税込¥5700也 ―破壊王―
「仕方ねぇな……予定変更だ」
俺は軽トラの幌を捲り上げ、今回持ち込んだ装備をひっ掴んで丘の下に向かった。
「やるぞPD」
『仕方ありません。訓練予定を繰り上げましょう……エネルギー転換増幅の設定をLV2まで引き上げます』
「頼む!」
俺は必要以上の大声でイヤホンマイクに返答しながら、持ち込んだ工事用ヘルメットに頭をねじ込み、今回の主要武器である【建築物解体用大型ハンマー】の腕貫に手首を通してしっかりとグリップを握った。
先端の尖ったハンマーヘッドの重量は8ポンド、強化FRP製のシャフトは全長900mm、滑り止めが付いたゴムグリップは抜群のホールド性を誇っている。極め付けに商品名が【破壊王】ときたもんだ。
「これで税込み5700円!! モノ○ロウ様々だぜ」
『本当は他の防具も装着するべきですが……仕方ありません。この一週間、私の本体で行ってきた訓練を良く思い出して下さい。まずは回避と防御を優先して、攻撃はLV2の筋力増幅率を以ってすれば何処に当てても確実に効きます』
「任せろ。これでもドッジボールは大得意だったんだ!!」
『………』
なんとなく呆れている様な雰囲気を感じながら……俺は紫の海をざわつかせてこちらに向かって来る気配にあらん限りの声で叫んだ。
「おい! 困ってるんなら俺の方に走ってこい!!」
「!!!たっ……助けてくださ〜〜〜い!!」
モンスターに追われているであろうエクスプローラーから返ってきたのは意外にも……女性? の声だった。
――――――――――
「もう嫌だ……一体なんでこんな……」
今、私が彷徨っているのは軽く自分の背丈を超える草が生い茂った天然の迷路だ。しかもアーマーバッファローと呼ばれる、全身を強固な外骨格で覆われた巨大な水牛が群れで生息している。
「やっぱり最初から私を囮にするつもりだったんだよね……」
島のギルドで自分でも出来る依頼を検索していた時、臨時メンバーを探していたパーティに安易に着いていったのが良くなかった。
アーマーバッファローは、こちらから攻撃しなければそれ程凶暴なモンスターでは無い。ただし一度外敵として認知されれば自分のレベルでは到底太刀打ち出来ない。臨時で組んだパーティにはエクスプローラーレベルCの人間も居たから大丈夫だと思ったのに……あいつらは親子のアーマーバッファローに牽制攻撃を仕掛けると、巧妙に親の標的を私に押し付けて自分達は子供の個体に向かって草の迷路に消えてしまった。
「だいたい父さんが悪いのよ。ノウハウも無いくせに探検者目当ての酒場なんて出来る筈ないじゃない!!!」
父さんは元々腕利きの漁師だった。だが、母が突然の病で倒れ、自分が漁に出て帰って来れない日々に悩んだのだろう。突然船を売払い、それを元手に酒場を始めたのだ。それからの父が昼夜を問わず看病と酒場の運営に駆けずり回っていたのはよく知っているが……結局母は帰らぬ人となり、酒場の運営も禄に経験の無い父には無理だったのだろう。あっと言う間に経営は傾いていった。
「でも、私も一緒か……」
甘い見積もりで一攫千金を夢見た私も父に大きな事は言えないだろう。なまじタワーが近くにあるから高校生のうちに探検者の資格を取得する者は佐渡ヶ島では珍しくない。
更に高ランクエクスプローラーが主催する初心者ツアーに参加した時、偶然“気配察知”のスキルブロックを手に入れた幸運も、今思えば運命の仕掛けた罠だったのかも知れない。
「大丈夫……まだスキルは使えてる。なんとか気付かれる前にテリトリー外に脱出すれば……」
“気配察知”は自分の周囲の生き物の存在を目視に頼らず認識出来るスキルだ。使い続ければ最後には疲労で使用不能になってしまうがスキルの使用を止めればたちまち怒り狂ったアーマーバッファローに追いつかれてしまうだろう。
「でも“気配察知”は相手の事が分かるだけでこっちの気配を消してくれる訳じゃ無いからなぁ……なんとかあいつが離れた隙に反対方向へ……」
その時、少し離れた所を移動していた筈のアーマーバッファローがいきなり動きを止めた。
「えっ……なんで止まるのよ……そのままあっちに行っちゃいなさいよ……」
だが、希望は叶えられなかった。出来る限り気配を消してじっとしていた私に、突然アーマーバッファローが向かって来たのだ。
「どうして……あっ! まさかここ風上なの?!」
奴は私が潜伏したと同時に風下に移動し、臭跡で追跡を続けていたんだ。駄目だ、このままだとあっと言う間にぺしゃんこに潰される!
「もう、いやーーー!!」
愚痴にもならない心底の本音が思わず口をつく……もう私に出来るのは力の限り逃げるだけだと覚悟を決めた時、
『おい! 困ってるんなら俺の方に走ってこい!!』
幻聴??こんな都合のいいタイミングとかあり得ない!! でも……このまま動かないなら幻聴も現実も結果は一緒じゃない!!
「!!!たっ……助けてくださ〜〜〜い!!」
私は声の方向に一目散に走り出した。
――――――――――
俺は紫色の草の海には入らず、草原の切れ目から少し離れた位置で逃げて来るエクスプローラーを待った。
勿論モンスターに追われている以上、ここに逃げて来る前に追いつかれるかも知れないが……見ず知らずの他人の為に視界の効かない草原に侵入する程俺はお人好しでは無いのだ。
はからずも“タワー”の実状を知ってしまった以上、力が及ぶなら他人を助けもするが、それも命あっての物種だ。
『積極的には賛成出来ませんが……』
こいつ……俺の心が読めるのか??
『来ます』
合図と同時に、高校生くらいの見た目の女のコが飛び出して来た。
「おいおい、なんであんな若い子がこんな所に一人で……」
草原から飛び出した娘は、すぐにこちらに気付いた。だが……そのままこっちに走って来たら良いものを、俺の姿を見て一瞬立ち止まりそうになる。まあ、ここまで散々“ダンジョン向いてない認定”された俺を見て不安になったのかも知れない。
「バカヤロウ、遠慮してる場合か! さっさとこっちに来い!!」
俺の大声にビクついた娘は瞬時に決断してこっちに向かって走りだした。その直後……
「…こいつは凄ぇ」
紫の草を割り開いて、同じく紫色の巨大な生き物が飛び出して来た。見た目のシルエットは正に水牛、だがその表皮はアルマジロを彷彿とさせる艶消しの鱗甲に覆われている。全高はほぼ紫草と変らないか少し高い。全体のボリューム感は象と変らない圧迫感を放っている。
「なるほど……これは初心者には勧められんわな」
『……逃げますか?』
「バカヤロ! 巨大モンスターが怖くてモ○ハン……もといタワーの破壊が出来るか!」
俺は、必死の形相でこっちに走って来る娘と巨大な水牛モドキに向かって走り出す。さほどの距離もなく娘とすれ違う時に短く指示を飛ばした。
「そのまま後ろを見ずに丘の上まで駆け上がれ!」
娘は既に息も絶え絶えだがここでヘタリこまれると助かる者も助からない。娘は返事をするのも苦しいのか頭をぶんぶん縦に振りながら俺の横を駆け抜けていった。
今回登場した【破壊王】ですが……実はそのまんまの商品がモノ○ロウさんで販売されております。興味(?)があれば是非検索してみて下さい(笑)
もし続きが気になるようでしたら☆☆☆☆☆とか貰えたら嬉しいですm(_ _)m