 しかし、そんなベルタの想像を裏切って。

 マデレーネはやはりほほえんだまま、水仕事で荒れたベルタの手をとった。

 

「どうして解雇する必要があるのですか」

「……?」

「ベルタは、仕事を知らないわたくしを見てここに連れてきました。そして皆に言ったでしょう、『この役立たずの面倒を見ておやり』って。だから皆は、まずは一番失敗の少ない洗い場の仕事をわたくしに教えてくれた。教育がゆきとどいている証拠です」

 

 誰も言葉を発する者はなかった。

 あれほど騒いでいたベルタですらぽかんと口を開けてマデレーネの言葉を聞いている。それほどにふかく、彼女の声は皆の心に染みた。

 

「先ほどから皆が不安そうな顔をしているのは、ベルタを心配してでしょう?」

「!」

「わたくしはまだアラン様の信頼を得てはおりません。多少の扱いは覚悟の上です。これで顔はわかったでしょうし、次回から気をつけてくだされば罰するつもりもありません。それに……」

 

 ふ、とマデレーネの表情をよぎった翳りに、使用人たちは息をのんだ。

 

「本当に性格の悪い人はね、もっと陰湿な嫌がらせをするのですよ」

 

 マデレーネが侍女ひとり、メイドひとり連れずにやってきたのはイエルハルトがその費用を許さなかったからだが、許していたとしてもマデレーネは誰も連れてこなかっただろうし、付き従う者もいなかっただろう。

 常春の花を思わせる淑女から告げられた闇のひそむ言葉は、使用人たちを完全に硬直させた。

 

「……も、申し訳ありませんでした。お許しください……」

 

 ベルタが頭を下げる。そうでなくばこの空気は変わらないとわかってのことだった。

 マデレーネはハッと我に返った表情になり、笑顔を取り戻す。

 

「はい、もちろんです。ユーリアもごめんなさいね。さがしたでしょう」

「だ、大丈夫です。奥様こそお洋服が汚れて……」

「埃がついただけですよ。では皆さん、お騒がせしました」

 

 和気あいあいと去っていくマデレーネとユーリアを見送り、洗い場にも安堵の空気が戻ってくる。

 

「もしかすると、思っていたような人ではないのかもしれないわね……」

「悪い人には見えないぞ」

「ベルタさんも一本とられたなぁ」

「でもよかったよ。ベルタさん、口は悪いけど人はいいからさ」

「執事のスウェイさんだってベルタさんが育てたようなもんだもんな」

「ええ、それに両親を亡くしたばかりのころの旦那様もね……」

 

 話し声の内容はマデレーネのもとまでは届かなかったが、ざわめきから使用人たちが安堵しているのは伝わった。

 マデレーネにも収穫はあった。

 

(わたくしも贅沢をする理由ができました)

 

 部屋に戻ると、ユーリアの手をとり、にっこりと笑う。

 

「あとでスウェイを呼んでもらえるかしら。ないしょのお話がしたいとお伝えしてね」

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