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【WEB版】売られた王女なのに新婚生活が幸せです (旧タイトル:貧乏王女は兄の命令で成り上がり子爵に嫁ぐ)  作者: 杓子ねこ
第一章 北部領編

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33.王都へ

 晩餐会からひと月後。

 

 カイルはなんとも言いようのない表情でイエルハルトを前にしていた。

 執務机の椅子にふんぞり返ったイエルハルトが読んでいるのはセルデン伯からの手紙だ。その内容はだいたい予想がついていた。

 

 セルデン伯からイエルハルトに手紙が届くより数日前に、カイルのもとにはマデレーネからの手紙が届いている。王都へ戻ってきたヨハンが晩餐会の報告とともに渡したものだった。

 ヨハンの報告からもマデレーネの手紙からも、晩餐会は大成功に終わったことがよくわかった。北部領におけるノシュタット領主と周辺領主たちの長年の確執は、見事に拭い去られたらしい。これからは王都も北部領の品で賑わうでしょうとヨハンは語った。

 

 そのことを手放しでよろこぶわけにはいかなかった。

 マデレーネの幸福は兄イエルハルトを苛立たせるものであることを、カイルはよく知っていたからである。

 

 セルデン伯からの報告を見たイエルハルトが激昂してどんな態度をとるか。

 それがカイルの懸念であったのだ。

 だが。

 

「カイルよ、マデレーネの企みは成功したようだ。北部領はノシュタット家を中心に一致団結しそうだとセルデンは言っている」

 

 手紙を読み終えたイエルハルトの口元に浮かぶのは、カイルですら背筋が凍るような薄ら笑い。

 

「よかったじゃあないか。マデレーネにとってもあいつの母親にとっても因縁の地だ。居場所が見つかったようでなにより」

「はい……そのとおりで」

 

 イエルハルトの言葉はカイルの気持ちを代弁している。マデレーネはかの地で幸せに暮らすことができるだろう。

 不可解なのは、なぜそのことをイエルハルトがよろこぶのか、だ。

 心臓が嫌な音を立てる。マデレーネの真心が伝わって兄が改心した、などとは思うまい。なぜならこの兄は、エリンディラ妃がなくなってからの十年間、マデレーネのそばで暮らしながら彼女に心打たれなかった唯一の人間なのだから。

 

「マデレーネを王都に呼べ」

「な……!? そんな、せっかくマデレーネはノシュタット家で……」

「何を勘違いしている。もちろんノシュタットもだ。北部領の貴族たちへの顔合わせを終えたのだ、今度はノシュタットが王都へきて王家や中央貴族に挨拶をする。それが筋だろう?」

 

 イエルハルトは変わらず笑みを浮かべている。だが細められた目の奥に見える光は氷のように冷たかった。カイルにはその真意が読めない。

 イエルハルトの言うことは正しい。イエルハルトやカイルもアランに会ったことはない。マデレーネともども顔を見たいと思うのは普通のことだ。だから、背筋の毛が逆立つような不安を感じていても、口答えをするわけにはいかない。

 

「そう……ですね。わかりました。そのように伝えます」

 

 汗の浮かんだ額をさげ、カイルは礼をした。

 

(早く、早くダルグレン侯爵と話をしなければ……)

 

 言い知れぬ焦燥を抱えながら、カイルは執務室を後にした。

 

 

***

 

 

 そのころ、旅の疲れを癒すための休暇を終え、ヨハンは宮殿へと復帰していた。

 今度のことでヨハンは第二王子カイルの目にとまり、ふたたび宮殿の厨房へ料理人として出仕することが認められた。王女の晩餐会の指揮を執ったのだ、打ち捨てておけば王家の面目にも関わるというカイルの判断だった。

 だがすでにヨハンの心は宮殿の名誉にはない。

 

(北部の料理も覚えた。町の料亭にでも雇われるのもいいかもしれない)

 

 実のところ、晩餐会に出席していた北部貴族たちは、ヨハンをこぞって料理人に迎えたがった。彼らは王都にも屋敷を持っている。そこでの夜会でヨハンの料理を、というわけだ。社交シーズンだけでもよい、という条件を付ける家もあった。

 中央貴族からは相変わらずそっぽを向かれているが、やっていけそうな自信が芽生え始めていた。

 

