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11.距離は近く?

 翌朝、どこかやつれた二人の姿にユーリアは申し訳なく思ったものの、

 

「これは、慣れておく必要があるな」

「はい……」

 

 アランの言葉にマデレーネが頷く。二人とも、互いがそばにいると眠りづらい、という事実を認識し、乗り越えなければならないと考えたようだ。

 王都にいる期間中は他家へのお呼ばれもあるだろう。生真面目な主人夫妻の考えはわかるのだが――。

 

(どうしてそこで、『こん人もしかすておらのこと……?』ってならねえんだべや!?)

 

 愕然とするユーリアを、マデレーネが不思議そうな顔で見つめていた。

 

 

 マデレーネの願いを受け、少しずつだがアランの態度は変わった――と、ユーリアは感じている。

 いっしょにいることが多くなった。会話も増えた。なにより一番のよろこばしい点は、その会話が家政しごとに関わらないということである。

 

「こちらの屋敷にも本が多くありますのね」

「ああ、父上は古書を集めることを楽しみにしておられた。王都に出れば様々な古書に巡りあえると……俺もいっしょに書店をめぐり、本を買ったものです。父の書物は膨大で、すべて読めたのかはわからないが」

「わたくしが読んでもよろしいでしょうか」

「そうしていただければありがたい……俺も本は読むが、父上のものは……」

「お父上様のものは?」

「……見ればわかります。俺は読みません」

 

 首をかしげたマデレーネは、けれどもすぐにくすくすと笑って、「では、見てまいりますね」と部屋をあとにした。アランはしばらく黙ってそっぽを向いていたけれども、微妙な顔になって出ていく。マデレーネを追いかけたに違いない。

 

(まあ、きっとあと少しで……なんとかなんべや)

 

 こちらにはスウェイという強い味方がいるのだ。

 

(そんにしてもスウェイさんの字、きれいだったですだ~。おらもがんばらねば……!)

 

 流麗な手紙の軸を思い出しつつ、ユーリアはほうっとため息をついた。

 

 

***

 

 

 アランが微妙な顔をした理由は、図書室に入ってみてすぐにわかった。

 扉の正面に備えつけられた書架は硝子扉つきの立派なもので、そこには年代を感じさせる書物が、表紙が見えるように並べられていた。

 

 その表紙というのが、どれも男女が手をとりあって見つめあっているような、いわゆる恋愛小説なのである。

 

 古書であるから、古典だ。

 たとえば亡国の王女と彼女をひそかに慕い陰から護衛する騎士の純愛物語だとか、精霊と人間の報われざる恋とか、神話の中の恋愛譚とか――そういった類のもの。

 今でも人気があり、王都で芝居が行われているような有名なエピソードも多いのだが。

 

(たしかにこれは、アラン様はお読みにならないわね)

 

 それでもあんな顔をするほどのものではない。よほど苦手なのだろう。

 ふふっと笑ったマデレーネの声が消えるか消えないかのうちに、もう一度図書室の扉が開いた。振り向けば、憮然とした表情のアランが立っている。

 

「……あなたは、お好きですか」

「はい。わたくしからすれば宝の山です」

「それはよかった。……俺も、嫌いなわけではないのです。ただ読まないだけで……」

 

 俯くアランに、マデレーネはふと気づく。

 アランが追いかけてきたのは、そのことを伝えるためだ。マデレーネが好きだと思うものに、冷たいようにも見える態度をとってしまったから。

 わざわざ弁解に来てくれたのだろう。

 

 そんなマデレーネの推測は当たっていた。

 敬愛する父親ではあったし、古書集めが趣味というのは問題ないのだが――中身が恋愛小説とあっては歳ごろのアランには気恥ずかしく、父が生きていたころには図書室に寄りつきもしなかった。

 父が亡くなり、それらが父との王都での思い出を忍ぶよすがとなってしまったからなおさら。この年齢になっても微妙な態度をとらせてしまう。

 

「では、お芝居を見に行きませんか?」

 

 マデレーネの言葉にアランは顔をあげた。

 

「お芝居なら、歌や踊りもあります。本を読むよりは短い時間で終わりますし、内容もわかります」

 

 なぜ突然そんな話に、と混乱するアランが反論を紡ぐ前に、

 

「本当はアラン様も、気になっていらっしゃるのでは?」

「……」

 

 にこりとほほえみながらマデレーネの告げた指摘は、違う、とは言えない強さを持っていた。

 こんなものを読むのは気恥ずかしいと思いながら、惹かれてもいた。

 

「……ロブに、チケットを用意するよう、言っておきます」

 

 複雑な胸のうちはうまく言葉にならない。アランが言えたのはそれだけだった。

 

「ありがとうございます。楽しみにしておりますね」

 

 マデレーネは笑顔のままゆっくりと頷く。

 

「では、手配をさせましょう」

 

 呟くように言い、アランは図書室を出て行った。

 黒髪からちらりとのぞく耳が赤いことには、マデレーネは気づかなかった。

 なぜならマデレーネもまた、頬を染めて、緊張を押し隠し何事もないように頭をさげるので精いっぱいだったからだ。

 

(……デートのお誘いが、できたわ……!)

 

 今夜、湯浴みのときにユーリアに話そう、とマデレーネは思った。

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