別世界はキャンプ日和
セカンドフロアへのスロープは酷い道だった。路面こそアスファルトに近い感触だったが……それ以外は、まさに不器用な男が壁紙を貼ったかの如しで、歪み、撓み、不意打ちの様に凹凸が襲う。しかも曲率のきついカーブこそ少ないものの常に緩い曲線を描いている為に直線を使って加速するのも難しい。
「ちっ、こんな道よく2tトラックなんかで通れるな!」
俺は故郷の酷道で培ったテクを使ってなんとか登坂スピードを維持する。慣性を殺してしまえば恐らくスリップして二度と登れないだろう。
『彼等の車両は自重もありますし、そもそも登坂能力が違いますよ』
そんな事は百も承知だが……俺には何の慰めにもならねえ。
「ちっ、聞いた登坂時間から逆算したらそろそろのハズなんだが」
目の前のカーブを無理矢理ドリフト気味に抜けた途端、眼前に光が差し込む出口らしき物が見えてくる。
「よし……行くぞ」
俺は最後の短い直線でアクセルを目一杯踏み込み愛車を無理矢理加速させた。
― ガッッ ―
薄暗いスロープから全速力で出口を抜けた瞬間……車体は軽く浮き上がった。目の前に現れたのは小学校のグラウンド程度の大きさの広場とこちらを見て口をあんぐりと空けた係員の顔……
― ガッッン ―
俺の愛車は、重力に従ってセカンドフロアの地面に着地した。俺は慌ててカウンターを当てたが、愛車はまったくグリップせずセカンドフロアの地面をスピンしながら削りとばしてやっと止まった。
「ふう……やっと到着か。初めての“タワー”だってのに先が思いやられ……」
俺はやっとこさ到着した目的地を改めて確認する。そこには今しがた飛び出したスロープの出口と、未だに驚愕から戻ってこない数人の係員。だが……もっと驚いたのは……
「いや、情報としては知ってたけど……マジなんだな」
そこには抜ける様な青空が拡がっていた。
――――――――――
本来ならこんな光景はあり得ないのだろうが……俺はタワー関係の情報を漁っていた時に頻出していた“タワーの内部は正に別次元”という言葉の意味がやっと実感できた。早速ドアを開けて地面に降りてみる。2、3度つま先を突いて確かめたが思いの他硬い感触だ。
「おいおい……まさかココの事をろくすっぽ調べずに来たのか?」
しゃがれた男の声は、やっと近づいて来た係員が俺の様子を見て話掛けたものだった。
「いや……一応調べては来たんだけどな」
「そうか……あんたみたいな奴は意外と多いよ。まあ、ただの知識と実際に体験するのとでは雲泥の差だろう? ようこそ“佐渡ヶ島タワー2ndフロア”へ。歓迎するぜ。一応タグを出してくれや」
「……? さっきゲートを潜る時にも提示したが?」
「あれはタワーへの入場管理さ。タワーに入る前に記録しておかないとタワーの中では無線でリアルタイム情報を送れないからな」
「へえ? そうなのか……じゃあ今回は?」
「2ndに来た“探検者”の把握のためだよ。もっともアナログな手段で定期的に情報を運ぶしかないからとてもリアルタイムとは言えないがね」
俺は係員がしてくれた説明を聞きつつタグを提示する。
「OKだ。そろそろ次の車両を入れたいから一旦この敷地の右側に車を移動してくれ」
俺は改めて敷地の様子を見渡した。敷地は楕円状に拡がっていたが、特に柵などが設置してある訳でも無かった。敷地の左右には簡易的なテントが設置されていて、何台かの車両が右側は敷地の外向きに、左側は敷地の内向きに車列を成している。
俺は素早く愛車に乗り込んで右の車列の後ろに並ぶ。テントの前の係員が順番にエクスプローラー達と言葉を交わして手元のタブレットに何かを入力している。一人の相手にそれ程時間はかからない様で、すぐに俺の所にも係員がタブレットを持ってやって来た。
「ようこそ2ndフロアへ。えっと……滝沢秋人さん。ここでは一応2ndフロアでの滞在予定と目的地を聞いてる。勿論あんたの行動を制限するつもりは無いしその権限も俺達にはないが……あんたが予定通り戻って来なかった時に必要な情報なんで素直に教えてくれると助かる」
へぇ……俺の名前が出てるって事はフロア内部でなら無線が通じるって事か……
「どうした?」
黙ってタブレットを見つめていた俺の様子を見て係員が尋ねて来た。
「いや、初めてなんで物珍しかっただけだよ。えっと……予定は一泊で少なくとも明日の午後にはタワーを出るつもりだ。行き先は此処から20キロ程西にある“紫草平原”って所に行こうと思ってる」
ふんふん言いながら俺の予定をタブレットに打ち込みしていた係員は、行き先の名詞が出た瞬間に指先を止めた。
「すまねぇ……もう一度言ってくれんか? 何処に行くつもりだって?」
「紫草平原だ」
係員は手を止めたままもう一度こっちを見る。俺の答えが聞き間違いでは無かった事を確認すると、改めて何か言おうとしたが……
「あんたルーキーだよな? 他に幾らでもルーキー向きのフィールドがあるのに……その様子だとあそこがどんな場所かは調べて来てるんだよな?」
ああ、心配してくれたのか……ここの職員はお人好しが多いな。いや、行方不明が頻繁なタワーだからこそかも知れない。
「ああ、分かってる。これでもしっかり予習はしてきたんだ。まあ、頭が良い訳じゃねぇから体験しないと理解できねぇかもだけどな」
「……OK、記録した。一応言っとくが……紫草平原はアーマーバッファローの巣だからな。無理すんじゃねぇぞ」
「ありがとう。あんたらみんな優しいな。無理するつもりなんかねぇから明日の帰りにはまた手続きよろしく頼む」
「本当に無理すんなよ」
「分かった、じゃあな!」
俺は2ndの入口を離れてコンパスとネットからダウンロードした地図を頼りに西に向った。
――――――――――
ダウンロードして持ってきた地図を頼りに西に向かって愛車を走らせる。直線距離はほんの20キロ程だが、地形を迂回しながら進んだら既に一時間程経っていた。
俺は愛車を小高い丘の上に止めて、眼下に拡がる紫一色の草原……いやあの草は見た感じトウモロコシ程の高さがありそうだ。風になびく様子といい、草原と言うより紫色の海のようだ。
「やっと目的地に着いたな」
『お疲れ様と言いたい所ですが、本番はこれからですよ』
「分かってるよ……ああ、一つ聞きたいんだが、お前さん本体から別れた端末なんだよな? タワーの中からでも電波って繋がるのか?」
『私のスペックからすれば、この程度のジャミングなど全く問題ありません』
なんかちょっと機嫌が悪そうな返答だな。
「おう……そうか、悪かったな。素朴な疑問なんで気にしないでくれよ」
『さあ、もうかなり予定を押していますよ。まずはここにベースキャンプを築いて……』
― ドドドドド……… ―
それが聞こえたのはPDが予定を確認しようとした時だった。異様な地響きが俺達の会話を遮り、それを確認しようと振り返ると、そこには紫の海を少し先からこちらに向かって割って来る何かと微かな悲鳴が確かに聞こえた。
「仕方ねぇな……予定変更だ」
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