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1.王都到着

第二章が書きあがってから連続投稿する予定でしたが、忙しくなってきてしまい間があきすぎたので、冒頭部分だけ投稿します…。

 王都へむかうマデレーネたちを、北部から追いかけるように冬がやってきた。ノシュタット領から持ち込んだコートを羽織り、一行は寒さに備える。

 だが、馬車の中では、寒さとは無縁そうな人間がふたり。

 

「相かわらずなのか?」

 

 リュフが尋ねるのにユーリアは頷いた。その表情には「さすがにいくらなんでも……」という微妙な心境が現れている。

 

「おふたりとも、目が合うと真っ赤ですだ」

 

 ノシュタット領から王都までの道のりは、およそ半月。日中は馬車で移動し、夜は宿をとる。騎馬で行くと言い出したアランを止めてマデレーネと同じ馬車へ押し込んだのが、ユーリアが見たスウェイの最後の仕事だった。

 ふたりの状況は、サン=シュトランド城を出たときからまるで変わっていない。

 

 宿は律儀に二部屋とり、別々に寝ていた。馬車の中では互いに読書をしているらしい。

 だが、そんな生活ももう終わりだ。さすがに関係は変化するだろうとユーリアは期待している。

 

「旦那様、奥様、じきに屋敷へつきますだ」

「ありがとう、ユーリア」

 

 馬車へ声をかけると返事があった。声色はおちついている。

 

「屋敷の準備はできてるんだよな?」

「へえ。もう何年も使っとらんで、使用人もいねえようになっとるんで、口入れ屋から人を雇ったと。掃除やら部屋の支度やらはすんどるそうです」

「で、俺たちが行って、晩餐会にむけて準備をすればいいわけか」

 

 リュフの言葉にユーリアは頷いた。

 

 王都は、広大な王族領と宮殿、その周囲に群れるように身を寄せる貴族の別邸、商家、工房、居住地、雑多な区域などからなる。飢饉の折りには多数の被害を出したが、いまは持ち直し、人口も年々増えている。

 

 そんな王都の喧騒を遠目に、田園風景に近い外れにノシュタット家の別邸はたたずんでいた。重厚な煉瓦造りのいかめしい建物の周囲には、最低限の馬車停めがあるだけで、風雅な庭園があるわけでもない。

 アランほどの王都嫌いではなかったが、ノシュタット家の面々が王都へやってくることは少なかった。彼らは土着の貴族であり、領主として領地の発展に精魂を傾けていたからだ。

 

 馬車の気配を察知して、別邸から使用人たちが姿を現した。夕闇の中で見る屋敷はものものしい様式なだけに粗が目立った。煉瓦が欠け、屋根が剥がれかけている部分もある。

 この屋敷に人を呼ぶとなれば、改築が必要かもしれない、とアランとマデレーネは顔を見合わせる。

 

「とにかく、中へ入ろう。長旅で疲れただろう」

「ありがとうございます」

 

 アランが腕を出すのにマデレーネが手を差しのべる。

 やるべきことに直面したおかげで、当面の戸惑いは消えたらしい、と頼もしいのだか残念なのかわからない主人たちをリュフとユーリアは見つめた。

 

 だが、事はそれで終わったわけではなかった。

 

「こちらが旦那様と奥様のお部屋になります」

 

 執事がわりの管理人――ロブ・ジャンが壮年の顔にうやうやしい表情をのせてふたりをひき連れていったのは、主人のための寝室。

 止める間もなくふたり分の荷物がどんどんと運び込まれていく。

 

「こちらが浴室、こちらがクローゼット。リュフ殿とユーリア殿の控え室はこちらに。おふたりの部屋は地下にも別にあります」

 

 説明を進めていくロブはその『旦那様と奥様』がふたたび真っ赤な顔でかたまってしまったことには気づかなかった。

 

 

***

 

 

 すっかりと支度を整えられた部屋には、重苦しい沈黙が立ち込めていた。

 リュフはすでにいない。料理長である彼は「厨房を見てこなくちゃな~」と妙に陽気な声で出て行ったかと思いきや、そのまま戻ってこなくなった。

 書き物机にむかいながら、手は何も動いていないアラン。ソファに腰かけ本を読んでいるようで、やはり手は何も動いていないマデレーネ。そんなふたりに声をかけることもできないユーリア。

 寝室にいるのは、その三人だけであった。

 

 心細さと同時にふがいなさを感じながら、ユーリアは故郷でこちらの様子を心配しすぎているに違いない執事の顔を思い出した。

 

(スウェイさんならどうするだべか……)

 

 いや、どうもしようがないのだ。スウェイならば、内心では心配のあまり駆けまわりそうになりつつ、表面上はどっしりと構えているだろう。

 

 この屋敷を管理してくれていたロブと、ロブ直下の数人の使用人以外は、王都訪問のために雇い入れた人々である。そしてロブも、領地の本邸と最低限の連絡はとっているものの、細かいことは知らない。

 アランとマデレーネが本邸では別室で暮らしていたことや、絶妙のタイミングで互いを意識しあってしまったために同室の場では挙動不審になることなど、知らないのである。

 

 部屋を分けてくれとは言い出せない。

 別邸の、とくに新しく雇われた使用人たちはノシュタット家に仕えている意識が薄い。彼らの口からどんな噂話が伝わるとも限らない。結婚の披露目をしようとしているノシュタット家にとって、夫婦仲が冷え切っているらしいという憶測でも流れたらたまったものではない。事実はその逆、いまが一番アツいときなのだから。

 

「あら、もうこんな時刻です」

 

 マデレーネが本を閉じて立ちあがった。声に若干のふるえがあるものの、アランもアランでいっぱいいっぱいなので気づくことはなかった。

 

「旦那様、そろそろお休みになられては」

「ああ……そうだな」

 

 アランも立ちあがると、ベッドへ歩みかける。

 主人たちが寝入ったのを見届けたらユーリアも灯りを消し、自室へ引き下がる。それで今日の一日は終わり。

 明日から、披露目の晩餐会に向けて、忙しい日々が始まる――。

 

 と、考えていたところで。

 

「……俺は客間で寝る」

 

 アランがぴたりと足を止めると、扉へむかうではないか。

 マデレーネは複雑そうな表情でなにも言わない。これまでのマデレーネの態度を考えれば、アランの意見に逆らうことはほとんどないのだ。わざわざ止めるのもおかしい。それではいっしょに寝たいことになってしまう。

 

「けんど、旦那様」

「見つかるようなヘマはしない」

 

 マデレーネが言えぬならとかけようとした声は、ぴしゃりと遮られてしまった。

 それ以上何も言えず、マデレーネとユーリアは廊下へと消えるアランを黙って見送った。

 

「ユーリア……」

 

 ぽつりと小さな呟きが落ちる。

 

「わたくし、旦那様に嫌われているのかしら……」

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