宝島今昔物語
「そうかい、まあその軽装ならそうじゃないかと思って声をかけたんだ。つまんねえ老婆心だけどもよ……兄ちゃんの装備じゃセカンドフロアでも厳しいぜ!!とりあえず今回は体験だけのつもりでフロアゲート付近から離れないようにしときなよ。どんなお宝も命あっての物種だぜ?」
どうも俺の様子を見て心配してくれたらしい。表情以外はどう見ても親切な人には見えないが……
「ありがとう。今回は体験するのが目標なんで無理しない様に頑張るよ」
とりあえず親切にお礼を言っておいた。窓口業務で鍛えた笑顔も添えて……
「おう! まあタワーなんぞに足を向けるヤツなんて俺らを含めて一攫千金を狙う様なバカヤロウか禄に考えずに物見遊山でやって来るお気楽野郎のどっちかばっかしだがよ。兄ちゃんみたいな行儀良さそうな人間が死んだら俺らも寝覚めが悪いかんな。せいぜい頑張んな!! おっと……進むみたいだな、またな兄ちゃん!!」
気の良い拳○親衛隊のオッサンが乗った2トントラックはヤバイ排気音を奏でながら先に進んでいった。
「………なぁPD」
『なんでしょうか?』
「お前さん、俺が持ってきた装備で大丈夫って言ってたけど……本当に大丈夫なんだろうな?」
『心配ありません。今回の目標は偵察と初期訓練だけですので』
「……頼むぞ」
俺はオッサンのアドバイスで生まれた不安をなんとか飲み込み、愛車をフェリーのカーゴへ進めた。
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フェリー上でほぼ一時間半。到着した小木港から佐渡ヶ島の内地方向へ視線を向ける。
「いや分かってたけど……デカいな。デカすぎて目の錯覚かと思っちまうよ」
そこには曇り気味の空へ伸びる灰色の巨塔が霞んでいた。俺はとりあえず軽トラを《→佐渡ヶ島タワー方面 50km》の標識に従って発車させる。周りには世紀末な雰囲気を醸し出すヤバげな車両が、意外にも安全運転で流れている。
「とりあえず入塔してみないと分かんねぇけど、今夜は塔内で泊まるんだよな?」
『ええ……タキザワの職場が土日しか休めないのでそれに合わせてプランを組んでいます。でも……これからは役場で働いた給金を軽く上回る収入が見込めますよ? 無理して就労する必要はないのでは?』
「俺は狩ってもいない獲物の皮を数える程楽天的じゃねーんだよ。それにな今の御時世に役場勤めってのは得難い社会的立場なんだぞ!」
『……まあ良いでしょう。私は私の職務に邁進致します』
コイツ……メインユーザー登録してからはかなり流暢に喋る様になったがその分なんとなく言葉の端々にトゲがあるような気がする。まあ、とりあえずは“タワー”初体験に赴くとしよう。
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港からの道をえっちらおっちら進み、佐渡ヶ島タワーに到着した時には既にpm1:30を過ぎていた。
佐渡ヶ島タワーは日本に2つしかない“タワー”のうちのひとつだ。ちなみにもうひとつは富士山にある“富士タワー”だ。
この佐渡ヶ島の国定公園の中に突如現れたタワーは主要産業が漁業と観光業だった佐渡ヶ島に、良くも悪くもそれ迄では有り得ない特需をもたらした。
初期の喧騒が収まっても、続々と集まる探検者やそれらを当て込んでひと山当てようとやって来る者達。タワーから発見される“アイテム”を買い取る事とその研究を目的とした企業。当然《公益財団法人探検者協会》の大型支部も併設されている。さらに小金を手に入れたエクスプローラー達がそれを消費する場所……ありていに言えば飲み屋街や風俗街が本来は保護されている筈の自然に分け入る形で増殖し、その利権を求めて裏表の暴力を規範とする反社会的勢力も入り込み……見た目は開発が進んだ様に見える佐渡ヶ島は今や上海やラスベガスをも凌ぐ一大魔都と化しているとか……
元々5万人強だった佐渡ヶ島には現在把握されているだけでも20万人以上の正規、非正規の滞在者で溢れているらしい。