 そのとき、やってきた料理人たちが、窓の外の王都を眺めるヨハンに気づいた。


「よお、久しぶりだな、ヨハン」

「カイル殿下の命令で北部領に行ってたんだって? 大変だっただろう。あんな何もないところでは」

「芋を食うんだろう? お前も可哀想にな、昔の話をいつまでも引っ張り出されて……」

「だがイエルハルト殿下からは睨まれてるんだ。カイル殿下のご機嫌をとるしかないよな」

 

 にやにやと厭味な笑いをはりつけた彼らは、ノシュタット領でヨハンに何があったのかを知らない。彼らの目には、ヨハンはいまだに「選択を間違って落ちぶれた男」なのだ。今回のことはそれに、「昔のつながりで地方へ飛ばされた」という傷が増えただけ。

 ノシュタット領へ行く前のヨハンもそう思っていた。ノシュタット領を訪れたばかりのヨハンも。己の不運を嘆き、食材が少ないと怒り、お抱えの料理人リュフをバカにして……。

 

 反応を返さないヨハンに料理人たちは肩をすくめて目を見合わせた。

 あまりにも図星で言い返すことができないのだと受けとったのだろう。ひねた笑いのまま慰めるようにヨハンの肩を叩く。

 

「ま、元気出せよ。ショックなのも仕方ない。なんせ悪名高い〝成り上がり子爵〟だ」

「ああ。飢饉で食料の都合を打診した王家に、芋を送ろうとして怒りを買ったっていうな」

「え……」

 

 はじめてヨハンは同僚をふりむき、言葉を発した。

 

「なんだよ?」

「今の話は本当か?」

「知らなかったのか? そうか、あのころお前はもう厨房にいなかったからな。ノシュタット領は最初に飢饉から復興したろ。おれたちは食材を求めた。だがあいつらは芋を送ろうとして……」

「そうそう。イエルハルト殿下を激怒させ、軍を送り込むとまで脅されてようやく隠し持っていた小麦を出した」

「隠し持って……」

「そうとしか思えないだろ? 飢饉だというのにあれだけ他領にも小麦を売ったんだから。その後も何度か芋を送りつけてきやがったけどな、お前じゃあるまいし誰が宮殿の料理に使うかよ」

 

 笑い声をあげる彼らはすでに気のいい仲間の仮面をかなぐり捨て、ヨハンへの軽蔑をあからさまにしていたが、ヨハンは気にならなかった。

 それよりも彼を打ちのめしたのは、それほどまでの頑なさ。

 

(ノシュタット家が成り上がったのは、小麦を売りつけたから……だが、ノシュタット家は小麦を売りつけるほかなかったのだ。小麦を欲しがったのは王都や周囲の領主だったんじゃないか)

 

 そのあいだ、アランも、城の使用人たちも、領民も、皆が芋を食べて暮らしていたのだろう。小麦しか認めぬ高慢ちきな連中に少しでも食糧を送ってやるために。

 

「おれは何も知らなかったのだな……」

「おお、反省したか? ヨハン。さすがのお前にもわかっただろ――」

 

 肩に置かれた手に力がこもる。

 引き寄せようとする力に逆らい、ヨハンはその手を払った。

 

「エリンディラ妃が……! マデレーネ姫様が、ノシュタット領の人々がどんな想いであれを食べたか……!!」

「なんだお前……!」

 

 ヨハンの手が相手の肩をつかみ返す。勢いよく押されてよろけた男は笑みから一転して目を怒らせ、ヨハンに殴りかかった。

 

(もういい。宮殿に未練はない。おれはここから去る)

 

 拳が迫るのを睨みつけながら、ヨハンも腕をふりあげる。

 二人のあいだに影が飛びこんできたのは、そのときだった。

 

「バカ野郎ッ!! お前ら、さっきから呼んでるのが聞こえなかったのかよ!! 早く頭をさげろ!!」

 

 大声で叫ぶのは先ほどヨハンに話しかけてきたうちの一人だ。ヨハンや相手よりも階級は上。

 その男が、引きつった顔で視線を走らせる。ヨハンもそちらへと目をやり、男の言葉の意味がわかった。

 

