国際的テロリスト
「何を言ってるんです? あなたにとっちゃ運動にもなりゃしないでしょう室長」
一見ジョギング中のおじさんにしか見えない、いや実際に内閣府からジョギングで来たのだろうが……この男が俺の直属の上司である《内閣不審建造物調査室室長》室賀博久その人だった。
「お前がつるんでた“佐渡ヶ島ゴールディズ”が、やらかした事はこちらでも掴んでる。一応、お前は奴らと決別して行方不明扱いにしてあるがな。まったく……鷹山から渋い顔をされたぞ」
室賀は基本的に良い上司だが、欠点を一つ上げるなら愚痴っぽい所だろう。俺達はそっぽを向きながらお互いにしか聞こえない程度の音量で話を進める。
「前置きは省きます。佐渡からの脱出中に対象《乙》から接触がありました……」
「何だと?」
「以前からゴールディズと接触していたのは掴んでいましたが、俺が加入して以降は音声での接触のみでした。それが今回の騒ぎの後、何故か直接の接触を受けました」
俺はフェリーでの詳細を報告した。
「そうか……直接対象の姿は確認出来なかったんだな?」
「ええ、仮に対象の姿を見ていたら……俺はここには居なかったでしょうね」
俺達は目線どころか相手の姿すら視界に納めずに話しているが、室賀が大きく溜息を吐いたのが分かった。
「……室長、奴は『お互いの組織間の摩擦は避けたい』と言っていました。これは俺の素性を確信しているが故の言動と思われます。今回の潜入にあたって、俺は自分の経歴の消毒を徹底して行いました……実際、室長以外には俺の行動を知ってる奴は居ない筈です」
「おいおい……もしかして俺を疑ってるのか?」
「そんな単純な答えなら俺も楽が出来るんですがね……ギルドへの働き掛けも“神田勘太郎”に対する便宜で俺の素性は明かしてませんよね?」
「当然だ」
「なら、原因は一つしか考えられません。恐らく対象《乙》は、人間の素性を看破可能なスキルを持っている可能性が高い……」
俺の分析結果を聞いた室賀は、よほど驚いたのか、手に持っていたペットボトル足元に落とした。
「それは……お前の“観察”と同系統のスキル持ちだという事か?」
「……いえ、俺のスキルはあくまでも対象を観察する時の注意力を底上げする程度の物です。あくまでも推測ですが……奴のスキルは少なくとも別の特徴を備えた、言うなれば“観察”の上位互換だと思われます。でなければ説明出来ない事が多すぎます」
俺は見えていないにも関わらず室賀がジョギンググラスを外して片手で顔を覆うのが分かった……正直に言えば俺も頭を抱えたい所だ。
「世界中で猛威を振るう“国際的テロリスト”に対して“駆け引きが全く通じない”というのは最悪だな……」
「逆に対象《乙》が今言った様なスキルを持っていると考えれば、ヤツが主犯と目されるテロで不明だった謎にも説明が付くかと……」
「物は言いようだな……分かった。お前は暫く佐渡ヶ島からは離れてくれ。丁度、富士の方で人手が足りてない。新しい身分は早急に用意させる」
「室長……もう一つ報告があります。いや、報告というより俺の印象に過ぎないんですが……」
「なんだ?」
「報告に出てきた“アーマーバッファローを狩ったルーキー”の事ですが……」
「………そのルーキーがどうした?」
一瞬不自然な沈黙が下りる。室賀は何かを掴んでいるのか?
「ハッキリとは言えません。だが、今回の顛末でゴールディズと敵対したのに死傷者が全く無かったのが気になります。俺は襲撃計画が成される前に彼を直接“観察”したんですが……彼には“強者の所作”を全く感じなかった。
それは、今思えば自然過ぎて、逆に不自然な程にです。これはまったく俺の勘に過ぎませんが……彼は、我々の諜報活動に多大な影響を与える存在になるかも知れません……」
――――――――――
「せっかく上陸したのに、暗くてなんにも見えないっすねぇ」
佐渡ヶ島に上陸を果たした俺達は、前回と同じ街道をひた走り“一攫千金”へ向かっていた。本来なら“佐渡ヶ島タワー”の威容が見て取れるのだが、今夜は月も出ておらず莉子ちゃんは不満な様子だ。
「まあ、今夜はもう遅いからな。計画通り今向かっている宿で一晩休んで、本格的なアタックは明日からだ」
「その宿に助っ人さんが居るんすよね?」
「ああ、今回の“電撃作戦”には彼女の持っているスキル“気配感知”が欠かせないからな」
俺の言葉に助手席の莉子ちゃんがピクリと反応(?)した。作戦は事前に話していた筈だが……何か気づいた事でもあるのか?
「兄さん……今、“彼女”って言ったっすよね? 助っ人って女性なんすか?」
「あれ? 言って無かったか? 助っ人は本間環奈って子で……確か莉子ちゃんと同年齢だった筈だ」
莉子ちゃんは、ギコギコと音が聴こえそうな様子で、車窓に向けていた顔をこちらへ振った。
「初めて聞いたっす……兄さん確かその人との馴れ初めはデカい水牛のモンスターから助けたって言ってましたよね??」
「そうだが……別に恩に着せて無理やり同行を頼んだ訳じゃないぜ?」
もしかして、押し売った恩に託つけて無理を通した思われた?
「本当にもう!!佐渡ヶ島くんだりまで来てなに盛大に“フラグ建設”してるっすか!! そんなの普通に惚れられるシチュっすよ!! なんならベタベタっすよ!!」
俺は莉子ちゃんが言った言葉が全く理解出来なかった。いや、言いたい意味は分かったが……現実として、事の重さに差はあっても、助けてくれた異性に惚れるとか有り得ないだろう……
「ああ、期待を裏切って悪いんだが……彼女を助けたのは半ば偶然だよ。実際、彼女の危機を掴んだ俺が颯爽と駆け付けたって訳じゃないから……」
そう答えた俺に“何言っちゃってんのこの人……正気?”って表情を向けてくる莉子ちゃん……
「そうならいいんすけどね……兄さんの“無意識フラグ設置活動”のせいで、何度もエラい目に遭わされた過去を忘れたとは言わせ無いっすよ!」
「それは誤解だ。そりゃあ何度かはそんな事もあったかも知れんが、みんな些細な誤解のせいだっただろ? ほら、下らない事を言ってる内にもう到着だぜ」
そう言って俺は“一攫千金”が見えてくる交差点を曲がった。そこには……大まかな到着時間しか伝えて無かったはずなのに、店の前でソワソワと落ち着かない様子の環奈が立っていた。
「ほら……あそこに立って待ち人に焦がれてる乙女が見えるっすか? 兄さんは自分の事をもう少し考え直すべきっす……」
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