間章 エリクシル狂騒曲……③
更新遅くなって申し訳ありませんm(_ _)m
とうとう本作がローファンタジーランキングの四半期部門で6位まで上がってきました……
長いスパンでランキング入りさせていただけて本当に感無量です(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
「で、その探検者の身元は調べてきたんでしょうね?」
先日攻略された“佐渡ヶ島タワー”の詳細な報告を途中で遮った彼女は、自分が知りたい事だけを先に尋ねてきた。私は心の中で溜息を一つ吐き出し、気分を取り直して葉山理事が知りたい事だけを口にする。
「協会に登録されている氏名と現住所は把握しております」
それを聞いた理事は、茶請けに出されていた豆大福の最後の一つを口に詰め込み、なみなみと注がれた熱々の玉露を冷えた麦茶の如く流し込んだ。私は常々……彼女の消化器官がいったいどんな素材で出来ているかが分かれば、ノーベル医学賞の受賞も夢ではないと確信していた。
「梶原、すぐに車を手配しなさい。わたくしが直々にその探検者から“マスターコアラ”とやらを買い取りに行きます」
私は……一瞬カンフー服を着たコアラを思い浮かべてしまった。
「……今からで宜しいので?」
「わたくしはそう言ったのよ? 聞こえなかったのかしら?」
私は無駄になる事を承知の上で確認する。基本的に彼女には“アポイントをとる”という概念が欠落していた。それは、他の多くの欠落している部分のうちの一つに過ぎないのだが……
「………承知しました」
「それと機密費から一枚程用意しておきなさい。探検者には過ぎた金額だけど、彼等にも生活があるでしょうから……ホホホ、わたくしの様な高貴な血筋の者には“ノーベルオブリガード”と言うものがあるのよ!」
残念な事に……誠に残念な事に……彼女が言う“高貴なる者の血筋”というのは嘘では無かった。
彼女は……大名家から維新を経て華族に叙された候爵・畑山文武の子孫だった。彼女自身は初代から数えて六代目であり……政界で辣腕を振るった四代目畑山家当主・太一郎からは孫にあたる。
彼女の父親で、同じく政治家であった畑山久紀男の三女としてこの世に生を受けた彼女は……すくすくと……それはそれはスクスクと成長し、年頃になって社交界にデビューする頃には、オーダーメイドのドレスしか着こなせない程の風格を備えていたそうだ。
その事については……当時、畑山一族の長老であった晩年の太一郎が、彼女を猫の子の様に可愛がっていたせいで、彼女の父親である久紀男すら何も言えずに居たという。
その後……失言を重ね、政界から早期引退を余儀なくされた彼女の父親は、祖父から引き継いだ地盤を、既に他家に嫁ぎ葉山性になっていた百合江に譲った。残念な事に……彼女の兄弟姉妹が全員早逝してしまっていたからだ。
かくして……地元で築き上げた強固な地盤と、政界で無視し得ない勢力のドンに収まった彼女だったが……その崩壊もまた早かった。
当然と言えば当然だが……蝶よ花よと育てられ、碌に職についた事も無い、親の決めた嫁ぎ先は落ち目の分家であり、後援を言い含めたドラ息子の嫁として押し込まれ、財産を浪費する事だけしかさせて貰えない……そして、その事に疑問すら抱かず飽食と散財に血道をあげてきた人間に、魑魅魍魎が跋扈する政界で派閥の長など務まる筈もなく……
一時……その発言と行き当たりばったりの政策立案で、政界を混乱の渦に落とし入れた彼女だったが、流石に周囲からの苦情に辟易したのか……体調不良を理由にしてあっさりと辞任してしまう。
その事実自体は、彼女にとって政治家という肩書が“優越感をくすぐるおもちゃ”程度の価値しか無かったと理解され、周囲の人間もさほど驚かなかったのだが……彼女は政界引退と同時に、本家当主の座すら分家筋から迎えた優秀な養子に譲ってしまったのだ。
その理由はまったくもって不可解なままだったが……ここに来て畑山家の一族郎党は、やっと胸を撫で下ろしたという……
後は、そのまま財産を食い潰し、ゆっくりその血を絶やしてくれればと思われて居た彼女だったのだが……10年前タワーが世界に現れた事をきっかけに、新しい物好きの血が騒いだのか……少なくない周囲のコネクションを伝って、まんまとギルドの理事に天下ってしまったのであった……
「畏まりました。機密費の項目はどういう形で処理いたしますか?」
私は、またしても無駄になるであろう努力をしてみる……本当は無駄になると分かっている忠言などしたくも無いが……私が本家からの出向である以上しない訳にはいかない。