当然そんな島であるからには様々な客層に向けた宿泊施設も多数存在するのだが……
「駄目だ……やっぱり安心出来るセキュリティレベルの宿はべらぼうに高いな」
俺はタワーの入場ゲートに愛車の軽トラを並べて順番待ちをしている間に島内の宿泊施設を検索してみていた。
『また見ていたのですか? 大丈夫ですよ。私のサポートがあればセカンドフロアなら十分に安全を確保出来ます。食料も一泊くらいならなにも問題ない量を持ち込んだでしょう?』
「そうだけどさ……折角来たんだから新鮮な海の幸のひとつも……」
『残念ながら島民の中で漁業を営んでいる者はもう殆どいません。宿で提供されるのはほぼ本土から輸送された食材です』
「………かーっ、なんてこった。夢もチボーもないってのはこういう事だな」
『タキザワの夢とチボーは“タワー”の中にきっと在りますよ……』
「地球の希望以外にも是非見つけたい物がふえたな……よし進んだ。行くぞ相棒よ」
『本来は希望が最優先でしょうに……』
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佐渡ヶ島タワーの入口ゲートは……デカかった。優に10トントラックが5台並んで侵入出来る高さと広さがあった。
「だけどよ? クルマの持ち込みが必須ってのはネットで拾った情報にあったけどタワーってのはファーストフロアは階段があるんだろ? どうやってクルマで登るんだよ?」
俺は巨大なゲートを順番に潜っていく車両たちを見ながらふとした疑問を口にした。
「そりゃあ見てからのお楽しみってもんだよ」
この一週間で独り言に答えが返ってくるのには随分慣れたつもりだったが……それがイヤホンからではなく肉声なのは想定してなかった。全く気付いてなかったが軽トラの窓の外には係員の格好をした茶髪カラコンのギャルがレジのセンサーみたいな器具を持って立っていた。
「ほら、さっさとタグを出しなよ。後ろがつかえてんだ」
俺はゴソゴソと胸元から探検者証を取り出し窓のそとのギャルに提示した。
「悪いな、今回初めてなんで段取りが分かってなかったんだ」
恐らく20歳前後のギャルはデカい目玉で俺の顔をまじまじと見つめ、
「ふーん、お兄さんみたいなタイプが“タワー”に来るなんて珍しいね」
さっきのオッサンに続いてこのギャルにも“タワー向きじゃない”と判断されたらしい。
「ああ……俺もそう思うんだけどな。まぁ浮世の義理ってヤツだよ」
「ふふ、おかしな人だね。まあ頑張んなよ。無理して死んでも、ここじゃ“未帰還者1名”ってデータに化けるだけだからさ」
「こんなかわいい子に心配されたら、そんなデータに化ける訳にはいかんよな。まあ適当に頑張るさ……ありがとうよ」
「バカ…軽口叩いてんじゃねーよ。ちゃんと帰ってこいよ」
ゲート職員とのしょうもない掛け合いをしながら俺はとうとう“タワー”の中に足を踏み入れた。
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軽トラに乗ったまま例の黒い壁をすり抜けた俺はまずフロアの広さに驚いた。外観からの広さはある程度想像してたが……
「こいつは想像以上だ」
何しろファーストフロアの端が肉眼でかろうじて見える程度なのだ。しかもそのフロアには怪しげなテントと車両が立ち並び、床には車線を表しているのであろうペンキが長々続いている。更に驚いたのはその車線の行き着く先だ。中心付近に微かに見えるのは……
「へえ……あれはスロープになっているのか」
俺は車列について近づいてくるセカンドフロアへのゲートをまじまじと観察した。恐らくだが元は巨大な階段だったのだろう。そこは鉄骨と鉄板で無理矢理スロープ状に改造され、しかも勾配が急なのか凄まじい勢いで一台ずつ助走をつけて登っていく。マッドな車両達の雰囲気も相まってまるでチキン・ランをしてる様なありさまだ。
「なるほどな……仕方ねぇ。いっちょカマしてやるか」
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