 亜麻色の髪の男が、従者をひきつれて立っていた。ウェーブがかった髪と琥珀色の瞳が調和をなし、整った顔立ちをさらに引きたてている。男は口元をゆるくたわめ、気分を害している様子はない。しかしその服装や物腰から、彼が貴族であることは一目でわかる。

 ヨハンと相手はあわてて身を離し、道を開けると、跪いた。

 

「申し訳ありません!」

 

 普段ならば厨房付近のこの場に貴族はやってこない。いったいなんなのかと訝しむヨハンの前へ、男は歩みを進め、そして言った。

 

「君がヨハン・バルリだね? マデレーネ王女の晩餐会を取り仕切ったとか」

 

 マデレーネの名にヨハンは顔をあげた。

 やさしい、それでいてどこかとらえどころのない笑みを浮かべ、男はヨハンを見下ろしている。

 

「私の名はハーシェル・ダルグレン。侯爵位をいただく者だ。君を我が家で雇いたい」

 

 

***

 

 

 ――それからさらにひと月後。

 

 イエルハルトとカイルの連名でもたらされた書状に、ノシュタット家の使用人たちはふたたび多忙を極めていた。

 なにせ、すぐにでも王都へ参上し、サン=シュトランド城で行ったよりも盛大な披露目の晩餐会をひらけというのである。会にはマデレーネの兄としてイエルハルトもカイルも参加する旨が書かれていた。

 

「リュフとユーリアはともに王都へ。スウェイとベルタは残れ。領地と城はお前たちに任せる」

 

 アランの指示に、使用人たちは「はい」と返事をする。だがユーリアは隣からの不穏な気配を感じ、ガタガタとふるえていた。

 

(スウェイさん…無表情ですけんどものすげえ落ち込んでいなさるだ……!)

 

 当主となってから、アランが王都へのぼるのははじめてのこと。つまり、スウェイがアランと長期間離れるのもまたはじめてのことであった。

 王都までは往復二か月、むこうで晩餐会を行うならばまた準備に半年はかかる。

 

「そんなに怖がらなくていい、ユーリア。別に王都の人間がお前をとって食うわけじゃない」

「えっ!? いやっ、あっ、はい、すみませんですだ!!」

 

 そうじゃない、と首をふりかけてユーリアは口をつぐんだ。

 ふるえの原因は隣のスウェイから伝わるおどろおどろしい悲しみの念なのだが、アランにそれを説明することはできない。

 

「では、出立の準備を頼んだぞ」

 

 管財人や出入りの商人たちへも指示をすべく、アランはさっさと執務室を後にする。ぱたん、とドアが閉まるなり、ユーリアはスウェイにむきあった。

 

「あの、スウェイさん、元気出してくだせえ。おら手紙を書きますだ。アウロラ先生のレッスンが受けられねえんで、奥様が手ずから教えてくださることになったんだす」

「そうか……では、毎回三十行は旦那様のことを書いてくれ」

「さっ、三十行!?」

「忘れないようにメモをとるといい。日付、旦那様がなにをどうされたか、その理由、方法等、なるべく詳しく」

「ひええ~……」

 

 目をぐるぐるとまわして倒れてしまいそうなユーリアに、リュフとベルタは憐みの視線をむけた。

 とはいえ、はじめての領主の留守だ。こまめに情報が欲しいのは城に残るベルタやほかの使用人たちも同じ。

 

「がんばってね、ユーリア」

「おれも手伝ってやるからよ」

「ええ。なにかあればすぐに知らせてください」

 

 領地と王都で、彼らの主人を守ること。

 互いの表情にその意志を確認し、使用人たちは頷きあった。

第一章「北部領編」、これにて完です。お読みいただきありがとうございました!

感想や評価、ブクマ、いいね等々、リアクションがいただけるのが嬉しく、いいペースで書き続けることができました。


書きためがなくなってしまったので、更新はしばらくお休みとなります。

第一章で過去の諸々が明かされたので、第二章は王都でイエルハルトに立ち向かってゆく話になると思います。

お待ちいただければ嬉しいです。


面白い!と思っていただけたら、ブクマ&評価(↓の☆☆☆☆☆を押すと評価できます)で応援していただけると嬉しいです!

よろしくお願いします…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・いろいろわかってきたヨハン。就職先も決定! [気になる点] ・イエルハルトがどんな策をしかけてくるか! [一言] 一難去ってまた一難ですね…
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