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3.きらびやかな組合屋敷

 組合ギルドを訪ねると大工はすぐに紹介された。

 

 組合屋敷は石塀をめぐらせた堂々たる構えで、門から正面玄関に続く小径は石畳になっており、屋敷の中央の窓にはステンドグラスすら掲げられていた。

 大工の組合であるから技術を惜しげもなく見せつけるのは当然としても、『貴族様のお屋敷』なみである。事実、王都の建築士や大工は宮殿の改修を行うこともあり、中級貴族並みの待遇を与えられているのだ。

 ぽかんと口を開けて眺めているユーリアの前で、アランと男が修繕について語りあっている。

 

「冬にむけた修繕が一段落したところですから、ちょうどみんな手があいておりやすよ。みんなでかかりやしょう」

 

 副組合長であるという堂々とした体格の男はホッグと名乗り、胸を張ってすぐに請け負った。

 

「ただし一つ。冬は日が短い。期間は長くかかります。そのぶん金もかかりますぜ」

「良心的だな」

「そりゃあね、あとから文句つけられても困りますんで」

 

 北部領出身のアランには男の危惧するところが理解できた。南からやってきた貴族たちに、日照時間の差を考慮に入れずに不満を言われたのかもしれない。そうでなくとも冬は寒さや雪の影響で運搬費なども余計にかかる。

 あくどい者ならば、何食わぬ顔で引きうけて余分に費用を請求することもあるだろう。

 

 ホッグは考えられる問題をあらかじめ提示した。だから良心的だと言ったのだ。

 嘘は言わないが媚びへつらうわけでもない、職人然とした態度は好感が持てる。そしてホッグからしても、アランは信頼に足る雇い主に見えたようだ。

 

「旦那はよくおわかりのようですから、あたしらも安心して仕事ができそうだ」

「ああ。費用は気にしなくていい。それよりも早く屋敷を人が呼べるようにしてほしい」

「合点です。ノシュタット様のお屋敷ですね。えぇと、奥様はなにかご希望が……?」

 

 ホッグの視線がマデレーネにむいた。

 

「わたくしは皆様にお任せしますわ。どうぞよろしくお願いいたします」

「こりゃあどうも、ご丁寧に……もったいないことで。大船に乗ったつもりでお任せください。あたしら、宮殿の改装を請け負ったこともございますからね」

 

 ほほえむマデレーネにホッグは顔を赤らめながら頭を掻いている。

 

「では、頼んだぞ」

「承知しやした。明日からさっそく参りやしょう」

 

 出入り口へ向かいかけ、アランが懐から小袋を取り出した。テーブルに置かれたそれはずしりと重い質感を持つ。

 前払い金ならすでにたっぷりと渡した。

 不思議そうにホッグが持ちあげるのに、

 

「追加の酒代だ」

「へえ、これはこれは」

「せいぜい立派な領主様からのご依頼だとでも吹き込んでおいてくれ」

「ありがとうごぜえやす。たしかに」

 

 小袋を押し頂くようにして深々と頭をさげるホッグに頷き、アランはマデレーネを伴って外へ出た。

 

   *

 

 屋敷の修繕の依頼を済ませたアランとマデレーネは、今度はホッグに紹介された植木職人のもとへ行き、庭の手入れを頼んだ。

 そこで売られていた花や種を眺め、語りあう二人はたしかにデートしていると言えなくもない。

 しかし、少し離れた場所に控えつつ二人の様子を眺めていたユーリアは、だいたいの会話の内容がわかる気がした。

 

「これは新種のにんじんですわ……! 甘みゆたか、煮てやわらかい」

「そうか」

「大根の皮は香辛料を添えて酢漬けにすればピクルスになります」

「そうか」

「まあ、このお花は食べられるそうです」

「そうか」

 

 ……大方そんなところだろう。アランの口がさっきから同じようにしか動いていない。

 なぜかわからないが、マデレーネは農作物に異常に詳しい。リュフから聞いたマデレーネの過去を考えあわせれば母妃から学んだに違いないが、それにしては実感を伴いすぎている。

 マデレーネは、虫や蛇にも怯えない。土中から芋虫がコンニチハしても「あら、ごきげんよう」と笑顔で返せる胆力の持ち主である。

 

(マデレーネ奥様は王都で……宮殿で生まれ育ったんだべよな)

 

 ちらりと遠目に通りすぎただけで、広すぎる庭のせいで宮殿自体はほとんど見えなかったが、あれだけの土地が整備されていることがユーリアにとってはすでに驚きだった。ユーリアの村ならすっぽりと入ってしまうだろうし、宮殿には部屋が何百もあるとか。

 だが、しかし――。

 

(奥様はいってえ、どんな生活を送っていらしたんだべか……?)

 

 マデレーネにはじめて会ったときに感じた疑問。

 いま、マデレーネの生まれ故郷を訪れたユーリアは、ふたたびその疑問に首をかしげざるをえなかった。

 

   *

 

 一方、マデレーネもまた、首をかしげていた。

 屋敷と庭の手配は終わった。次は内装や調度品である。

 

「俺が選べば機能性重視にしかなりません。あなたに選んでいただきたい」

 

 アランからはそう言われていた。

 

(どちらのお店に行こうかしら……)

 

 種の並んだ店を出て、馬車へむかって歩みながら、マデレーネは悩んだ。

 家具類は、ノシュタット領で目当てをつけ、実際に屋敷を見てから送ってくれるように手はずを整えてあった。だが晩餐会のための食器やカトラリー、それに各部屋に飾る鏡や細々とした道具は、王都で買わねばならない。アランの衣装、マデレーネのドレスや装飾品もそうだ。

 

 王都には大きな商店がふたつある。

 一つは、フォルシウス公爵家の庇護を受けるダグマル商会。

 もう一つは、ダルグレン侯爵家の庇護を受ける、サンシエール商会。

 

 このふたつの商会は日に日に勢力を拡大し、静かに火花を散らしあい、いまや王都の商店はどちらかの販売網に与することを余儀なくされているという。

 

 マデレーネの背負っていた借金はフォルシウス公爵家から借り入れたものだ。イエルハルトが頼るのもフォルシウス公爵家。義理を通すのであればダグマル商会から買い入れをするべきだろう。だが、アランの心境を思えば、フォルシウス公爵家やダグマル商会には近づきたくないに違いない。

 カイルからの手紙には、近ごろダルグレン侯爵家の御令嬢と親交を深めているという話があった。それを理由に、ダグマル商会ではなくサンシエール商会から買い入れてもおかしくはない……かもしれない。

 

(でもイエルハルト様はお怒りになるでしょうね)

 

 考えこんでいるうち、いつのまにかアランの腕から手を離してしまっていたらしい。

 

「奥様! 奥様!」

 

 呼びかけられて顔をあげると、数歩先にユーリア。そのさらに先にアランが、マデレーネをふりむき、どうしたのかと様子をうかがっている。

 

「あら、申し訳ありま――」

 

 マデレーネが小走りに駆け寄ろうとした、そのときだった。

 

「~~――……」

 

 囁き声がした、と思ったら、背中にどんと衝撃を覚えた。

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