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【WEB版】売られた王女なのに新婚生活が幸せです (旧タイトル:貧乏王女は兄の命令で成り上がり子爵に嫁ぐ)  作者: 杓子ねこ
第一章 北部領編

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30.晩餐会の成功

 ゴード男爵は立ちあがり、がばりと腰を折った。

 

「あの、申し訳ありませんでした!」

 

 腕を組んだアランとマデレーネが招待客たちの席をまわり、再度言葉を交わしていたときのことだった。近づいてきた二人にゴードは謝罪をした。アーネスもなぜかおろおろとした顔で一緒に立ちあがっている。

 

「お気になさらないでください。わだかまっていた気持ちを教えてくださったからこそ、わたくしも自分の想いを伝えることができたのです」

「……」

「アラン様?」

 

 マデレーネが不思議そうにアランの顔を覗き込む。

 アランは先ほどまでのほほえみを消し、ゴードたちのよく知る仏頂面に戻っていた。いや、それどころか、普段の冷徹でつかみどころのない表情よりもはっきりと不機嫌を表している。眉は寄せられ、視線を合わせようともしない。

 

「どうされたのですか?」

「……心配しなくとも、ゴード領との通商を妨害したりはいたしません。ですがにこやかに応対もできない」

 

 低い声で告げられた言葉に、喜べばよいのか怯えればよいのか。先ほど思ったとおり、マデレーネの方針に従い、ノシュタット家とゴード家が対立するようなことにはならない。

 が、アラン本人からは嫌われてしまったようだ。

 そんなアランの対応にマデレーネの眉が心もちあがる。

 

「アラン様、おもてなしの気持ちは……」

「客の面前で妻を侮辱されたんですよ。笑っていられるほうがおかしいと思いませんか」

 

 たしなめようとしたマデレーネを遮り、アランはきっぱりと告げた。

 

「……」

 

 聞き様によっては対面上メンツの問題ともとれるが、それにしてはやはり感情がこもりすぎていた。

 マデレーネは何か言いかけたまま動きを止めてしまう。

 と思えば、みるみる頬が赤く染まっていく。

 

(……あれ、なんだろう。嫌われたはずなのに、いま盛大な惚気を見せられているような気が?)

 

「いやあ、それにしてもマデレーネ様のご用意された料理はさすがでした。タルトも、甘藷のほんのりとした甘みと爽やかさが果実の甘酸っぱさをひきたてて」

 

 微妙な空気で黙り込んでしまった三人を見かねたアーネスが助け舟を出す。(ありがとう)とゴードは心の中で呟いた。

 マデレーネもぱっと顔をあげて目を輝かせる。

 

「そうおっしゃっていただけると嬉しいです。旦那様は甘いものが好きで、タルトをおかわりされることもあるのですわ」

 

 ねえ、と同意を求めてアランを見るマデレーネ。視線を逸らすアラン。

 結局その答えは聞けぬまま、「では」と会釈をすると二人は次の席へ行ってしまった。最後まで惚気を聞かされたような気分のゴードは無言で二人のうしろ姿を見送る。

 

「なんか……雰囲気変わったな……」

「……当然なのではないですか。マデレーネ様と暮らしていらっしゃるのだから」

「そう言われれば、そうですね」

「いいこと……なのでしょう。きっと」

 

 席に座りなおしながら、ゴードとアーネスは頷きあった。

 

 *

 

 その夜、宴の席は晩夏の空が白み始めるまで続き、人々の笑い声が途切れることはなかった。北部領の興隆という共通の目標を得た彼らにとって、晩餐会の場は何を語っても楽しい席だった。

 唯一の例外はセルデン伯である。表面上の笑顔の裏で、彼は得ることのできなかったノシュタット領の利益を何度も思い返していた。

 

 宴の空気を避け、壁の花を装うセルデンに、人影が近づく。

 

「セルデン伯爵」

「マデレーネ様」

「飲み物でもいかがでしょうか」

「ありがとうございます」

 

 差し出されたミント水を受けとり、セルデンは一息に飲み干した。爽やかなハーブの香りが身体の中心を吹き抜けていく。

 しかし心の闇が拭い去られることはなく、セルデンは口の端を歪めて笑った。

 マデレーネのまなざしはセルデンとの対話も求めていたが、それが受け入れられないであろうことも彼女はわかっていた。

 

(今は、まだ)

 

 けれど時間をかければ必ず、とマデレーネは信じている。

 純粋なマデレーネの面差しを蛇のようにねめつける視線で見上げながら、セルデン伯はうやうやしく礼をした。

 マデレーネもまた穏やかなほほえみを返す。

 

「アラン殿やあなたがなんと言おうと、あなた方は成功者だ。私らよりも上に行こうとなさる。いずれ我々を見下すでしょう」

「わたくしは、いまのままで十分に幸せです。きっとアラン様も」

 

 それきり、会話は途切れた。

 明るい賑わいに包まれた広間の片隅で、二人はしばし、沈黙の時を過ごしたのだった。

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