「そっ、そのような些事はあなたが考えなさい! まったく……畑山の禄を喰む者からそんな無能な発言が出るとわね!」
「申し訳ございません……こちらで処理しておきます。お車を手配して参りますので暫しお待ちを……」
私は……理事に必要な手配を伝え、彼女の部屋から退出した。理事室から廊下を進み、エレベーターに乗り込み……そこまで来て、私はやっと大きく息を吐き出した。まるでストレスが一緒になって体外に出ていくと信じこんでいるかの様に……
「そろそろ給料とストレスを天秤にかけるのも限界が近い……か」
私は無意識に自分の貯蓄残高を思い出し、再就職先を見つける迄、どれ位の期間耐えられるかを計算しはじめていた……
――――――――――
「まったく……なんなのここは? 本当に日本の中なの?」
御殿場のギルド本部から車で数時間。我々は、N県N市の郊外にある滝沢秋人氏の自宅近く迄来ていた。周囲は田園と里山が広がっており、吹き抜ける風は濃い緑の薫りを運んでくる。そんな風光明媚と言って差し支えない風景の拡がりに……私は、“こんな土地に移り住んで余生を過ごすのも悪くないな……”などと妄想してしまった。
「梶原?」
そんな私の妄想を現実が呼び戻してくる……
「失礼しました。もう暫く進んだ先に彼の自宅が在る筈です」
「まったく……しっかりしなさい。それにしても……ここは本当に県庁所在地なのかしら?」
実は理事の言う事も一理ある。流石に林業で一時代を築いた豪商の末裔らしく、その住所自体は県庁所在地なのだが……既に周囲の風景は鬱蒼とした森林に変わっていた。
「そうですね、ナビではもう少しで……ああ、見えてきたようです」
我々の車列が森を抜けると、木材を組み合わせて出来た柵(と言うより武者返しじゃないのか?あれ……)と、その内側に漆喰で出来た土塀が現れた。
我々はそのまま道路を進み、暫くすると木柵の切れ目に行き当たり、そこには土塀に設えられた大型の門扉が鎮座していた。我々は前に拓かれた駐車スペースに車を停める。理事は相手が門を開けるまで車を降りるつもりは無いらしい。しかたなく私が全員を代表し、門に取り付けられた時代感のそぐわないカメラ付インターホンのボタンを押した。
「ごめんください……」
――――――――――
たまたま自宅に居たこの屋敷の現当主である滝沢秋人氏は、最初は訝しがりながらも急な来客を追い返したりはせず、自らが門扉まで足を運んで理事の話を聞いてくれた。
理事は最初、自宅に招き入れない彼の態度が不満だった様だが、気を取り直すと彼に対して、“賢者の石”は本来なら“タワー”を管理するギルドの物であるというトンデモ理論を延々と披露し、(本人の主観では)なだめ、すかし、自らの弁舌が大きく効果をあげないと見るや、私に用意させた封筒を嫌がる彼に押し付けて中身を確認させた。
正直に言えば、流石にあんな金額で世界に一つしかないお宝を、突然やって来た他人に引き渡すとはとても思えない。案の定、無言で中を確認した滝沢氏の瞳が、眼鏡の奥で半眼になっていくのを私は見逃さなかった。
(ふう、帰りの車内でまた理不尽に詰られるのか……もうこの場で辞表を送信して消えてやろうか……)
またしてもそんな妄想が頭をもたげてきた時、金額に反応が薄い滝沢氏を見て業を煮やした理事は、とうとう彼の地元や生い立ちを貶し始めた。まったく……どういうつもりなんだろう? そんな話を聞いた相手が畏れ入るとでも思っているのか……
その時だった。私の目は、彼の半眼がすっと狭まったかと思うと眼輪筋がにこやかな形に目元を整えるのを見て……背筋に冷たい物を突っ込まれた様に硬直してしまった……
そして……表情だけをにこやかに整えた彼が、
「そうですか……お話、大変勉強になります。そうですね、今後の事も含めて相談させていただきたいので……何のお構いも出来ませんが、どうぞ拙宅へお入り下さい」
と言うのを聞いて……本気で回れ右をして走り出したいと願ってしまった……
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蛇足ですが……どうも後書きには、作者の他の作品を宣伝してもいいみたいなので、お目汚しですが乗せておきます! お時間あれば是非……m(_ _)m
トランスファー “空間とか異次元とかってそんなに簡単なんですか?”
https://ncode.syosetu.com/n6961eu/
マシニングオラクル “AIが神を『学習』した世界”
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