大老と室長
「……期待されていると受け取っておくよ」
「まぁ、レコードなんて言っても遊び以上のものじゃないけど、噂のルーキーに興味を惹かれる程度にはね……」
トップランカーの気紛れってとこか……
「……何の変哲も無い男で期待を裏切ったか?」
「それはどうかな? あなた、本当に自分がそうだと思う?」
「ああ、俺自身は何の面白みもない人間さ」
これは俺の心からの本心だ。そもそも俺は、特別な力を振るって人類を救う様ながらじゃない。鼎は俺の返答に感情を見せないでこちらを見つめ、隣では莉子ちゃんが俺と鼎を交互に見てオロオロしている……
「それで……富士のトップエクスプローラーのあんたが、今更新しいレコードを……って訳じゃ無いよな? 佐渡ヶ島には何をしに来たんだい?」
俺は、鼎の視線に居心地の悪さを感じて別の話を振った。鼎はそっと視線を外して、
「さあ? 内容は現地での依頼受領時に説明される事になってるのよ。あ……これオフレコでお願い」
「それはそれは……そんな海の物とも山の物ともつかねぇ依頼を受けるとか……トップエクスプローラーの柵ってヤツか?」
「ふふ、ハッキリ言ってくれるわね。まあ、否定は出来ないかな……ただ柵半分、好奇心半分ってところかな? 正直に言うとね、こんな慌ててるギルド初めて見るのよね。多分だけど……何かが起こってるのは間違いないと思う。下手すると、ギルドだけじゃなくて……世界中の“タワー”関係者が根こそぎひっくり返る様な事がね……まあ、それは大袈裟だとしても、トップエクスプローラーとして何が起きてるのか見逃す訳にはいかないじゃない」
なるほど、やはりトップエクスプローラーともなると情報に対しての嗅覚が鋭い。
「あんたに幸運が訪れる事を祈ってるよ。莉子ちゃん、そろそろ上陸の時間だ」
「ありがとう。あなたにも幸運を」
「鼎さんありがとうっす。今度あったらサイン下さいね」
「ええ、楽しみにしてて」
俺は莉子ちゃんを伴って、キャビンに移動を始める。これ以上一緒にいると何を嗅ぎつけられるか分かった物ではない。
「いやぁ、あたし有名人に会ったの初めてっすよ。でも兄さん、なんであんなに警戒してたっすか?」
おっ、気づいてたか。そもそも莉子ちゃんは鈍いタイプじゃないからな。俺の態度から何かを感じてくれたのだろう。
「これはまったくの推測だが……多分彼女が呼ばれたのは俺達と無関係じゃない。下手をすればタワー内の行動は彼女に監視される事になるかも知れねぇ……いや彼女だけとも限らんか……」
「まさか……彼女は正真証明のトップエクスプローラーですよ。幾らギルドの依頼とはいえ……」
莉子ちゃんの言うこともあながち間違いとも言えない。彼女達“トップエクスプローラー”と呼ばれる人種が、この国の長者番付に現れ出したのは、何も昨日今日の話ではない。そんな人種をコスト度外視で動かすなどギルドでも簡単な事じゃない筈だ。
「まあ、用心に越した事は無いって事さ」
――――――――――
「どうですか? 鼎さん。彼の印象は?」
「そうね、雰囲気は有るわね……」
彼は、私のタワーアタックを支えてくれているスタッフの一人で、今回統合支部長からの依頼に帯同してきた内の一人だ。
「鼎さんのお眼鏡にかなうんなら……あながち今回の話、出鱈目ばかりじゃないかも知れませんね」
実は……私達が、この船に乗り合わせたのは偶然では無い。彼の事はグランドマスターからの情報で知っていた。それを知りつつ、あえて接触したのは、彼の事を自分の感覚で知っておきたかったからだ。
「そこまでは私にも分からないけど……彼が本当に“タワー”の攻略者なら、今回の依頼は文字通り渡りに船だわ」
「確かに……ただ、グランドマスターの話では、今回の情報はわざと流出するように仕向けられたフシがあるそうです。で、あれば彼以外にも当然警戒するべき相手は増えます。こちらも相応の行動を心掛けた方がいいでしょう」
「ええ、勿論よ……」
私達はそこで会話を打ち切り、彼等と同じく上陸の準備をする為に、キャビンへの人混みに紛れた。
――――――――――
「それで……残りの素材は何が必要か?」
まったく抑揚を感じさせない不気味な声が眼前のベールの向こうから響く。私のスキル“鑑定解析”をもってしても本人どころかベールの素材すら解析出来ないのはいつものことだが……
「今回、日本の佐渡ヶ島から得た紫殻水牛の角は既に処理を行いました。残る素材はあと一種類ですが……」
「まだ所在は分かっておらんか……」
「御意……」
内心で冷や汗をかきながら答える。彼がその気になれば自分の首など簡単に飛ばせるのだ……勿論、物理的にも。
「ふむ……必要な構成要素が分かっても産地までは分からない……か。鑑定解析も良いことばかりでは無いな、香主よ」
「はっ、不甲斐ない限りでございます。大老」
変わらず抑揚の無い声に僅かな焦りの色が滲む……ベール越しのシルエットが小さな瓶を弄んでいるのが余計に私への重圧を増していく。
「我が許に来た時には既に中身が失われていたのは口惜しいが……改めて問う。この金丹水の小瓶を鑑定したお前の言に……嘘は無いのだな?」
「天地神明・祖霊の誇りに誓って……金丹水の効果があらゆる再生、治癒、解毒、そして不老で有ること、間違いございません」
「ならば言う事はない……残りの一つ、龍の逆鱗をなんとしても見つけだせ。猶予は既にお前の背中を捉えておる事を努々忘れるな」
「はっ……」
――――――――――
あの日……佐渡ヶ島からの船で九死に一生を得た俺は、そのまま本土に渡り、細心の注意を払って痕跡を消しつつ都内へ移動した。
暫くの間、何処にも連絡を取らずそのまま潜伏を続け、その潜伏期間を使って自分に虫がついて無い事を入念に確認した俺は、某総合病院にふらっと入り、そこに設置してある公衆電話からある電話番号に3コール……着信を待たず受話器を戻すと、改めてタクシーに飛び乗った。
そのまま、明治神宮に隣接する代々木公園へ移動した俺は、水回廊を縁取るベンチの角に腰を下ろす。暫くすると散策を楽しむ市民に紛れてジャージ姿のオッサンが俺の座っている所から角を挟んだとなりに腰を下ろした。オッサンは首から下げたタオルで汗を拭い、ポーチから取り出したボトルの中身を飲んで一息ついた。
「年寄りを走らすんじゃ無いよ。日比谷じゃだめだったのか」
いきなりの愚痴が懐かしい。
「何を言ってるんです? あなたにとっちゃ運動にもなりゃしないでしょう室長」
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