国産一タフな形見
「若、少々時間を頂いても宜しいですかな?」
「そりゃあ構わんけど……いったい何事だよその格好?」
そう言われて初めて、俺と和子さんが驚いている事に気付いた利平爺さんは、
「これは失礼、和子さん。厨に入るには少々見栄えのせん格好だが……」
「何事です?……利平翁のその様な姿は先々代が引退された時以来ですわね?」
なんと、和子さんはそんな利平爺さんの姿に見覚えがあるらしい。
「なんの……昔取った杵柄というやつですわい。さあ、若。こちらへ」
「あ、ああ……ごめん和子さん」
俺は、和子さんに後を頼んで、利平爺さんに連れられるまま母屋から外に出た。外は既に日が沈み、我が家の敷地内とは言え片田舎のこと、利平爺さんが持っているランタンの灯りが無ければ足元も覚束ない。
「こちらで御座います」
訳も分からず連れて来られたのは、我が家の敷地の隅にある離れだった。林業全盛の頃は、様々な重機や簡易的な製材設備が置かれていたらしいが、俺が物心付いた頃には既にガラクタ置場となって久しい建物だ。珍しい事に軒のすぐ下の明かり窓から照明が漏れていた。
「こんな所で何を……」
失礼な言い方だが、年齢からは有り得ない程しっかりした足取りの利平爺さんに続いて土蔵に踏み入った俺は、溢れ返るガラクタの奥に佇む、ヘルメットを抱えた女のコに気付いた。
「あれ? 莉子ちゃん? なんでここに?」
「うっす。兄さんご無沙汰っす」
そこに居たのは、既にこの家を離れた利平爺さんの息子、利一さんの娘である莉子ちゃんだった。
利平爺さんの息子である利一さんは、奥さんである恵莉さんと、一人娘の莉子ちゃんと共にA曇野市に住んでいる。本人は陸上自衛隊・M本駐屯地に勤務しているバリバリの陸上自衛隊員で、俺は会うたびに「飯が足りて無いんじゃないか?」と言われるのが挨拶代わりになっていた。
「どうしたんだい? こんな時間にこっちに居るなんて?」
時計の針は、既に19:00を廻っている。彼女の自宅は車で急げば30分程の距離だが、普段はまずこんな時間にココに居る事は無い。
「おじいちゃんに呼ばれたっす。明日は朝から予定があんのに酷いっすよ」
そう言って、ずり下がったメガネを上げながら祖父の横暴に抗議する莉子ちゃんだったが、
「ほう……その大学に無事に入学できたのは、若に尽力して頂いたおかげでは無かったかのう?」
「うっ……」
利平爺さんの一言で、何も言えなくなってしまう。
「利平爺さん、俺は偶に勉強のアドバイスしたくらいで、一番頑張ったのは莉子ちゃんだよ」
「………そういう事にしておきましょう」
「で、そんな忙しい莉子ちゃんまで呼び出して……こんなガラクタ置き場で何をしてたんだ?」
「そこはそれ、コヤツを見てくだされ……」
そう言って……利平爺さんは、莉子ちゃんの隣に鎮座する何かに掛けてあった覆いをスルスルと取り払った。
「………なんだこれ? なんでこんな物がこの家に?」
細かな埃が舞う中、カバーの下から現れたのは、陸上自衛隊の正式輸送車両である高機動車だった。普段は殆ど目にする事のない車だが、この車体のデカさとシルエットには見覚えがある。学生時代、見学に訪れたM本駐屯地でコイツを見た事があったからだ。
「正確には高機動車を元にしたト○タ製の民生品でありますな。これは夏輝お嬢様がお買い求めになった物でございます。確か2001年に生産された最終型でございます」
「オフクロが? またよりによってなんでコレを……」
「夏輝お嬢様の仰るには“国産で一番悪路に耐えるタフな車”を買ったと……」
「だから……なんでソレが必要なんだよ?」
「夏輝お嬢様の深慮遠謀はこの老いぼれ如きには……」
………分かった。俺も考えない様にする。
「で………コイツ動くのか?」
「もとより故障してはおりませんので……若の出立迄には整備を済ませます。その為に莉子も呼び寄せました」
「マジで? コイツ触っていいの?」
目をキラキラさせる莉子ちゃん……こう見えて莉子ちゃんは俺以上にマニアックな趣味の持ち主で、今年からは利一さんがプライベートで乗っているロ○ア製のサイドカーを通学用に乗り回している。
「若に伺った策には大型の輸送車両が必要でございましょう? コレならばうってつけかと」
俺は鎮座する紺色の車体を眺めた。確かに俺の考えている攻略ルートにはピッタリの車両だが……
「元々軽トラの代わりに中古トラックを購入するつもりだったけどな……莉子ちゃんに無理を言ってまでコイツを修理するのはなぁ」
すると莉子ちゃんはうっとり見つめていた車両からこっちを振り向いて、
「大丈夫っす!! 明日からの予定はキャンセルが効くっすから!! それよりもコイツを触れる機会を逃す方が惜しいっすよ!!」
……莉子ちゃん。俺が言うのもなんだが、花も恥じらう19歳の女子大生がそんな事でいいのか?
「……OK.そんなに、言うなら任せる。あっ……ちゃんとバイト代は払うから宜しく頼むよ」
「畏まりました」
「お任せっすよ!! 早速オヤジに言って自衛隊から部品を横流し……」
「………まぁ、無理しない様にな……」
俺は耳に掠った物騒な呟きを聞き流し……小躍りするマニアと歴戦の整備兵に全てを託して、早々と土蔵を後にした。
――――――――――
それから一週間、俺はPDと共に、佐渡ヶ島タワーの攻略計画の細部を練り直した。
帰宅した翌日に振り込まれた角の代金(何故か販売額が相場から跳ね上がり予定の倍以上の額が振り込まれていた)を使って、必要な装備や食料品等を発注し、仕事の合間を縫って、届いた素材の加工や車の整備を手伝う。
更に、深夜になると自宅の裏にある森の奥に移動させた、PDの本体に入って訓練とシミュレーションを繰り返し行った。
こうして一週間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ佐渡ヶ島タワーに出撃する金曜日がやって来た………
「それじゃぁちょっと行ってくる。月曜日の夜には戻る予定なんで、みんな後は頼んだ」
俺は、装備品を満載した車両の運転席から、見送りに出てきてくれた家人達に向かって手を振る。
「ええいっ、神経痛が出ねば儂がお供致したものを……申し開きもありません若」
「ははっ……家でゆっくりしてろ。一人で行くわけじゃねぇしな……」
俺は、またしても予想外の事態に困惑しきっている。その困惑の元凶が俺の隣から元気一杯で利平爺さんに話し掛けた。
「大丈夫だよおじいちゃん。コイツの面倒はあたしが責任を持ってみるから!!」
俺は眉間を揉んでこうなった理由を思い出そうとしたが……全くもって何も思い出す事が出来なかった。
勿論お気付きかと思いますが……今回のエピソードに出て来たキャラクターの一部は、映画『サマー○ォーズ』のオマージュです。(*´ω`*)
パクリではありません!オマージュなのです!!
(─.─||)
もし続きが気になるようでしたら……是非☆☆☆☆☆貰えたら嬉しいですm(_ _)m




