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4.異国の少女

「……?」

 

 突き飛ばされた、らしい、とマデレーネは考える。咄嗟に反応ができなかったのは、相手が身体の小さな子どもであったこと、意図がわかったこと、見知った外見であったこと、先にかけられた言葉、とにかく様々なことが合わさってであったが、

 

「マデレーネ姫!! ――貴様!!」

 

 血相を変えたアランが相手を追うのを見て、マデレーネは思わず叫んだ。

 

「いけません! 乱暴にしないで」

 

 マデレーネの言葉に、逃げる少女の襟首をつかみ道に引き倒そうとしていたアランの手がぴたりと止まる。

 そう、少女なのだ。

 

「奥様! 大丈夫でごぜえますか!?」

「大丈夫よ、ユーリア。それより旦那様に……」

 

 アランと少女のもとへ、マデレーネは駆け寄った。

 腕をつかまれた少女は青ざめた顔をしかめてふるえている。褐色の肌とくすんだ灰の髪に朱色の瞳をもつ彼女は、見たところ十にもならないくらいだろう。

 マデレーネがつけていた髪飾りを、ふところからおそるおそると取り出した。

 先ほど、わざとぶつかった際に、盗み取ったのだ。

 

「……ごめんなさい……」

 

 マデレーネはほほえみ、少女の髪を撫でた。

 

「君が狙われたのだぞ」

「ええ、わたくしが一番ぼんやりしていると思われたのでしょう」

「いくら子どもだからとはいえ……」

「いいえ、子どもだからだけではありませんわ」

 

 許す気はないと告げようとするアランの言葉を制し、マデレーネはおちついた声で言った。

 

「あなた、お名前は?」

「……レイラ」

 

 いくぶんかの逡巡のすえに、少女はレイラと名乗った。大きな布を頭からかぶり、腰を紐で縛ったような衣装は薄汚れており、唯一右腕につけた赤い石の腕輪だけが装飾品といえた。

 

「そう、レイラ」

 

 マデレーネは笑顔で呼びかけると、レイラの目線に合うよう身を屈めた。

 そして、レイラの差しだす髪飾りを手に取ると、それをレイラの灰色の髪に留めてやった。

 

「お誕生日、おめでとう。これはわたくしからのプレゼントです」

「――……!!」

 

 アランが何か言おうと口を開きかけた――その言葉は声にならなかった。

 レイラが、わんわんと泣き出したからだ。

 

 呆気にとられて眺めるアランとユーリアをふりむき、マデレーネは笑う。

 

「悪い子ではありません。なにか事情があるのでしょう」

「……どうして……」

 

 アランが問いたいのは「どうしてわかったのか」ということだ。あまりにも幼いレイラの表情や態度を見れば、彼女が根っからの悪人ではないことはさすがに理解した。なにかやむにやまれぬ事情がありマデレーネの髪飾りを狙ったのだろうということも。

 だがマデレーネは、レイラが何も言わず、感情を表さないうちから彼女の心を見抜いていた。

 

「ぶつかる前にも、ごめんなさい、と言ってくれましたから。それに、彼女の外見は我が国のものではありません。南方からやってきた隊商の一員でしょう。大陸のはるか南には、褐色の肌と白銀の髪を持つ一族がいる、と」

「なるほど、衛兵に通報すれば、隊商全員がお咎めを受けるか」

「彼女らの一族はすぐれた暦の知識を持ち、めぐる季節に意味を持たせます。そして生まれた日によって、ひとりひとりが異なる腕輪を自分のために造り、誕生の日に腕を飾る」

 

 アランはレイラを見た。

 ようやく泣きやんだレイラはきょとんとした顔でマデレーネを見上げている。小さな頭に止められた髪飾りはずりおちてしまいそうで、マデレーネは苦笑した。

 

「……金が必要なのか?」

「事情は屋敷で聞きましょう」

「つ、連れてえるのですか?」

 

 尋ねるユーリアにマデレーネは当然の顔で頷く。

 

「隊商は品物の搬入のあいだ宿をとったり、提携する商会の寮を使うものですが、この子はあぶれてしまったのでしょう。そうでなければこのような姿で大通りにいるはずがありません。困ったものです」

 

 もしこれがノシュタット領であれば、マデレーネは即座に状況改善のため行動しただろう。

 だが王都は人の出入りが激しすぎるし、マデレーネが治めているわけでもない。できることといえばレイラを保護するくらい。

 

「買い物は切り上げて、屋敷に戻りましょう」

 

 マデレーネは手を差し出した。その手をぼんやりと見つめてから、アランがハッとしたように腕を出す。

 ユーリアはレイラの手をとってやった。土埃に汚れてはいるが、ふんわりとして、あたたかな子どもの手だ。その手に故郷の弟妹を思い出してしまい、ユーリアの警戒心はあっという間にゆるんだ。

 

「仕方ねえですだね……」

「ふふ、ありがとう。それから、旦那様」

 

 あくまでもおちついた表情で、マデレーネはにこりと笑う。

 

「マデレーネとお呼びください、旦那様。わたくしはもう姫ではありませんから」

「姫?」

 

 首をかしげるレイラに、「屋敷に戻ったらきちんと自己紹介をしましょうね」とマデレーネは頷いた。

 その隣では、反射的に昔の呼び名を使ってしまったことに気づいたアランが、顔を真っ赤にして立っていた。

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