12.公爵家からの招待状
王都でのお披露目の準備も着々と進み、夫であるアランとは距離も縮まった。
状況はマデレーネにとって、これ以上ないほどよろこばしいものである。
だがそのよろこびは、不安にもすりかわる。
(イエルハルト様が、わたくしを――いえ、わたくしたちを、どうお考えなのか……)
マデレーネをノシュタット家へ嫁がせ、金を手に入れ、嫌がらせのように周辺の貴族たちを煽りたて、それで満足したのか。
兄ではありながら、イエルハルトの考えはわからない。
わからないなら、向きあうのがマデレーネの流儀だ。そう思い、マデレーネはイエルハルトへ宛てて手紙を書いた。カイルへの手紙にも、イエルハルトと話がしたいことを書き添えた。
けれども返事はない。
そしてその不安を搔き立てるように、一通の招待状が届いたのだった。
***
ユーリアは不安げに目を瞬かせた。
めずらしく、アランが重々しいため息をついている。このところ感情を表しがちなアランだが、それはマデレーネが絡んだときだけで、手紙を読んで眉を寄せ、煩わしげに首までふっているというのは、やはりめずらしいことであった。
……と、思えば、アランの隣でマデレーネもつつましやかな、けれども彼女にしては大きなため息をついている。
「どうされたのでごぜえますか」
思わず声をかけると、アランとマデレーネは同時に顔をあげた。顔を見合わせ、視線で何事かを確かめ合ったのち、マデレーネからユーリアに一通の手紙が差し出された。
一応、読めるようにはなっている。
「フォル、シ、ウス……公爵」
差出人の名を読みあげ、ユーリアはぎょっとしてマデレーネを見た。
「フォルシウス公爵様といえば……」
言って、その先は続かない。
マデレーネの母に金を貸した公爵様だと、リルケ夫人が言っていた。晩餐会の食器などを依頼したダグマル商会もフォルシウス公爵の傘下で、マデレーネ奥様はなかなかに配慮をなさっているのだ……というのがユーリアの理解であった。
「もちろん、お断りするわけにはいかないから、ありがたく出席させていただくのだけれど……」
ダルグレン侯爵のように、ノシュタット家だけを招待してくれたわけではない。晩餐会というある意味公の場への突然の誘い。
こうなってくるとやはりマデレーネの立場は難しい。王女としてふるまうべきか、子爵夫人としてふるまうべきかという問題が常についてくる。
ただ、一つ確実なことは、アランとマデレーネをここまで悩ませている時点で、フォルシウス公爵が友好的だとは言い難いということだ。
「余興の見世物かもしれんな……」
呟くアランの声に覇気はない。見世物になるとすればアランではない、マデレーネのほうだ。
何かに耐えるように眉を寄せ瞼を閉じていたマデレーネは、小さく深呼吸をした。呼吸を整え、ふたたびひらいた目はまっすぐにアランを見つめる。
「ノシュタット家の妻として、参りたいと思います。それならばどのような扱いを受けようと後悔はありません」
「……そうか」
その決断が降伏を意味するわけではないことはアランにも伝わった。
ノシュタット子爵夫人であり、アランの妻であることは、マデレーネの望む立場なのだ。たとえそのせいでほかの貴族たちから下に見られようとも。
だが、不安はそれだけではなかった。
ノシュタット家の招待に応じる家が、今のところないのである。あまりにもひっそりとしすぎている。まるでなにかを待っているように……。
断ることはできない。行くしかないのだ。わかっていてなお、決断をためらわせるだけの意地の悪さがたった一通の招待状に込められていた。
これがイエルハルトの発案だとしたら、彼はどれほどマデレーネを苦しめたいのだろうかとぞっとする。
「――旦那様、奥様、ダグマル商会の使いの者が来ております」
沈鬱な空気を破ったのはロブの声だった。
「通せ」
すぐに返答するアランにロブは頭をさげ、うしろをふりむいた。
「どうぞ」
現れたのはトビアンだ。続いて、レイラもひょこりと顔を覗かせた。
帽子を脱いで頭をさげるトビアン。レイラもトビアンに倣い、おどおどとしながら頭をさげる。そんな様子をロブが複雑な表情で眺めている。
「まあ、あなたたちなの?」
「へえ……なんていうか、オレみたいな小僧が使いですみません」
ロブの無言の圧力を感じとったのだろう、トビアンは頬を掻きながら謝罪をした。
「そんなふうに言ってはだめよ。わたくしたちは嬉しいのだから」
マデレーネの言葉にトビアンの顔はぱっと輝く――と思えば、しおらしい態度はどこへやら、いつもの饒舌な彼が戻ってきたようだ。
「そう言っていただけるとありがてえや。実は、ノシュタット家の担当になったんですよ。だから中央の本店に移りまして、それでレイラも雇ってもらえることになって。これも全部アラン様とマデレーネ様のおかげだと思ってますよ」
「ありがとうございます、マデレーネさま」
レイラがもう一度頭をさげる。
「そんなことになったとは知らなかったわ」
「ノシュタット家の皆さんと食事をしたっていうのが伝わってね、それほどの仲なら任せてやろうって」
「そうだったの」
「はい! 晩餐会がすばらしいものになるよう、精いっぱいがんばりますんで。今日は見本を持ってきたんですよ」
担いでいた重たそうな袋をテーブルへ置き、紐解くと、銀細工のカトラリーが顔を覗かせた。
食事に利用する皿やカトラリーは晩餐会でももっとも気を遣う品々だ。葡萄の実と蔓葉とをあしらった繊細な細工は値が張りそうだが、晩餐会にはカイルもやってくる。貴賓客の位を考えての品物の斡旋はさすがダグマル商会といったところか。
(まだわからないことを心配してばかりはいられないわね。まずは目に見えることから始めなくちゃ)
マデレーネの瞳に光が戻る。
そんな主人を、ユーリアはほっとした表情で見つめた。





