5.みすぼらしい雑貨屋
翌朝。
ぴかぴかに磨きあげられたレイラは、元気いっぱいに朝食をほおばっていた。
「おいしい! おいしいね、マデレーネ!」
「マデレーネ様とお呼びしなせえ!」
鋭い叱責を飛ばしつつ、ユーリアはてきぱきとレイアの口の周りをぬぐい、パンを切りわけ、「野菜も食べねばいかん」と肉とトマトを挟みこんでやる。
普段の慌てぶりからは予想外にてきぱきと世話を焼くユーリアを、マデレーネはほほえましそうに見ている。
下に弟妹のいるユーリアからすれば、レイラの面倒を見るくらいわけはない。
昨日の夕方、ボロボロのレイラを連れて帰ったマデレーネに屋敷の使用人たちはぎょっとした顔になっていたが、「マデレーネが落とした髪飾りを拾ってくれたのだ」と説明されたことでいくらか納得はしたようだ。
施しは貴族の責務でもある。その一環だと解釈したのだろう。
ユーリアによって念入りに風呂に入れられ、髪をとかしたレイラは輝くような肌と銀の髪を取り戻した。すっかりとマデレーネやユーリアにも慣れ、昨夜はユーリアと一緒に眠ったようだ。
アランにだけは、まだうちとけないが。
「では、行きましょうか」
「うん!」
食事をすませ、こちらも洗われて鮮やかな色を取り戻した服を着ると、レイラは大輪の笑顔を見せた。
*
馬車に乗り、一行が向かった先はダグマル商会の支店だ。
王都中心にある本店のほかに、ダグマル商会は東西南北に支店をもつという羽振りのよさで、マデレーネたちがついたのはそのうちの北の一店である。
ノシュタット家の屋敷と宮殿のちょうど中間地点にその店はある。
マデレーネの髪飾りを奪おうとした理由を、レイラはたどたどしい共通語で「いきたいおみせ、あった」と語った。
「でも、おまえびんぼうにん、いわれた」
店先をうろうろと眺めていたレイラを、店から出てきた男が追い払ったのだという。
昨日のレイラの服装を見れば、そう思うだろう。実際、レイラは金など持っておらず、ただ店に入りたかっただけなのだ。
その理由を、レイラは言おうとしなかった。顔を赤くしてうつむいてしまう。
「ならいっしょにお店へ入りましょう」
深く詮索することはせずに、マデレーネは付き添いとしてレイラを連れていくことにした。
ひょんなことからダグマル商会で買い付けを進めることになったが、
(悩まなくてよくなったわ)
マデレーネはそう考えることにした。口には出さないがアランも同じだろう。カイルがダルグレン侯爵と親しくしている真意はわからないが、マデレーネがイエルハルトとの対立を意図しているとは受け取られないはずだ。
馬車の中で向かい合い、むっつりと黙り込んでいるアランをちらりと窺う。扉の外からはユーリアとレイラが笑いあっている声が聞こえる。
マデレーネ姫、とアランに呼ばれた。
(やはりアラン様はわたくしのことを、妻だと思ってはくださらない……)
それはゴード領で感じた胸の痛みと同じもの。
アランの中の自分は、幼いころに守れなかった〝お姫様〟であり、……恋などは、もってのほかなのだろう、とマデレーネはため息をついた。
(でも、気にしても仕方のないことよ)
自分を励ますそんな内心の声に呼応するように、馬車が停まり、ユーリアが声をかけた。
「つきましただ」
エスコートするアランに身を預けながら、マデレーネは馬車を降りた。
「……それにしても……」
店の外観を見上げ、不思議そうに呟く。
「ここが本当にダグマル商会の支店でしょうか?」
「看板はかかっているな……」
アランとマデレーネは顔を見合わせた。
たしかに《ダグマル商会 北支店》の真鍮看板がかかっているのだが、文字が読めるか読めないかというほどに汚れており、戸口は狭く、窓も小さい。外から中を窺うこともできない。かろうじて明かりがついているらしいのがわかる程度。まるで廃墟寸前である。
と、朽ちかけたような扉が内側からひらいた。
「なんですか?」
小太りな男が顔をのぞかせ、不審げにマデレーネたちをねめつけた――が、すぐにその表情も声も明るくなる。
「失礼いたしました。お客様でしょうか?」
「ああ」
「どうぞこちらへ。お足元にお気をつけください」
不安げな顔のレイラに、この男が先日のレイラを追い払ったのだろうと察する。
「大丈夫ですだ」
ユーリアが手を握って励ますのに、レイラがひきしまった表情で頷く。見た目は異なるが、まるで姉妹のようだとマデレーネは思った。
アランとマデレーネに続き、ユーリアとレイラも店へと足を踏み入れる。
意外にも中はこぎれいに整頓されており、床も反射するほどに磨きあげられている。陳列棚に並ぶ雑貨の数々も価値の確かなものだ。不思議な香りをくゆらせる香炉に、螺鈿細工を施した手鏡、繊細な文様を描いた陶磁器に銀細工の食器。
壁には複雑な文様の絨毯が数枚かけられていた。どのような織り方をしたのか、まるで光を放つように輝いている。
店には男のほかに丁稚と思われる少年がいた。
荷物を運んでいたその少年は顔をあげるなり、「レイラ!」と笑顔になる。
「トビアン!」
レイラも彼の名を呼び、駆けよった。
手を握り合う少年少女に店員の男は訝しげな視線を投げたが、無視した。レイラはマデレーネたちの使用人とでも思い込み、自分が追い払った少女だとも気づいていないらしい。
(彼に会いたかったのね)
レイラは赤い顔をしてトビアンの言葉に頷いている。久しぶり、来てくれたんだね、という声が聞こえてくる。どこかで出会って、店の場所を教えられたのだろう。
これで用事の半分は済んだようなものだ。
「今日はどういったご用件で?」
「ノシュタット家の者だが、晩餐会で使用する小物を一式買い揃えたい」
「承知いたしました」
男はうやうやしく頭をさげたが、表情の見えなくなる直前、戸口で見せたあの鋭い視線がマデレーネをとらえた。
その芝居がかった態度に厭なものを感じそうになってしまい、
(はじめてお会いした方に偏見を持つなんて、いけませんわ)
小さく首を振ると、マデレーネは男に笑顔を見せ、説明を促した。





