10.ユーリアの活躍
マデレーネの望みはアランには想定外だった。ハーシェルとの会話から――いや、あの会話がなかったとしても、普通は物だろうと考えるはずだ。
――旦那様とのお時間がいただきたいです。
いったい何を思ってマデレーネがそんなことを言ったのかわからないまま、アランはいいとも却下とも言えず、黙々と夕食をすませた。
使用人たちはアラン以上にどんな言葉をかけるべきかわからず、やはり無言のまま二人を見守っていた。
食堂はピリピリとした空気に包まれていた――マデレーネを除いては。
マデレーネはにこにこと笑顔で、アランに従って食堂をあとにする。
自分に対するアランの想いを知らないマデレーネにとってみれば、先ほどの発言は、
(またいっしょにお出かけしたり、屋敷でもお話ししてくださると嬉しいわ)
という程度の願いであった。
それをアランは否定しなかったのだ。
(明日また外出にお誘いしてみようかしら)
母親譲りの、やると決めたことはやる性格であるマデレーネは、そんなことを考えていた。
そして、普段はおとなしいが、やると決めたらやる性格の者が、もう一人。
いつものように微妙にぎくしゃくした食後の時間をすごし、手にしていた本も読み終わり、
「では、俺は客間に行く」
とアランが立ちあがりかけたところで。
「それはいけませんですだ!」
立ちふさがったのはユーリアであった。
ユーリアの手には、手紙が握られていた。スウェイからの手紙だった。
ユーリアからの混乱と弱音と綴りミス・文法ミスにまみれた手紙を受けとったスウェイは、王都の屋敷で何が起きているのかを察した。
そして早馬を送り、こう書いてよこしたのである。
『奥様が絡むと、旦那様は悩む時間が長い。どうか盛大に背中を押してさしあげてくれ』
(わかりましただ、スウェイさん……!!)
使命感と、マデレーネへの忠誠心に燃え、ユーリアはアランに対峙した。以前の彼女だったらいくらスウェイに言われたからといってもそんなことはしなかっただろう。
「リュフさん! ヨハンさん! 客間のベッドをこの部屋に運んでくだせえ」
「客間のベッドを?」
「旦那様は風邪をひきなさいました。なんで、ベッドを分けることにすます」
「俺は風邪など……」
「いいえ! ひいておられるんだべ」
反論しようとするアランを遮り、指さすのは無礼であるため手のひらをむけつつ、ユーリアは言い切った。
「その証拠にほれ! そんなに顔が赤えではねえですか! 熱を測らんでもわかりますだ、風邪です! 風邪!」
赤い頬を指摘されてアランは何も言えなくなる。
マデレーネのそばにいるとそわそわとして落ち着かなくなり、どうしても頬が赤らんでしまう。それを隠すために背中を向けて本を読んでいたのだ。
「奥様に移るといけねえから、ベッドをもう一つ用意すます。旦那様は明日はこの部屋におりなすってくだせえ。奥様、看病はお願げえいたしますだ」
徐々に、ユーリア以外の者にもわかり始めていた。
ユーリアはそういう建前で、マデレーネが望むように、アランとの時間を作ろうとしているのだ。
「……」
アランは黙っている。これは肯定だとリュフとヨハンは受けとり、とっとと部屋を出ていった。ロブに事情を説明し、ベッドを借りるために。
アランが客間で寝ていることをごまかすためにユーリアが毎朝ひっそりこっそりシーツ類をランドリーに運んでいたことも知っている彼らは、ユーリアにひどく協力的だった。
こうして、数十分後には、寝室のベッドは二台になった。
一応アランのベッドとマデレーネのベッドは離されている。だが、会話をしたり、互いの様子を窺ったりするには十分に近い距離だ。
「しばらくはこれですごしてくだせえ」
据わった目のユーリアにそう言われ、アランは何も言えなかった。
*
一瞬、どちらが広いベッドで寝るかを揉めた末、「俺はずっとこのベッドで寝ていた」とアランが客間から運び入れたベッドで寝ることで押し切られてしまった。
(……どうしよう、ドキドキするわ……)
(気になる……)
恋心を自覚した二人にとっては、互いの気配を感じる状況は心を騒がせる。
(何かお話してもいいのかしら……ああでも、疲れていらっしゃるだろうし、眠らせてあげなければ)
(寝言を言ったり妙なことをしなければいいが……)
マデレーネとアランは結局そのまま、まんじりともせず、朝を迎えることになったのだった。





