遅ぇんだよ!!
娘は既に息も絶え絶えだがここでヘタリこまれると助かる者も助からない。娘は返事をするのも苦しいのか頭をぶんぶん縦に振りながら俺の横を駆け抜けていった。
俺はすれ違う娘を追ってやってくる巨大な水牛を見据えた。改めて見ても異様なデカさだが……
「よし、あいつ……めちゃくちゃデカいけど、生き物として見れば確かに牛だ」
見た目は異様な姿かも知れないが基本骨格……生き物としての構造は牛のままだ。俺は巨大な生き物が猛烈に迫ってくるのに思ったより冷静なのが逆に不思議だった。何より俺はこいつを狩る為にここに来たんだ。
「よっし……」
俺は人差し指で【破壊王】のシャフトを叩きながらタイミングを見計らう。
「お前ら如何にもモンスターって顔してっけど、速さは80km/hも出てねえ。そりゃあ普通の象だって40km/hが限界なんだ、幾らタワーの中が理不尽でも動物の形してりゃあ自ずと限界もあるだろうよ。だがな、人間はバッティングセンターじゃ120km/hの球をホームランにする奴なんて珍しくもねぇぞ!」
俺は奴と接触するギリギリで……前足が浮いた瞬間にサイドステップをかます。どんなに化け物じみていてもその瞬間に方向転換は出来ない。そもそも奴は俺の後ろを逃げる娘にご執心で、俺なんて眼中に無い。
「おおおおぅりゃぁああ!!」
俺は奴とすれ違う瞬間、奴の後ろ脚の関節にPDのエネルギーリソースを使って増幅した筋力で【破壊王】をフルスイングした。
ーバキンンン……ドサザザァァァ〜ー
「ンウゴウゥゥゥゥゥ」
俺はフォロースイングの慣性でそのままその場で一回転した。全速力で突進していたアーマーバッファローは突然後ろ脚の支えを失い、そのまま地面に激突して身体を回転させながら止まっ……らなかった。
地面との摩擦で勢いが死んだ途端、後ろ脚が完全に折れてるにもかかわらず、即座に立ち上がって今度こそ俺の方に向き直る。
「凄えな……流石に一発かましただけで戦意ごと刈り取ろうなんて虫がよすぎたか」
起き上がってからの奴は、荒い息を吐きながら今度こそ最高レベルで警戒しているが……
「悪いがもうお前に勝ち目はねえよ」
俺は【破壊王】を構えつつ奴にゆっくり近づく。まだまだ油断は出来ないが瞬発力の要である後ろ脚をひとつ失ったままでは巨体を支えるだけでも大変な様だ。
「まぁ大人しく死ねっつっても無理だわな……いいぜ……最後まで付き合ってやるよ」
――――――――――
私は謎の声を頼りになんとか草原から抜け出した。今まで紫色のベールに覆われていた視界が開けた瞬間、私は安堵を感じながら声をかけてくれた人を探し、さほど苦労もせず少し先に立っている男性を見つけた。だが……そこに立っていた人物は、こう言っては申し訳ないが、とても高レベルエクスプローラーには見えない細身の青年だった。
多分私を助けるべく声をかけてくれたのはあの青年で間違い無いとは思うが、その姿は声からは想像も出来ない……なんと言うか“優男”と言っていい姿だった。頭には申し訳程度に“安全第一”と書かれたヘルメットをかぶり、手には長いハンマーを持ってはいるが……細身の体格やメガネを掛けた線の細い顔つきは、とてもタワーに慣れたベテランエクスプローラーには見えない。
私は不意に“自分の不始末”を、どう見ても肉体派には見えないあの青年に押し付けていいものかどうかためらってしまった。が、次の瞬間。
「バカヤロウ、遠慮してる場合か! さっさとこっちに来い!!」
青年は私のためらいを一喝した。
「ハイ!!スイマセン!!」
思わず謝ってしまった私は一直線に青年に向かって全力疾走を始めた。相変わらずスキル“気配察知”は、アーマーバッファローが既にかなり接近していることを告げてくる。今、走らなければどう考えても終わりだ。
最後の体力を総動員して走りながら目標の青年を見ると、青年は身振りで自分の横を通り抜ける様に指示しながら、
「そのまま後ろを見ずに丘の上まで駆け上がれ!」
と言った。私は……既に体力の限界だったので禄に返事も出来ず、数回頷くとそのまま青年の横をすり抜け、背後の丘を登りだす。
正直に打ち明けると……今しがたすれ違った青年が、あんな化物を食い止められるとはとても思えなかった。だが、今の自分があそこに留まっても何も出来ない。それに見た目は優男でもタワーに居るという事はあの青年もエクスプローラーなのだ。何らかのスキルや目眩ましの手段を持っているのかも知れない……
一瞬で頭を走り抜けた言い訳と自分の迂闊さに情けなくなりながら……とにかく今は走るしかなかった。
私は背後が気になりつつも足を止めずに丘を登る。“気配察知”には猛烈な勢いで近づくアーマーバッファローが今、正に青年と交差するのが感じられた!
『おおおおぅりゃぁああ!!』
その瞬間、背後から強烈な気合のこもった咆哮が聞こえた。直後、動画でみた交通事故の時の様な擦過音と微かな動物の呻き声が聞こえ、私は走らなければいけないはずなのに、思わず背後を振り返ってしまった。
「………ウソでしょ!?」
そこにはハンマーを振り抜いた姿勢のまま、アーマーバッファローへ向き直ったさっきの青年と生まれたての子鹿の様にヨロヨロと立ち上がるアーマーバッファローの姿があった。
えっ……何が起こったの? あの人、あの大っきなハンマーで殴った? アーマーバッファローを?? アーマーバッファローって確かライフル弾でも余裕で跳ね返す程硬いんじゃなかったっけ? それを……ハンマーで?!?
信じられなかった。確かに高位エクスプローラーならアーマーバッファローを個人で狩る様なスキルを持っている人も居るし、実際にユー○ューブなんかの動画サイトやSNSにはそういう動画を載せている有名人もそこそこ居る。
だけど……今もハンマーを振りかぶってアーマーバッファローを追い詰めている青年は、炎を巻き上げたり雷が奔ったりはしてない。ただ大型のハンマーをおもちゃのバットみたいに振り回し、装甲車みたいな怪物の身体を片っ端から砕いて回っているだけだ。
そうこうしてる内に……暫くは身体を捩りながら抵抗していたアーマーバッファローは既にその巨体を地面に横たえ、砕けた身体のあちこちから紫の体液を流して痙攣するだけになった。
その様子を慎重に見守っていた青年は、アーマーバッファローには既に反撃する力は無いと判断したのだろう……頭上に向けて一際大きくハンマーを振りかぶると、その巨体に見合う大きさのツノの間に振り下ろした。
その尖ったハンマーはアーマーバッファローの頭蓋を完全に粉砕したのだろう……一瞬の痙攣の後、アーマーバッファローは二度と動く事は無かった。
途中からだけど……一部始終を見た私は、助かった事への安堵でその場にヘタリこんでしまった。
最後にアーマーバッファローに向かって手を合わせていた男性は、私が座りこんでしまった事に気付いたのか……ハンマーを肩に担いだままこちらに向かって歩き出した。
もし続きが気になるようでしたら☆☆☆☆☆とか貰えたら嬉しいですm(_ _)m