2.旦那様との対面
サン=シュトランド城は飾り気のない山城で、周囲を城郭に取り囲まれた外観は人を拒否しているようであったが、マデレーネはどこか懐かしさを感じた。笑顔でいたとはいえ、宮殿での生活に疲れていたのかもしれない。
イエルハルトの命令で、マデレーネは身のまわりのものすら自分で買うことを許されず、母親の遺したドレスを手入れしながら着ていた。食事は彼の気分によって用意されなかったり、残りものだけが与えられたりした。
結婚を言いつけられてから翌日の出立であったが、もとよりマデレーネに私財といったものはほとんどなく、なけなしのドレスや宝石類まで持ち出しを禁止されたために嫁入りの荷は馬車一台に収まってしまうほど。マデレーネがようやく携えてきたのは母から譲られたティアラだけだ。
おかげで、といえるのか、ひと月はかかろうという道程も半分の期間で終えた。
バタバタと荷ほどきがされるなか、執事に連れられ、マデレーネはアラン・ノシュタット子爵と引き合わされた。
「アラン・ノシュタットです」
「マデレーネ・メルヴィ……いえ、婚姻は受理されましたから、いまはマデレーネ・ノシュタットと申します。マデレーネとお呼びくださいませ」
言いつつ、さげていた頭をあげると、マデレーネは思わず息を止めてアランを見つめた。
黒髪は清潔に整えられ、髪と同じ暗い瞳は怜悧な輝きを放っている。使い込まれた厚手の手袋をつけ乗馬用のブーツをはいた姿は領主というより軍人といったほうが似合いそうな、意志の強いまなざしを持つ男。
なによりマデレーネを驚かせたのは、彼がカイルと似た年頃、おそらく二十歳程と思われることだった。
若くして成り上がった、というものだから、てっきり昔の話だと思っていた。
実際に出会ったアラン・ノシュタットは、つい見惚れてしまいそうになるほどまっすぐな男ぶりだった。
「なにか」
ぶっきらぼうに問われ、マデレーネは視線を伏せる。
イエルハルトはアランを金で爵位を買おうとする男だと揶揄していたが、爵位のほしいがために愛のない結婚をするような男には見えない。
「申し訳ありません」
不躾とも言える視線の理由に、アランは思い至ったようだった。
「俺のことを何も知らずに子爵家へ来たのですか? どういう神経をしているんです」
「それは……」
呆れたようにため息をつくアランを見上げ、マデレーネは首をかしげる。
(アラン様も同じではないかしら)
使用人たちと違ってアランの態度は堂々としている。むしろ堂々としすぎているくらいだ。
人を寄せつけない空気をまとっているが、人嫌いというわけではないのだろう。その証拠に、使用人たちの顔色は生き生きと輝く。
やはり、どんな手を使ってでも公爵位を手に入れようとするような野心あふれる人間には見えなかった。
「あなたに一つ言っておくことがあります」
しかしゆるめようとした緊張に釘を刺すように、アランは顔をあげると真正面からマデレーネを見た。
「わかっていると思いますが、俺たちは互いの家の利益のために結婚したにすぎません。あなたを妻と思う気はない」
きょとん、とマデレーネの緑の目が見開かれた。
「……はい、存じております」
ややあって、驚きを押し隠し、マデレーネはしずかにほほえむ。
「ならいい。城では好きなように暮らしてください。侍女をつけますからわからないことがあれば彼女に尋ねて。あなたが誰と付き合おうと文句は言いません。金を使うことも止めません。執事のスウェイを通してくださればいい。だからあなたも、おれに干渉しないでください」
「承知しました」
最後の一瞥をくれることすらなく、アランは背中をむける。
「アラン様」
ふと大切なことを忘れていたことに気づき、マデレーネは呼びかけた。
アランの言ったとおり、この結婚は金ずくの、愛情などない結婚だと考えることにしよう。だが、アランの本心がどうであれ、国の窮地を救ってくれたことに変わりはない。
アランがふりかえる。
「ありがとうございます」
相手の顔が見えなくなるほど深々と、マデレーネは頭をさげた。当然アランの表情は見えない。
ややあって、止まっていた足音が動きだした。
マデレーネは顔をあげる。
視界には先ほどと同じ、アランの背中が見えていた。
***
マデレーネとの対面を終わらせたアランは、執事のスウェイを連れ、自室へと戻っていた。
億劫そうにソファに身を投げ出すアランにスウェイは片眉をあげる。常に感情を表に出さない主人は妻になった王女と顔を合わせても冷たくあしらったように見えたが、内心ではなにかしらの変化があったらしい。
ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱したアランが天井を仰ぐ。
「あいつ……俺を見て、当てが外れたような顔をしていた」
「当てが? 旦那様は若く将来も有望でいらっしゃる。借金のカタに売られたなら旦那様よりよい条件の夫はいないと思いますが」
「だからだ」
スウェイは若くしてアランに才覚を見込まれ執事となった。
そんな男ですら真意がわからず首をかしげる前で、アランは立ちあがると窓をひらいた。階下では馬車の荷が城へと運び込まれているが、最初から多くはない持ち物は大方片づけられたらしい。
困窮した王家だからとはいえ、身分は王女だ。普通ならばアランなど、話しかけるだけでも難しい。その王女に、王家は格式を示す何物も持たさず、最低限の護衛だけをつけて送り込んできた。
「彼女は王家に見捨てられている」
「!」
「マデレーネ本人もそれを理解している」
アランを見て驚いたのは、アランが彼女の想像よりもずっとまともだったから――本当に、何も知らないのだ。彼女が覚悟していた身分は、隠居生活を送る貴族の妾といったところだったのだろう。
「彼女はなんのためにそんな覚悟をしている? 多額の借金といい、いったいどうなってるんだこの国の王家は」
「アラン様……」
「おまけに、セルデン伯が動いてきたぞ。王女との婚姻ならば、盛大にお披露目があるのでしょうと。話を聞きつけるのが早すぎる。焚きつけた人間がいるな」
絶句するスウェイにアランは手をふった。
この年若き領主はこうして同年代のスウェイと話をすることを好むが、たいていの結論は自力で出してしまう。
「まあいい。俺はこれまでどおりの暮らしをするだけだ。言ったとおりだ。金は好きに使わせてやれ。なにかあれば知らせろ」
「はっ」
今回もすぐに冷静さを取り戻したアランに礼をして、スウェイは部屋を辞去する。
気づくとこぶしを握っていた手のひらには汗がじっとりと浮かんでいた。





